第182話 side旭深紅 お兄様

 お兄様と別れたウチらは、オープニングトークをすべく階段前広場へ横一列に並ぶ。

 そうして時間が来ると――。


「――皆さん、おはようございます! トワイライトの旭深紅です!」


「同じく伊縫美尊です」


「那須涼風です」


 もう何度目になるのかも分からない、トワイライト恒例の配信用挨拶をする。


〈おはよう~! さっきに続きお疲れ!〉

〈あたおか武器とアクセサリーでトップの座へ!〉

〈般若はもうそろ復活した頃合いかな?〉

〈1時間だから、ボスもそろそろ復活した頃合いと思われる!〉

〈ボスからのAランク、大丈夫? 無理しないでね〉

〈さっきノーダメでBランクボス倒してたんだから、ヌルゲーも良いとこだろw〉


 コメント欄の人たちも言っているように、ウチらは成長している。


 元々、ウチはBランク開拓者。

 美尊と涼風だってCランク開拓者だったし、パーティとしてはBランク開拓者認定されていた。


 この所のお兄様やオーナーとの指導で、弱点や足りない所も補い……そして矯正武器で一気にブーストされた。


 借り物の力では、本当の強さへは至れない。

 これはオーナーが昔から強くウチらに言い聞かせて来た言葉だ。


 だからウチらは本当は喜びで有頂天になりたい、お兄様……あと、エリン・テーラーさんからの武器プレゼントにも浮かれず、逆に気を引き締めた。


 その結果、あのお兄様からもう少し上のランクで修行を積むのもお勧めされた。


 これ程に逞しく、安心出来る言葉があるだろうか。

 ウチは強くなっている。

 ウチらは強くなれている。


 奪われず、人に心配を掛けずに済む強さを――沢山の人に助けられ、得ている。

 ならば――恩返しの意味も込めて、更に上り詰めなければ。


 ウチはもう……何も失いたくない。

 自分の無力を誰かのせいにして、後悔もしたくない。


 大切な物を守り、自己責任を貫けるぐらい……早く1人前にならなければ!


「それでは、早速進んで行きます! 美尊、涼風、魔力の回復は平気?」


「うん、平気。お兄ちゃんが素材に混ぜてくれたユニコーンの一本角による伝導率向上のお陰」


「あはは……。この武器、確かに強いけど……。お兄さん先生がプレゼントしてくれたユニコーンの一本角が組み込まれてなければ、魔力欠乏でマインドダウンを起こしそうだよね」


 マインドダウンとは、体内にある魔力総量を超えて魔力を使用した際に、一時気力を失い心身を動かせなくなる現象だ。


 中等部……ダンジョンに潜って最初の頃は、ウチもやらかした。

 モンスターの前でそんな状態になるなんて死にたいのかと、オーナーからボロクソに怒られたのを良く覚えてる。あの説教は、めちゃ嬉しかった。


「そうだね! 1時間の休憩でかなり回復したけど、無理はせずにいこう! 今日が武器の使い始めだし、アクセサリーの効果が発動したら魔力量がどうなるか分からないからね!」


