第2話 プロローグ(2)

「ぇ……」


 俺が野犬型モンスターの首元に手刀を突き刺し、命を奪ったのを見て――目の前の美少女は呆然としていた。

 自然の摂理に反するのは分かっている。でも――この子が俺の愛する妹、伊縫美尊いぬいみことなのかもしれない。そう思ったら……相手のモンスターは消すしかない!


「ぁ……みぃ……ぁ」


 ダメだ!――10年振りに喋ろうとしたけど、声が上手く出ない! というか、人間と喋るの怖い!


 ――やれやれ……。多少は強くなっても、小童こわっぱは小童のままじゃな。


 うるさいよ! 仕方ないだろ。10年間、人間と喋ってないし、口も開いてなかったんだから!


 ――仕方がないのう……。ここは、わらわに任せよ。


「――そなた、人の子じゃな? 兄の名はなんと申す?」


「も、モンスターが喋った!?」


 腰を抜かしそうなぐらい震え、美少女は槍先をブルブルと震わせている。

 というか、え?――俺、モンスター扱いされてる!?


 ――うむ。されてるのう……。


 白星はくせいもさ、喋れたの!? 脳内に念話を送るだけじゃなくて!


 うむ。あれ? い、言ってなかったか? 念話の方が便利じゃという、妾なりの優しさだったんじゃが……。


 言っていないよ! ふざけんなよ、口で会話できないの、寂しかったんだぞ!?


〈モンスター同士の争い!? 助かったのか!?〉

〈この人型モンスター、今喋らなかった!?〉

〈まさか……。でも、こんなボサボサ頭で髭面なのに、声が綺麗だった……〉

〈そんな事を言ってる場合か! 美尊みことちゃん、モンスター同士が争ってる隙に逃げて!〉


 うん、機械音声が教えてくれる。――俺、完全にモンスター扱いだ。


「みぃ……。ぁ――……」


 胸が、声帯が……緊張でバクバクと震える! コミュニケーションを取ろうとしても、身体ガッチガチで動かない!

 でも……。歯をガチガチ鳴らして、瞳も揺れてるこの子が抱く不安よりはマシだろう。

 聞かなきゃ。……勇気を出せ、俺!


「み、こと?……なの?」


 言った! 俺は言えたぞ!


「情けない程にガチガチだったがな! 妾、ここ千年以上で1番の爆笑に襲われとるんじゃが! 声、かっすかす! だっさぁ! 伝わらなければ会話じゃないんじゃぞ!? ぷぎゃあああ!」


 うるさい刀だなぁ! 言えたんだから良いだろう!?


「あ、ちょ……。わらわを岩に叩きつけるな! やめ、ごめんなさい! 刀身は不壊ふかいでも、さやは傷つくからぁ! やめてくれぇ!」


 剣帯けんたいいていた白星はくせいを手に取り、ガンガンと岩に叩きつける。泣き言を言ってもなぁ……俺の傷ついた繊細せんさいな心は――。


「――お兄、ちゃん?」


 幸せが鼓膜こまくを揺らした。

 あ、これ……間違いないですよ。

 潤んだ瞳、大きく成長しているけど、面影はある。

 間違いない――俺の妹だ。


「――きゃ!」


〈モンスターに掴まった! ヤバい!〉

〈にげてにげてにげて〉

〈ああああああああああ〉

〈いや、でも……お兄ちゃんって言わなかった?〉

〈こんな汚い地底人ちていじん美尊みことちゃんの兄貴な訳がないだろ!〉

錯乱さくらん!?〉

〈那須涼風:美尊ちゃん、しっかり!〉

〈旭深紅:亡くなったお兄さんの幻影げんえいが見えてるの!? 気を強く持ってよ!〉


 完全に疑われていますね、ええ。


「――み、こと。ぉお、俺は……向琉あたる。おおかみ、あたる」


 緊張するけど、久しぶりに言葉を発するのにも慣れて来た。相手が実の妹と分かったのもデカい。これなら、ちゃんと喋れるぞ!


「……やっぱり、お兄ちゃんだ」


 ギュッと、腕の中で美尊みことが抱き返してくれる。


 ああ……。生きてたんだ。あの日――災害が起きてから、外がどうなったか心配だったけど……。

 良かった、生きててくれたんだ!

 込み上げてくる涙をグッと堪えていると、美尊みことが――。


「――お兄ちゃん、はい」


 針の束らしき物を鞄から取り出し、天使のように微笑んだ。


 え?……なに、これ。お裁縫さいほうセットを持ち歩くにしては、多くない? 千本はあるよ?


「なに、これ……」

「ん? 嘘吐いたら針千本飲ますって指切り。……私の前から、いなくならないって約束。破ったから」


 いや――目、マジですやん。

 確かにね……ジジイの所に養子入りする時に、そんな約束をしたけどさ! 事故は不可抗力ふかこうりょくですやん!?


