第184話 配信は切断されました

 地上で立ち上がった俺たちの持つディスプレイには――『配信は切断されました』の文字。

 

 これは……配信リンク式腕時計に通じる脈波が途絶えた事を意味する。


 それは何時ぞやのように、腕が切られたのかも知れない。

 最も可能性の高いのは、深紅さんの命そのものが――。


「――もう止めないでください! 俺は、俺は向かいます!」


 ダンジョンへと向かう扉を覆うようにふさがるのは、3人のギルド職員だ。


「お気持ちはお察しします! でもそれはルール違反なんです! 上からも絶対にこれ以上、未来有望な大神さんにランク破りのルール違反をさせないようにと厳命されているんです!」


「人の命が、深紅さんや涼風さん、美尊の……妹の命がかかってるんですよ!? どいて、どけよぉおおお!」


「退けません!」


「ルールは人を護る為にあるんでしょう!? こんな、人を見殺しにするようなルール、誰が作ったんだ! 美尊が、俺の教え子が! 一呼吸ひとこきゅうだって惜しいんだ! そこを退かないなら、強引にでも――」


「――それでも! 規律を守らなくなれば、同じように何処どこかで誰かが無茶むちゃをするんです! 確かに大神さんは例外的に強いのかもしれない! でも大神さんを見て同じように自分は特別と無茶をしたランク破りをする人が増えれば、より多くの人が無謀むぼうにより命を落とす! それがルール破りなんです!」


「じゃあ、じゃあ……俺にはこのまま、大切な人たちが死ぬのを指咥えて見ていろと言うんですか!?」


 この人たちが社会人として、組織人として正しい事を言っているのは分かる!

 それでも、それでも――俺は美尊や涼風さん、深紅さんを失いたくない!

 後に続く人が出ないよう、厳しい見せしめ処罰なら、助けた後からいくらでもやれば良い!


「ダメです! オーナーにも電話が繋がりません! 会議中で電源を切っているか、或いは誰かと話しているか……」


 川鶴さんも姉御を呼び寄せようとしてくれている。 

 確かに姉御が東京にいるなら、それが1番だったんだろう。 


 でも――姉御は極秘裏にマルチバース社や合衆国のお偉いさんと会っていて国外だ!


 これは完全なる機密情報、非公式の会談。


 それはスマホだって取り上げられていてもおかしくない状況だろうさ!

 だから――姉御は絶対、間に合わない!

 それなら俺には救える力があるんだから、俺が行くしかないだろう!


「そうだ! 俺が今からBランクで数百とモンスターを殲滅せんめつしてくる! そうすれば――」


「――足りる訳がありません! モンスター討伐数だけでなく、魔石の換金も含めれば或いは……。でも、魔石を拾って戻って……。そんな十数時間以上の時間的猶予は無いはずです!」


 ギルド職員が声を張り上げ、不可能だと言ってくる。 


 そうだろうさ。

 どう頑張っても――ここからランクを上げるには、途方も無い討伐数が必要になる。


 魔石換算なら、最低でもBランク魔石で千個は居るだろうさ!

 本来、ランクなんてそう短期的に易々と上がる代物じゃない!

 そんな事は――分かってる! 


「どうか、こらえてください! 私たちだって、本心ではこんな事は言いたくない! しかし何度も同じルールを破られていては、大勢が『このルールは守る必要がない』と新たな犠牲者を生むんです!」


 この人たちは、未来の大勢の為に――目の前で犠牲になる人を端から諦めてて……。

 トワイライトや巻き込まれた開拓者を助ける気なんか、全くないじゃないか!

 何が本心ではこんな事は言いたくないだ!

 それは自分の社会的、職務上の地位や保身の方が良心より勝ると言っているのと、同義だろうが!


「あなた方は出来ない理由ばかり言って、不可能としか口に出来ないんですか⁉︎ 何か、何か可能性のある代案は――」


「――この魔石を換金してくれ!」


 後ろから、息を切らせた男の声と――特大のバーベルを落としたような音が響いてきた。

 誰だ、人の命がかかってる時に、換金してくれなんて言う奴は!?


 この状況を見て、よくそんな事が――。


「――あ、あなたは、旭社長あさひしゃちょう!?」


 息を切らせてギルドへ駆け込んで来た旭柊馬あさひしゅうまは――最新鋭さいしねい武装ぶそうを身に纏っていた。


 銃刀法が緩くなり、それでも特別な許可無く所持は許されないはずのフルオート銃らしき物まで担いでいる。

 そして何人もの秘書が差しだしたケースの中には――およそ数千個の魔石。


「旭さん! あなたは、こんな時でもお金ですか!?」


 川鶴さんがいきどおっている。


 だが――おかしい。

 金を手に入れに来ただけなら――このギルドじゃなくても良い。

 ましてフル装備で来る必要なんて無いだろう。

 なんだ、何が目的なんだ!?


