第183話 side旭深紅 トラブル

 そうしてBランクダンジョンのボスまで、呆気ないぐらいに簡単に片付いた。


 もはや当然のように、ウチらはノーダメージ。

 お兄様からの容赦ない愛が籠もった個別指導を受けるまでは有り得なかった成果だ。


「美尊、どう? 問題ない?」


「うん。お兄ちゃんが、ここに居るみたい」


「あははっ……。美尊は本当に、お兄様が大好きだね~?」


「当然。やっと合えた肉親。それに、もの凄く良い人だもん」


「……そっか。良い肉親、か」


「み、美尊ちゃん……。今は、ね?」


「あ、そっか。深紅、お父さん……旭柊馬あさひしゅうまさんはアレだけど、私たちも家族みたいなものだから」


「そ、そうなんだけどさ!? 美尊ちゃん、励まし方が……。もう、名前まで出さなくても……」


「良いよ、涼風。ウチ、前にも言ったけどさ……。美尊のこう言う嘘を吐かない所が、スッゲぇ信用出来るんだ。裏でも絶対、裏切るような陰口は言ってないってさ」


「う、うん……。そうだね。――ああ、良い。……凄く良い」


 何がだろう?

 涼風は偶に、話の脈絡が分からなくなる事がある。


〈強すぎて草〉

〈メッチャ成長してるぅううう!〉

〈これは堅実が座右ざゆうめいだろうと、Aランクに進んでも問題ない強さでしょう!〉


「2人とも、行ける? ウチは行ける!」


「うん、魔力も大丈夫そうだよ!」


「私も。何戦かAランクの強敵と戦ってみて、浮かび上がった問題点を適宜、話し会いたい」


「おっけ! じゃあ――進もう!」


 こうしてウチらは、いよいよAランクダンジョンへと足を踏み入れる。

 ウチ単身では挑んだ事はあるけど、パーティでは初めてだ。


 ランクが上がる毎に、フェイントが上手くなっていくモンスター相手に――何処までウチらの戦術が通じるか。

 まずは、試してみよう。


 そう思っていたウチらの出鼻でばなは――いきなりくじかれた。


「――魔法の音!? いきなり戦闘始まるかも! 各自、警戒!」


 ボスの間を抜け、Aランクダンジョンへと降りる階段を降りている最中――小さく戦闘の音が聞こえて来た。

 階段を降りた広間……いや、広間を出て少し離れた所か?


 誰かが魔法を放ったのか、少し揺れてもいる。


「――展開!……あれ?」


 残り数段となった所で――3人一気に階段を跳び下り、臨戦態勢を取る。


 しかし、そこにはモンスターの姿はない。


 枝分かれしたいくつもの道と、戦いの熱気、宙を舞う砂塵。

 間違いなく、この近くで戦闘が起きていた。


「あ、アンタは……旭深紅、か?」


「ん?……旭プロの、ケガしてるの?」


 涼風に目配せをすると、治癒魔法をかけ始めてくれた。

 4人組のパーティ……お兄様たちと帰って来る時にすれ違った、愛想の悪いヤツらだ。


「ここで、さっきまで戦闘してました? まだ戦闘の気配、熱気が漂ってる」


 美尊が尋ねると、4人は気まずそうに目を逸らした。


 これは――何か後ろめたい事がある時の表情だ。


「い、いや……。俺たちはAランクに初めて挑んだんだ……。Bランクボスが偶々たまたま、ボスの間に居なかったから。ノーダメージで進める、またとないラッキーだと思ってよ」


 成る程。

 ウチらが般若を倒して、再び般若が出る前にAランクへと挑んだのか。

 普段ならボスによるダメージで阻まれるけど、今回はそれが無かったからトライ出来たって所かな?


「その、モンスターと全然出くわさない枝分かれ道ばっかりで、気が付いたら深入りしててな……。数体を楽に倒せていい気になって……そのまま進んで、気が付けば周りを囲まれてた。それで必至に逃げ惑って……気が付けば数十、いや百体近いモンスターに追われてたんだ」


