第80話 社畜の帰還(3)


 俺は祭壇さいだんのある部屋へと案内される。

 『竜殺花の種』がそなえられていた場所だ。


 昨日までは植物の根が縦横無尽じゅうおうむじんめぐらされていた。

 そのため、駆除くじょした今となっては印象がガラリと変わっている。


 祭壇とはいっても小さなモノではない。

 石で作られた舞台ステージで、中央に台座があるだけだ。


 本来は布が敷かれ、花や果実などが供えられているのだろう。

 現状は『さびしい』と表現した方が適切かもしれない。


 おごそかや神聖といった雰囲気は一切なかった。

 掃除が終わったばかりで、壁の明り以外、なにもないようだ。


 俺は、その舞台ステージの中央へと座る。

 何故なぜ蜥蜴人リザードマンたちが全員集まっていた。


 見世物になった気分だが、仕方がない。ただ俺にとって、祭壇といえば『神様や死者へ、供物を捧げる場所』といった印象イメージだ。


 座るのは違う気もするが――


(これでは、まるで生贄いけにえだな……)


 終わるまで、余計な事は考えずに大人しくしていよう。

 なんとか平静をよそおっていると、


「任せておいてください♪」


 とエーテリア。俺の些細ささいな表情の変化を読み取ったようだ。

 こういう時の彼女は経験上、余計な事しかしない。


 取りえず、なにをするつもりなのか確認しよう。

 しかし、俺が声を掛ける間もなく、エーテリアは浄化の光を放つ。


 蜥蜴人リザードマンたちには突然、俺の背後から後光が差たしたように見えたのだろう。

 その場の全員がどよめく。こちらは面倒を起こしたくはないのに――


(まったく、余計な事をしてくれる……)


 ただの光ではなく、女神の放つ光だ。

 掃除をしたばかりだというのに、更に綺麗になってしまった。


 まるで新品同様だ。そして――


「おおっ、ガハムの言っていたことは本当だったのか!」

「この光は、まさに神の力……」

「我々は見捨てられてはいなかったのだ!」

「救世主様!」


 次々に勝手なことを言い始める。

 そして、ミリアムは勿論もちろん、その場に居た蜥蜴人リザードマンたちが一斉に平伏ひれふす。


 エーテリアは腰に手を当て「エヘン!」と得意気に胸を張った。

 これでは『生き神』だ。


(変な宗教が始まると困るな……)


 だが、訂正するのも面倒なので、


「今、天空の女神様より、神託が下った」


 と言って俺は立ち上がる。

 取りえず、この場の雰囲気に乗っかろう。


 こんな事になるのなら、芝居の勉強でもしておけば良かったかもしれない。

 会社をめたうえ、一人暮らしだったので自由な時間はあった。


 いや、後悔しても遅い。ここは必要最低限の言葉だけで対応しよう。


「【終末の予言】を阻止そしせよ……」


 との事だ――そう言って、俺は祭壇から降りた。

 皆がしんと静まり返ったため、急にずかしくなったからだ。


 まあ、伝えた言葉も、エーテリアの意図としては間違っていないだろう。

 それに、あまり口数が多くなると襤褸ボロが出る。


 蜥蜴人リザードマンたちとは協力体制をきずく方向で話をまとめよう。


流石さすがに、もう光ってはいないよな……)


 俺を見る蜥蜴人リザードマンたちの目が変わったので、心配になり念のため、背中を確認してしまった。大丈夫なようだ。


 一方で、彼らは大人しいままである。

 どうやら、俺の発言を待っているらしい。


 取りえず、指示を出さなくてはいけないようだ。

 『指示は1つ、多くても3つまで』だっただろうか?


(優先順位をつけて話すことも意識しなくては……)


 いや、ここは会社じゃない。


「頭を上げろ、立って構わない」


 そう告げた後、代表者を出してもらい、話し合いを始めた。

 重要なのは魔物モンスターに占領された都市『オルガラント』の監視だ。


 【終末の予言】の内容から、あの都市の魔物モンスターを使って、砂漠の都市をおそうつもりだろう。


 すでにスライムとサンドワームは倒しているので、敵の戦力はだいぶ減っている。

 それでも、今の人類があらがうにはきびしい状況だ。


 蜥蜴人リザードマンたちには魔物モンスターの動きを見張ってもらうことにした。

 遣り方は任せるとして、現状では、それで十分だろう。


 彼らはヤル気のようだが、食糧不足も気になる。

 まだ戦う時ではなない。


 そのため、戦闘はけるように指示を付け加える。

 また、次に来る時は食糧を持ってくることを約束した。


 ここに居るのは戦士だけのようだが、別の場所に家族がいるハズだ。

 多めに必要だろう。移転用の〈ワープ〉のポイントは祭壇に設置しておく。


 これで、いつでも『竜のかご』へ来ることが出来る。


なにやら、仕事が増えただけのような気もするが……)


 一先ひとまず、ミリアムたちに別れを告げ、俺はがけのぼると〈ワープ〉を使ってオアシスへと移動する。しかし、誰もいない。


 想定はしていたが、砂漠の都市『アレナリース』へ出立してしまったようだ。

 馬車の修理も終わったのだろう。


 食糧もないため、いつまでも滞在しているワケにもいかない。

 俺も『アレナリース』を目指すことにした。


(いや、水を補給してからの方がいいか……)


 いつものように水をんだ後、エーテリアに浄化してもらう。次に〈マップ〉を出現させ、方角を確認、防塵眼鏡ゴーグルマスクを装着し直すと出発した。


 しばらく走った後、いつものようにカイトシールドを〈アイテムホルダー〉から取り出し、サンドボードとして使用する。


 砂漠の移動にも、だいぶれてきた。

 降り注ぐような太陽の日差し。


 最初は厄介でしかないと思っていたのだが、砂丘に当たる事で風を生み出すようだ。日の当たる面と当たらない面が出来ることで温度差が生まれる。


 対流が起こり、風が発生する仕組みらしい。

 竜巻が発生する――という話は聞いていたが、なんとなく理由が分かった。

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