第185話 親心

「ほれ、お前ら急げ。……責任は全て、支部長の俺にある」


 そう支部長が言うと、惑っていた若い職員も――全速力で魔石鑑定作業に加わった。


 呆気あっけに取られつつ――一縷いちるのぞみが繋がったのだと俺も察っする。


「大神さん!……良かった、これで――」


「――はい。ランクアップすれば、俺も誰に邪魔されるでもなく救出に向かえます。後は、間に合ってくれる事を祈るのみです。トワイライトの成長、そしてエリンさんのアクセサリーがあれば、可能性は……」


 絶対とは言い切れない。

 姉御とスタンピードで戦ったようなモンスターの群れなら――まともにぶつかれば、直ぐに死を迎える。


 頼むから、まともにはぶつからないで居てくれ……。


 左手の配信リンク式腕時計が反応を止めたと言う事は、治癒魔法効果がある指輪を付けていた左腕が身体から離れた可能性も有り得る。


 だから……どうか最悪の事態には至らないでいてくれ。

 そう、今は祈るしかない。


「旭さん、貴方は……何処に何故、あれだけの魔石を溜め込んでいたんですか? そして何故、それを俺に?」


 未だに地面でセミのように小さく丸まり、涙を目尻に溜めながら土下座している、胡散臭うさんくさい見た目の――旭社長へと尋ねる。


「……私は、ダンジョン災害で最愛の妻――深紅の母を失いました」


「…………」


「地獄のようだった、全てを奪うような災害……。その唯一の生存者である大神さんへ私は――憎しみと同時に、格別な敬意と憧れを抱いているんです。あの地獄から生還した大神さんに、恩讐おんしゅうとも呼べる複雑な感情を……」


 それは――握手会に来てくれた人の中にも、似たような人がいたな。

 災害で亡くなった大切な人と俺を重ね合わせ――複雑な胸中の中、応援する事を選んでくれた人たち。


「災害で命を失い、執念や妄念に突き動かされていた時――大神さんは、生還したのです。なぜ妻は帰ってこないのにと妬むと同時に……今、生存している者へ感謝して接する大切さを……娘が生きていてくれた幸せを思い出させてくれたんですよ。だから――どうか、折れないで輝いてくれ。全被災者にとって……大神さんは、大切な人のもしかしたらを重ねて見る希望の星だと思っているのです」


 旭社長も――あのファンたちと、同じだったと言うのか。

 それなら、なんであんな露骨な金儲けや、苛烈なノルマを課して開拓者を追いこんだと言うのか。


「私は圧倒的な強さを誇る開拓者に――この世からダンジョンを消して欲しかった。全ての魔素を消し去り、私に取り憑く復讐の亡霊を消して欲しかった。……そうする為に旭プロを作り、苛烈かれつな強者育成ノルマとレベルブースト用の魔石を集めていましたが――それでは娘の危機に、間に合わない」


 ああ、そうか……。

 この人は――ダンジョンから魔素が枯渇こかつし、モンスターが産まれなくなると言う海外の事例を、国内の全てのダンジョンでやろうとしたんだ。

 レベルブーストだろうがなんだろうが、特別強い開拓者を育成する事で……。


「再び、私の愛する全てが――今この瞬間、奪われようとしているのです! ならば私にとっての希望の星に……全てを託したかったんです!」


 自分の娘までをも奪われる前に、本来なら自分の事務所からそんな開拓者を出したかったんだろう。


 でも短期的な功を追い求め過ぎた。

 その結果――上手く行かない事だらけで、空回りしていたんだな。


「大神さん……。私は愚かな親でした。そして最後まで愚かな親だった。……深紅の中では、それで良いんですよ。――少しでも大神さんが娘の元へ早くたどり着けるように、この身を爆ぜさせてでも道中のモンスターを減らして置きます。後は――娘を頼みました!」


「あ、ちょっと!? 非開拓者のダンジョンへの侵入は――」


「――今はこちらが先だ。……あの社長さん、後でいくらでも罪はつぐなうって言ってただろ? それにあの格好、はなから覚悟が決まっていたんだ。……おやためいのちける覚悟を、邪魔すんじゃねぇ」


「支部長……。で、ですが、この違反を眼前で阻止できないなら、私たちの仕事などAIで十分では……」


 受付から身を乗りだし、止めようとする若手職員を、またしても止めた。

 本当、この人の生き様は……格好良いな。


「はっ。AIにダンジョンから上がって来た違反者を拘束出来るのか?……違反金に罰則、たっぷり受けてもらおうじゃねぇか。……生きて戻ってくれなけりゃ、罰も与えられねぇ。大神さん、済まないが頼んだぜ? 法的な罰も、親としての罰も、きていてこそせられるんでな」


「はい! 引き摺って来てみせましょう!」


 ドンと胸を叩いた。

 早く、早く査定が終われ!


 ランクアップに――届け!


 そう願っている俺に、ギルド職員の1人が電話を持って来た。

 無言で手渡された固定電話。

 誰からだろうか――。


『――向琉。配信を視聴していたエリンが川鶴に連絡を取り、緊急で私にもそこのギルドへと電話を繋いでもらった。……すまんな、スマホを持ち込めない場所で。どうかアイツらを、救ってやって欲しい』


「あ、姉御!?」


 随分と電話を繋ぎ遠回りをして辿り着いたみたいだけど――それだけ、警備も何もかもが厳重な場に居るって事だ。

 それでも連絡してくれるなんて……本当に、不器用な優しさを持った人だ。


 まるで、そこの――。


『――川鶴から旭柊馬との経緯も聞いてな。済まないが、そこの支部長に代わってもらえるか?』


「は、はい! 支部長さん! 姉御――大宮愛が、お話したいと!」


「あ? すまんが、作業が一分一秒を争う。手で受話器を持っててくれるか?」


「は、はい!」


 俺は支部長さんの隣に行き、受話器を彼の耳に当てる。

 当然、距離的にも俺には2人の会話が聞こえる。



―――――――――――

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