「え!? そんなの、どうやって生き残るんだ!? まともに戦えば、ウチらでも死は免れないよ!?」


「うん。お兄ちゃんや愛さんぐらいしか無理。でも貴方たちはここで生きてる。どうやったの?」


「そ、それは……」


 気まずそうに、顔を俯かせてしまう。


 そうしてウチは――サッと、血の気が引いた。


「美尊、涼風……。ウチらが地上へ戻る時、もう一組降りて行くパーティとすれ違ったよね?」


「うん。……あ」


「え、そう言えば……。あの人たちは見てない。ま、まさか――」


「――Bの階層まで上がれば追ってこないはずなのに! この付近まで逃げてきた俺たちを見て、ヤツらは立ち向かった上に上層階へ向かう階段と逆方向の道へ逃げたんだ!」


 枝分かれしている道の1つを指差し、自分たちばかりに非があるのではないと主張している。


 もう、言葉が出ない。

 コイツらは唯、逃げ惑っていた中で他のパーティに遭遇しただけかもしれない。

 そこに悪気は無かったのかもしれない。


 それでも――。


「俺たちは、そんなアイツらを尻目に一目散に逃げちまったんだ……」


「――パスパレード……。悪意が無い事故なら犯罪じゃないけど、それで押し付けたまま見捨てるとか……最低な行為じゃんか」


「ぅ……」


 申し開きのしようもないのか、彼らは顔を俯かせた。

 誰もが気まずそうに。


〈はぁあああ!? コイツらマジで人殺しじゃねぇか!〉

〈分不相応な場所に漁夫の利を狙って突っ込んだ挙げ句、ピンチになれば人様にモンスターを押しつけて殺すとか、最悪でしかない〉

〈そのBランク階層への逃げ道にアンタらを行かせようと身体を張ってくれたんじゃねぇの!?〉

〈マジでクソ。今日は配信してねぇみたいけど、コイツら旭プロの開拓者パーティだろ?〉

〈胸くそ悪過ぎ。最低最悪だわ……〉

〈そもそもノルマとかあるせいだろ! 旭プロはもう解散しろ!〉


 旭プロのノルマが、こうやって人を殺して行くのか……。

 まだ朧気おぼろげな記憶だけど……ウチには――責任がある!

 旭プロを、父さんをこうしてしまった――責任が!


「……涼風、美尊。ゴメン、今の2人ならBランクたいも安全に戻れる。でも安全の為に、出来ればお兄様にメッセージして迎えに来てもらって」


「深紅は、1人で助けに行くの? お兄ちゃん……はランクが足りなくて、Aランクダンジョンへは潜れない」


 ああ、なんでランク制限なんてあるんだろうね。


 お兄様なら――あの例外の英雄なら、この人たちが押しつけたモンスターも笑ってパフォーマンスしながら片づけちゃうだろうに。

 格好良く、颯爽と助けられるだろうにさ。


 救助に行くのがウチじゃなくお兄様なら、美尊や涼風に……こんな不安そうな顔を、させないんだろうね。


「深紅ちゃん……。気持ちは分かるけど、ダンジョンでは、どうにもならない事もあるよ? それは、良く分かってるでしょ?」


「それでも――ウチは、もう何も奪われたくない。責任から逃れず、立ち向かって解決する強さを得なきゃ、だからさ。ゴメンね、分からず屋の身の程知らずで……」


〈考え直して! それはヤバいって! モンスターパレードに突っ込むとか、深紅ちゃんが死んじゃう!〉

〈ぁああああああ! お兄様ランク制限なんて無視して助けてあげて!〉

〈↑無茶言うなよ! 深紅ちゃん気持ちは分かるけど助けに行って巻き添えは……〉


 コメント欄も言っている。

 それは『私には』出来ないって……。

 オーナーやお兄様と違い『私は守られる側で、奪われる側』なんだって。


 そんなの――分かってるよ。


 でも責任から逃げて、奪われる弱さを仕方ないと生きるのは――時に死ぬより辛い事もあるんだ。


「――それなら、私も行く」


「私も行くよ、深紅ちゃん」


「は!? 何言ってんの、2人とも初めてのAランク領域なのに――」


「お兄ちゃんからもらったアクセサリーもある」


「それは……確かに蘇生に近い効果があるのかもしれないけど! それでも――」


「――それに今、深紅を無理に連れ戻しても、責任から自分で命を絶つ。そんな目をしてる」


「……美尊」


「深紅ちゃん。……沈む時は一緒だよ」


「す、涼風……」


 夕暮れ、夜の闇――ダンジョンの闇。

 トワイライトは、黄昏時。

 夜明け前とも、日没前とも取れる言葉だ。


 ああ、もう……。

 ウチの仲間は、みんな――頑固な目をしてるな。


 絶対、ウチを置いて帰ってはくれないんだろうなぁ……。


「行くなら早く。救出が手遅れになる前に」


「オーナー、お兄さん先生。どうか、私たちを見守ってください……」


 治癒効果のあるイヤリングを、震える手でギュッと握り絞める涼風。

 美尊も、愛おしそうにネックレスを握り絞めている。


 覚悟を決めちゃった開拓者は――言う事を聞かないよなぁ……。

 ウチも含めて、さ。


「――全員、生存を第一に! 救護対象を見つけ次第、最も生存確率の高い行動を取るよ!」


「深紅ちゃん……。うん!」


「分かった。行こう」


「お、おい! あんたら、正気か!?」


 手を伸ばして引き留めようとする旭プロのパーティたち。

 そんな彼等に――構っている暇は無い。


「――行動開始!」


 ダッと、ダンジョンの奥――枝分かれしている中でも、特別に魔素の濃い場所へ向かう。


 それは――大量のモンスターの残り香と同義だから。


〈ぎゃあああああああああ! 嘘だろ、嘘だろぉおおおおおおおおお!?〉

〈最悪、マジで最悪だ……〉

〈姉御、救護に向かってやって! これはAランク初心者には無理な問題だってぇええええええ!〉


 視聴者のみんな、ゴメンね?


 もしもの時は――脈波が途切れて、配信リンク式腕時計の稼働も止まるからさ。

 ウチらの死体をファンに見せるなんてトラウマ、晒さないようにするから――。



―――――――――――

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