「そそそ、それは……。事故だから! ま、まず……美尊みことは、どうして、ここに?」


「そうだった。……私、ダンジョンでトラップを踏んで……」


 ダンジョン? さっきも機械音声が言ってたけど、この洞窟の名前かな?


「お兄ちゃん、上に戻れない?」


「う、上? ここは……洞窟じゃないの? 唯々ただただ、上に向かえば良いのか?」


 ずっと生きて生還しようと彷徨さまよっていたけど……。一向に地上の光が見えないから、もう諦めてここで暮らすスタンスでいた。


「そう。ここは多分、ダンジョンの深層……。1番上に行けば、地上に出られる」


 そうだったのか……。知らなかった。てっきり地下深い洞窟だと思ってた。

 ダンジョンって、あのRPGゲームとかにあるようなヤツだよな? そんな物が実在するなんて……。モンスターが実在するんだから、今更かな?


「……地上まで生きて戻りたい。お兄ちゃんと……子供の頃みたいに暮らしたい。――お願い」


「――ぅうぉおおおおおおッ!」


 気が付けば、美尊みことをお姫様抱っこして上に向け全力疾走していました。


 ――向琉あたるは、単純じゃのう……。


 白星はくせい、道中のモンスターは殲滅せんめつだ! 美尊みことを怖がらせないように、一瞬で消すぞ!


 ――先ほどまで自然の摂理だの弱肉強食だのと……。


 可愛い妹が序列じょれつ1位だ! それが俺の摂理!


「きゃぁああああああッ!?」


 腕の中で悲鳴をあげ、更に強く抱きついてくる美尊。追いかけてくる光るUFO。

 このUFO、速いな。俺、結構全力で走ってるのに、ちゃんと着いて来てる!


〈速い速い速い! 風裂く音が!〉

〈こええええええええ空飛んでね!?〉

〈ぉおぇええ……。VRゴーグル外した。こんなん、酔うわ……〉

〈って言うか結局、美尊みことちゃんは助かったのか? この地底人、何者!?〉

美尊みことちゃんのお兄ちゃん、実はダンジョン深くで生きてた?〉

〈そんな事、あり得るか!?〉

〈知らん! でも実際、助けようと地上に向かってるらしい!〉

〈人を襲わないモンスターはいないだろ!? 他に考えられん!〉

〈トレンドから今きた。どんな状況?〉

〈C級階層攻略中、転移てんいトラップ踏む→見たこと無いモンスターがいる階層飛ぶ→死にかけた所をお兄様疑惑がある地底人に助けられる→地上に向かってる?〉

〈ナニソレ、分からんがサンクス〉


 美尊の腕から流れてくる機械音声は止まる事がない。


 もしかしてこれは……AIってヤツか? 俺が地上にいた頃から話題になってたしな。

 10年もあれば、これぐらい進化していても不思議はないか!


「なぁAI! 地上への案内よろしく!」


 機械相手なら緊張する事もない! 強気に命令だ!


〈草〉

〈俺たちAIと思われてるwww〉

〈おけ、任せろ! とりあえず、見覚えあるとこまで全力ダッシュで上がれ!〉


 よし、全力ダッシュで上がれば良いんだな! 風に乗って行くぜ! 洞窟――ダンジョンの中だけどな!


 美尊やAI音声の悲鳴とナビゲーションを聞きながら駆け抜ける。

 そうして約3時間後――ついに、光へと繋がる階段が見えた!


「――着いたぁッ!……ぁ」


 光が灯る階段を上り――ドアを開けると、そこは異世界だった。


「ぇ……ぁ。ひ、人……いっぱい!?」


 銃や刀、槍、弓……。数々の武器を構え、俺を囲む人の山。

 いや、むしろ――海。これはもう、人の大海原ですわ……。


「出たな、人型モンスター! ダンジョンの外まで、どんなつもりだ!?」


美尊みことを離せ!」

 片手剣の切っ先をこちらに向け、殺気を飛ばしてくる赤髪小柄の少女。紅い瞳は決意に満ち、射貫いぬくように俺を見ている。


「み、美尊みことちゃん、早くこっちに! お兄さんはもう、生きてないんだよ!」


 澄んだ薄緑色うすみどりいろの瞳をした少女は、俺の腕に抱かれる美尊みことへ必死に手を伸ばしている。


深紅みく涼風すずか。落ち着いて。これは本当に、私のお兄ちゃん」


 大量の目線、大勢に声をかけられ……身体がソワソワする。めっちゃ気持ちが悪い。

 人……えぇ……。慣れない視線。――ち、血の気が引いて行く……。


「は、吐き気に……め、目眩が――」


「お、お兄ちゃん!? しっかり――……」


 愛する妹が慌てる声が聞こえる。

 天女のような美尊みことの涙目を、最期の光景として目に焼き付け――俺は死んだ。



―――――――――――

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