「うん。負傷するのも、ある意味では必要かも。魔力消費を把握するってのは大切」


「とは言え、わざとケガするような不覚は取らないけどね?」


〈あたおかも言ってたけど、この子たちマジで女子校生とは思えないなw〉

〈学生でトップランナーになるのには、ちゃんと理由があるって事だよw〉

〈美尊ちゃんは『あたおか』と同じ天心無影流宗家の血が入ってるんだろ? 才能もあるんだろな〉

〈↑才能で片づけるのとかマジで止めろ。努力見てないなら、ミコミコチャンネル周回して来い〉

〈大神向琉を悪く言いたくないけど比べるなよ。個人を見てやれよ〉

〈最近、同じ事務所ってのもあって比べる声が増えたよな〉


 血。

 血筋による才能。

 それを言えば……ウチには、優しくて穏やかだった母さんの血が流れてる。


 そして――悪名高い旭プロの社長である旭柊馬、父さんの血もだ。


 一緒に過ごした時はもう、遠すぎて……優しくて子煩悩だった父さんは、こうであったら良いなと言う妄想や幻想なのかもしれない。


 だって、強制的に父さんの下を離れさせられたのは、7歳――小学校1年生の頃だから。

 今の父さんの姿、言動を見る度に――弱いウチの心が、こうであったらと言う理想の父を作り上げて思い出に修正をかけている気がする。


 一時期居た施設や、カウンセリングをしてくれた医師は――『そうして自分の心を守っているんですね』と決めつけてもいた。


 本当の所は……幼かったから良く覚えてない。

 自分が何を言ったのかも、どれが本当でどれが妄想かは定かじゃない。


 唯、事実として――ウチが最強であるオーナーに辛い所を救われ、惚れ込んだのは間違いない。

 それは今も欠かさず、毎日積み上がっている感情だから間違いない。


 父さんとの思い出は、朧気な物心が付いた時から幼少期まで。

 鹿奈さんとの思い出は、失意と後悔で頭がクラクラしていた日々から、同じく幼少期まで。


 そこから先は――……オーナーにお世話になってばかりだ。

 幼く無力だったウチを、オーナーはいつも助けてくれた。


 でも、それだけではダメだ。


 オーナーは強いけど、また誰かにオーナーとの幸せな時間を奪われるかもしれない。


「……お兄様、いないんだよな」


 先程までいたお兄様の姿は――もうない。

 コラボが終了したのだから、当然だ。


 彗星すいせいの如く顕れた――いや、地下からだから別の表現か?


 吹き上がる上がる温泉や石油の如く顕れた、オーナーに認められ愛される存在。


 最初は……なんでウチより、明らかにオーナーから特別視されているんだろうって、悔しくてたまらなかった。


 弟弟子とは言っても、開拓者としてオーナーに貢献しようとして来た期間はウチの方が長いだろう。

 物心が付いてから、オーナーに捨てられないようにと必至に、オーナーの教えを守り毎日堅実に積み重ね生きて来たウチの全てを否定された気にもなった。

 ウチだって、寝る間を惜しんで居場所を守ろうと思って努力して来たのに、また大切なものを奪わないでって……凄く焦っていた。


 でも――今は違う。

 お兄様が地上に上がって来た頃、ウチは美尊にもお兄様にも八つ当たりをしていた。


「ダンジョンってさ……暗いよね。1人だと、心細くなる。周囲が敵しかいない闇だよね」


「深紅?」


「深紅ちゃん、大丈夫?」


「うん、大丈夫。……唯、確認しただけ」


 ウチの思いは――全くのお門違かどちがい、逆恨みも良い所だった。


 ウチがのうのうと生きていた幼少期の頃には、お兄様はオーナーと同じ道場で生きるか死ぬかの修行をズッと、堅実に積み重ねていたんだ。


 それからSランクダンジョンに落とされて……一足跳びに、まるで旭プロが提唱する命の危険を冒して強くなる成功例の極みのような在り方に反発もした。


 でも――旭プロが性急に高ランクダンジョンへ潜り強くなる方法と、お兄様の強くなり方は違う。


 お兄様が強くなり、生き残れたのは――それ迄確かに積み上げてきた血の滲む努力があったから。

 ウチなんかとは違う、心から屈折しない強さを……積み上げて来たから。


 その折れない太い土台からの積み重ねがあったから、こんなにも不安に陥るダンジョンで10年間も生き抜けたんだ。

 ウチなら――途中で心が折れ、自害していた可能性が高い。


「ああ、本当に……格好良いなぁ」


 考えれば考えるほど、格好良い。

 憧れる、胸が高鳴る。

 1度、自分より格上だと素直に認めて、冷静に分析すれば――もう心を奪われずには居られなかった。


 真の強さを手に入れ、全力で頑張り続けた英雄。

 ウチを握手会での奇襲から守ってくれた恩人。


 その自然と人に好かれる人格も相まって、ウチは――……。


「深紅、モンスター! 行くよ!」


「うん! 警戒をげんにしつつ、一体一体確実に倒して行こう!」


 お兄様が苦労して、私たちを護る為にと手に入れてくれた素材。

 ウチにとっての救世主であるオーナーが、英雄のお兄様と調整してくれた武器。

 それらを手がけるのは、世界最高の天才技術者。


 こんな武器をもらって誰かを護る強さを得る為の努力を怠るなんて――罪ですらある!


「はぁあああ!」


 早く、早く強くならないと!

 自分が奪われる側に、2度とならない為に!

 過去に囚われず、前を向けるように!

 ウチのようにパニックに陥った発言を、一生涯にわたって後悔する人間を――2度と出さない為に!


「ウチらは、人の世の『夜明けに』ならなければ行けないんだぁあああ!」


 立ち止まる事なく、ウチらは駆け抜ける――。



―――――――――――

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