第七章 終末の予言

第111話 嵐の前の静けさ(1)


 すべての貧民区画を見て回った俺は、成功したパンをいくつか分けてもらった。

 非常食として持ち歩いてもいいのだが、今夜の夕飯にするのが良さそうだ。


(その方が子供たちも喜ぶだろう……)


 太陽はかたむき、砂漠の海へとしずみかけている。

 空が夕焼け色に染まる前に戻りたい所だ。


 最後に神殿をおとずれ、神殿長へ『物見台』と『城壁』を建設する許可をもらった。

 また貯水槽へ向かうと、魔法で水を補充する。


 その際、街の復興における進捗状況も確認した。

 薬草の栽培も行ったので、医療チームの編成もお願いする。


 怪我人や病人の一覧を渡して引き継ぎも行う。

 後は『必要なモノがないか?』の確認だ。


 現状のまま、作物の生産を続けていれば問題ないらしい。

 どうしても必要な物といえば『塩』だそうだ。


 まあ、生命を維持するためには欠かせないモノでもある。


(パンを作る上でも必要だしな……)


 質が悪くてもいいようなので、明日にでも『リディエス』の街の倉庫へ行ってみる事にしよう。〈アイテムボックス〉にすべての塩は入りきらなかった。


 倉庫にはまだ残っているハズだ。

 俺のそんな考えを見抜いたのか、エーテリアは困った表情を浮かべる。


 働き過ぎですよ――と言うのだろう。

 だが彼女としても街の人々に元気がないことは気になっていたハズだ。


 俺の行動自体に、文句を言うつもりはないらしい。

 正直なところ、魔物モンスター討伐を行っている時より、いそがしい気はする。


「適当に休むから……」


 心配しないでくれ――と俺は言い訳をした。

 作物の保存状態を確認した後、神殿を出る。


 急いでイスカたちの暮らす区画へと戻った俺は、持ち帰ったパンを振舞ふるまう。

 子供たちが喜ぶ様子にエーテリアとイスカは微笑ほほえんでいた。


 俺は、お腹がいっぱいになって眠そうにしているミヒルをイスカへとあずけ、老戦士のもとへと向かう。


 神殿で行われた会議についての進捗を確認するためだ。

 水と食糧の確保が出来たため、交渉はやや優勢で終わったらしい。


 魔物モンスターとの総力戦へと武力で押し切ってもいいのだが、あまり強引な手段を取ると王族が逃げ出す可能性もある。


 状況を変え、彼らの派閥を少しずつでも取り込んで行くのがいいだろう。

 俺は老戦士に『物見台』と『城壁』を建設する話をした。


 少なくとも街の四隅には強者を配置すべきだ。

 都市が攻められた際、たがいに支援するための兵を派遣しやすい。


 むしろ、四隅に弱者を配置している現状の方が不思議だ。

 それだけ自分たちの事に手一杯で、余裕がなかったのだろう。


 各『物見台』に指揮官を派遣するとして、優秀な人材は老戦士たちの方で選出してもらうようにお願いする。


 少なくとも籠城ろうじょう戦になる可能性が高いため、一個所でも瓦解がかいすると終わりだ。


(老戦士には老体に鞭を打ってもらう事になるだろう……)


 食糧と武器、防衛の目途が立ったので、後は兵の練度を上げなければならない。

 それは俺よりも、大男の方が向いていそうだ。


 老戦士との話が終わると、外で様子をうかがっていたらしく、幕舎テントへカムディが入ってきた。俺が武器屋のオヤジに頼んでいた武器を持ってきてくれたようだ。


 ハルバートの他に『吹き矢』とスリングショット用の『籠手こて』がある。

 早速、試したい所だが――


(俺が使うと危険だろうな……)


 安易な気持ちで使用すると、被害が出るかもしれない。

 後で人のいない場所へ行ってためしてみよう。


 弓も使ってはみたかったが、俺は素人だ。現状はこれで十分だろう。

 ハルバートも2本ある。1本は投擲とうてきに使えるので気持ち的にも楽だ。


 お礼を言っておいてくれ――と頼むと同時に、


「面白い素材を見付けたら、また持っていく」


 そう告げて、俺はカムディの肩をポンとたたいた。

 現状、俺が『オルガラント』の都市に乗り込んで魔物モンスターを一掃する方法もある。


 だが、魔物モンスターの集団を撃破した後に、あの巨人たちを相手取り、最後に【白闇ノクス】と戦う事を考えると、あまり現実的ではない。


 数には数で対抗するとして――


(やはり、この都市の人々の力を借りるのが定石じょうせきだろう……)


 最初は足手纏あしでまといでしかなかった都市も復興のきざしが見えてきた。

 俺が害獣駆除に考えた作業工程フローの構築は順調なようだ。


 老戦士の幕舎テントを後にした俺は、寝所にしている馬車へと向かう。

 案の定、中ではイスカとミヒルが待っていた。


 周囲の反応からも分かるのだが、俺とイスカが恋仲のようになっている。

 まあ、半分はエーテリアの仕業なのだろうが、イスカも満更ではなさそうだ。


 美少女なのでモテるとは思うのだが、色恋いろこいをしている余裕はなかったらしい。

 父親が、あの老戦士の息子だ。


 男が近づくにしても勇気がいるだろう。

 だが、そんな父親も都市を守るために亡くなってしまった。


 今は心細いに違いない。少なくとも『救世主と恋仲』という事になっていれば、変なやからも近づかないし、彼女が面倒を見ている子供たちも安全だろう。


 今後どうなるのかは俺にも分からない。

 だがしばらくの間、この状況を続けた方が、お互いに利点メリットはある。


 少なくとも、老戦士の影響力は俺が予想していたよりも強い。

 身内になって置いた方が、都合がいいのは確かだ。


 俺はイスカへ出掛けるむねを伝え、ミヒルの事を頼んだ。

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