「大神さん――どうかこの魔石を受け取り、換金してくださいませんか!?」


「……は?」


 換金してくれは、俺に言っていたのか?

 ギルド職員へ直接、金に換えてくれと言うのでは無く――俺に受け取らせて、換金してくれと?


 旭柊馬は――俺の目の前に来るなり、土下座をした。


 身体を小さく丸め、額をゴリゴリと血に押しつけて居る。

 何度も頭を下げて床に衝突した額は割れ、血が滲む有様。


「まっ、まさか……この魔石を大神さんに譲渡して換金する事で、ランクアップを!? それはレベルブーストじゃないですか!」


「――え? レベルブースト?」


「大神さん! 旭社長は、この魔石でレベルブーストして、大神さんの開拓者ランクを上げくれと言ってるんです! そうすれば……Cランク開拓者に大神さんが上がれば、大神さんを止める理由もなくなるから!」


「な、なるほど! その手が!」


 そうか!

 その手があったのか!

 姉御にキツくルール破りをするなと言われているけど、その手なら――。


「――それはランク破りより、更に重大な刑事罰にも問われかねませんよ!?」


 まるで悲鳴を上げるように、若いギルド職員が注意をする。

 どういう、事だ?


「討伐者ではなくバックアップだろうと、拾った者だろうと……。その魔石取得に関与していると正当に判断された者が換金するのは、他者でも認められます! レベルブーストはモラルの欠如と眉を顰められる行為ですが、現状は罰する規則もありません!」


 なら、なぜ止める!? 

 1秒でも時間が惜しいのに!


「それもこれも、同じ所属事務所などで戦闘外の環境調整支援役を務めた者などがギルドへの書類申請と許諾を経て魔石の保有権利を委譲されるのは適法にして正当な権利だからです!」


 姉御と一緒にAランクダンジョンの魔石を換金した時は、そうやったんだ!

 今回も、書類を後からでも書けば良いだろう!?

 人が生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ!

 書類が前後するぐらいの融通、効かせてくれても良いじゃないか!


「――しかし! 全く関係ない他者への権利委譲けんりいじょうやギルドを介さない個人への魔石取引は、収賄しゅうわいやマネーロンダリングの温床おんしょうになるからと禁止されています! ましてや無料での権利委譲なんて、魔石価格の崩壊にも繋がりかねない重大な違反行為です!」


 な、なんだよ、それ……。

 確かに、そう言う犯罪のリスクはあるだろう。


 でも――そんなの、調べれば直ぐに分かるじゃないか!


 少なくとも、今回は違うだろ!?

 命を……娘の命を救って欲しい親が、額から血を流して土下座している姿が――マネーロンダリングや収賄の姿に見えるのか!?


「私は後からいくらでも処罰を受けましょう! だから、どうかこの魔石を大神さんへ!」


「……すいません、不正の容認は出来ないんです!」


 なんで……なんでそう、頭が硬いんだよ!?

 職務に忠実なのは良い!


 でも――こんなのって、無いだろう!?

 人の世の情は――。


「――おい、お前ら。何をしている、大口の客だ。早く換金作業をしろ。……大神さんが持ち込んでくださった魔石の、な」


「し、支部長!?」


 俺が内心、やりきれぬ憤りに暴れだしそうになった時、顎髭あごひげたくわえた渋い長身男性が、忙しなく魔石鑑定機ませきかんていきを操作しながら声を発した――。


 支部長と言う男性が姿を見せた瞬間、ギルド職員の空気が変わったのが分かる。

 先程までは居なかった男性――恐らく、既に退社していたんだろう。


 50歳近い、イケオジと言う言葉がピッタリの渋い男性は――淡々と作業を進めている。


「支部長!? こんな、こんなルール違反を許して良いんですか!?」


 若い係長ぐらいの男性は、叫ぶように抗議をしている。

 そんなの眼中にないとばかりに、支部長は作業を続けたまま目線すら向けない。


「何かルール違反が、あったのか?」


「そんなの、見るからに――」


「――お前の目には、何が見えてるんだ? 親が子を守る為に『助けて下さい』って、プライドも金も夢も……全てを託して頼み込んでいる姿しか、俺の目には見えねぇがな」


「し、支部長さん……。あなたは……」


 こんな人も――世の中には、いるのか。


 会社や組織にとっては、決して褒められた人じゃないのは分かる。

 上意下達じょういかたつを徹底する組織を狂いなく潤滑じゅんかつに回すのは、決められた形に決められた通りに動く、歯車のような人だから。


 でも――俺は、大好きだ。

 この人のとがった人情溢にんじょうあふれる性格が――たまらなく好きだ。



―――――――――――

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