第145話 社畜の安寧(3)


 俺は一旦、持ち場を離れる事にする。


(まあ、なにかあっても……)


 俺の移動力なら、すぐに戻れるので問題はない。

 向った先は寝泊ねとまりに使っている、いつもの馬車だ。


 蜥蜴人リザードマンたちを都市へとまねき入れ、兵士たちが利用する幕舎テントを貸したのだが――


(男ばかりだからな……)


 そんな場所へ女の子を一人、めるワケにもいかない。

 結局、俺が借りている馬車へミリアムをめる事にした。


 ミヒルとイスカも一緒なので問題ないだろう。

 それでも、立場上は蜥蜴人リザードマンたちから預かっている形なので、気になるのは確かだ。


 敵に動きがないようなので、一度『様子ようすを見に戻ってきた』というワケだ。

 念のため、馬車で一緒に寝ているハズのミヒルたちの様子も確認する事にした。


 馬車の中をのぞくと――ミヒル、イスカ、ミリアム――の三人がスヤスヤと寝息を立てている。仲良くしているようなので、一先ひとまず安心だ。


 もうすぐ太陽が顔を出す頃なので「起きているのかも?」と思ったが、少し早かったらしい。いつもなら真っ暗な中でも、何人なんにんかは起きているのだが――


 今日は他の連中も、まだ寝ているようだ。

 昨日は魔物モンスター襲撃しゅうげきがあった。


 街に被害はなかったとはいえ――ミヒルやイスカに限らず――全員疲れているのだろう。俺は出来るだけ静かに馬車から離れる事にした。


 しかし、その時だ。

 ピコッ!――とミヒルの耳が動く。


 ゆっくり寝かせておくつもりだったが、起こしてしまったらしい。

 まだ眠そうな表情のまま、ミヒルはゆっくりと上半身を起こす。


 寝惚ねぼまなここすった後、


「ふにゃ~」


 と大きく欠伸あくびをした。

 次に立ち上がると、フラフラとした覚束おぼつかない足取りで、俺の方へと歩いてくる。


 両手を前にばしているので、っこでもして欲しいのだろうか?

 ミヒルは――ご主人♪――と言って、俺の服をつかむと動かなくなる。


 再び、寝てしまったようだ。


(そんなに眠たいのであれば、寝ていればいいモノを……)


 わざわざ歩いてくるとは、器用なモノである。

 俺は仕方なく、ミヒルをきかかえた。


 朝方は冷え込む。風邪かぜを引いてもいけないので布団へ戻そうとしたのだが、イスカも起きてしまったようだ。


 俺が気付いた時には――ゆっくりとだが――上半身を起こしていた。

 いつもはもう少し気を張っているのだが、昨日の疲れが取れていないらしい。


 今日に限っては、いつもよりけた表情かおをしている。俺は――寝ていてもいいぞ――と合図を送ろうとしたのだが、ミヒルを抱っこしている最中だ。


 両手がふさがっているため、手振りジェスチャーも難しい。

 女子が寝ている部屋へ入るみたいで抵抗はあるが――


(今更、気にしても仕方ないか……)


 それに今は十代の姿だ。

 オッサンの姿であれば、事案発生で通報されねないが、大丈夫だろう。


 俺は静かに馬車の中へ入ると、まずは魔結晶を動力にしている角灯あかりに魔力を流す。あわく青白い魔力の光が馬車の中にともった。


 同時にミリアムは寝返りを打ったが、起きる気配はない。

 昨日、大勢の人間族リーンを見たので興奮したのだろう。


 疲れているようだ。

 肉体的な疲労より、精神的な疲労が大きいのかもしれない。


 一寸ちょっとやそっとの事で起きたりはしないのだろう。

 イスカは俺からミヒルを受け取ろうとした。


 両手を差し出すが――服が着崩きくずれていたためか――肩の辺りがずれ、はだけてしまう。いつもなら慌ててなお場面シーンなのだが、まだ少し寝惚ねぼけているようだ。


 栄養がれていないため、せてはいるのだが、最近は血色もいい。

 なまめかしい褐色かっしょくの肌と形の良い乳房とぶさが顔を出す。


 なるべく意識しないようにしていたが、それがイケなかったのだろう。

 若い身体からだのためか、性欲を押さえるのがむずかしい。


 ドキドキするのと同時に、視線をらせなくなってしまった。

 精々せいぜい表情かおに出さないようにするのが関の山だ――というか、


(どういう反応をするのが正解なのか、分からない……)


 あやまるのも変だし、あわてるのも俺らしくない。

 イスカは気付いていないようなので、反応しない事にしよう。


 俺はミヒルを渡すと平静をよそおい、イスカの服の乱れを直す。

 いまだに警鐘けいしょうが鳴っていないので、魔物モンスターの動きはないのだろう。


 急いで避難ひなんさせる必要はなさそうだ。


「じゃあ、行ってくる」


 俺は短く告げると、馬車から出ようと身体からだを反転させる。

 しかし、ミヒルが服のそでつかんでいた。


 ハッ!――と目を覚ますミヒル。

 まるでスイッチが入ったように――パチッ!――と目を開くと、


「ミヒルも行くニャ!」


 と立ち上がる。悪いが今回は『白闇ノクス』との戦闘になるだろう。

 連れて行くつもりはない。


 俺は両手でミヒルの頬の下フェイスラインを優しくつかむとムニムニとする。

 子供だからなのか、思った以上にやわらかく、皮膚ひふが伸びた。


 ミヒルに嫌がる様子はない。

 それどころか「うにゃ~♪」と気持ち良さそうな表情を浮かべる。


「俺の代わりに、イスカたちを守ってやってくれ」


 と頼む。ミヒルは少しの間、沈黙した後、


「分かったニャ♪」


 と答える。どうやら、頬の下フェイスラインをムニムニされるのが気に入ったらしい。

 目を閉じて大人しくしている。


「よし、いい子だ」


 俺が言うと、イスカも一緒に微笑ほほえんだ。

 ミヒルは満足したのか、


められたのニャ♪ 役に立てて嬉しいのニャ♪」


 そう言って、俺から離れると「ニャゴニャゴニャ~♪ 頑張るニャ~♪」と言って踊り出す。喜びの舞踊ダンスだろうか?


(お遊戯会ゆうぎかいのようで、可愛かわいらしいが……)

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