第50話 この部屋、金食い虫じゃね?

「姉御、アメリカで何か仕事なんですか?」


 姉御が日本に不在ふざいという心細こころぼそい心情を必死に隠しつつ、川鶴さんにたずねてみる。


「そうですね。ダンジョン庁長官としてのお仕事、それにマルチバース社の上役などダンジョン関連の方々との面会予定がビッシリ詰まっていると聞いてます。日本に帰ってくるのは、明日の朝だとか」


 ほえ~……。

 なんか姉御、遠い所に行っちゃったんだなぁ。

 物理的にも、立場的にも。


「姉御、忙しいんですね……。そんな中で、こんな贈り物まで……」


「大神さんは、オーナーが心待ちにしていた特別な存在ですからね」


「……え? 姉御が俺を、心待ちに?」


「そうですよ?」


 キョトンとした表情を浮かべる川鶴さんだけど……それは俺の方が浮かべる顔だと思う。

 鬼畜きちくという言葉じゃ物足りない姉御が俺を心待こころまちにしてたとか……そんな恋する乙女みたいなの、似合わない。失礼かな? 失礼だとしても、仕方ない!


「あ、あれ? 私……話してませんでしたっけ?」


「き、聞いてないですねぇ……」


「す、すいません。ここの所、いつにも増して忙しくて、うっかりしていました……」


「うっかりと言いますか……それ、本当なんですか? にわかには信じがたいと言いますか……」


 ダンジョンに落ちた俺の生存を信じてくれていて、地上に上がって来るのを心待ちにしてくれてたんでしょ?

 10年間だよ?

 普通は死んだと思うでしょうに。


「大神さん、何を言っているんですか?……大神さんって少し鈍感どんかんと言うか……女泣おんななかせですよね? イケメンなら何をしても許される――という訳では、ないんですよ?」


「えぇ……」


 ジトッとした目を向けて責めてくる川鶴さんの言葉に戸惑とまどいを隠せない。

 俺、鈍いのかな?

 自覚は無いんだけど……。


 ハッ! もしかしてこれが――無自覚系鈍感男ってヤツか!?


「全く……。そもそもですよ? ウチの事務所は女性しかライバーをっていなかったんです」


「そうおっしゃってましたねぇ……。それと俺の鈍感が関係あるんですか?」


 はぁと、川鶴さんは小さく溜息ためいきく。

 この間の食事会で仲良くなって距離が詰まったかなとは思ったけど……思ってたよりけに来るやん。


「このマンションは女性ライバーの寮から離れた棟にある、たった1部屋の男性ライバー用の寮です。……それも、いつでも入居して暮らせるよう賃貸契約ちんたいけいやくや家具家電生活用品の手配準備じゅんびを常にととのえていました」


「――え? もしかして、俺が生還せいかんしたら直ぐに自分の所へ迎えられるように、この部屋や生活用品を用意してくれてたって事ですか?」


「その通りです! 会社を設立して直ぐからずっと部屋を借りていて……。家具とかの手配も即日対応が出来るように交渉、準備していたんです! 私も赤字をながし続けるこの部屋を、なんの為に賃貸契約し続けるのか、ず~っとオーナーに聞いてたんです」


「この部屋……ずっと借りてたんですか? つい最近に偶々たまたま空室くうしつになったから借りたとかじゃなくて!?」


 賃貸契約とかはした事ないけど……即入居そくにゅうきょが出来て助かるな~としか思ってなかった!

 なんで態々わざわざ、女子用の寮と別の棟に部屋を借りてるのかな~ぐらいには疑問ぎもんかんじてたけど……。


「そうですよ? シャインプロは、全額がオーナーの出資しゅっし設立せつりつされましたからね。オーナーのご意向いこうしゃ方針ほうしんです。部屋の維持管理も大変ですし、赤字を垂れ流すばかりの部屋を合理的なオーナーが手放さないのは疑問でしたけど……。赤字なんて関係なく、この部屋を絶対に手放さなかった理由がやっと分かりました」


「えぇ……。嘘ぉ……」


「嘘じゃないです! 私は現役開拓者時代のオーナーにあこがれて高卒で入社したんですけど……。オーナーの寵愛ちょうあいを受ける大神さんに、ちょっと嫉妬します」


 寵愛って……王様がめかけ一際可愛ひときわかわいがるとか、そういうのだよね?


 なんだろう……。姉御の可愛がりは、ちょっと違う気がする。

 同じ可愛がるって言葉でも、言う人によって違う印象を与えるよね!


 心優しいママさんが「可愛がる」と口にしたら、ほんわかする。

 いかついヤンキーが「可愛がる」と口にすれば、危機感を覚える。

 姉御の可愛がりは――後者でしかない!


 これは過去の苛烈かれつな修行のイメージがゆえにだから、仕方ないと思う。


「今日、お渡しした物資や資料だって、オーナーが何度も頭を下げて交渉や手配をしてくれていたらしいですから……。呪いの絵――手書きの絵が描かれた資料なんて、他の誰だってもらえませんよ」


 今、姉御の書いた絵を呪いの絵って言わなかった?

 川鶴さん、姉御を尊敬して入社したんだよね?

 まぁ、それとこれとは別問題、かぁ~……。


「う、う~ん……。姉御が俺の為に良くしてくれているのは分かりましたけど……。裏に何かあるのでは、と――心がザワザワしますね!」


「それは――……秘めた考えが無い、とは断言出来ないのが、辛い部分ですけど。オーナーの性格的に、私も完全否定はしかねると申しましょうか……」


 ですよね~。

 姉御をしたいつつもき使わて苦しんでいる立場とか……川鶴さんにはシンパシーを覚えるなぁ。


「で、でも! 米国べいこくに本部を置く国際ダンジョン機構への移動中ですら、私を通じて大神さんへの対応を指示してくるんですから。……全ては不器用な愛、という事で」


「はぁ……分かりました。国際なんとか奇行へ移動中も姉御は姉御って事ですね! 自他共に厳しい! フライト中ぐらい、素直に寝れば良いのに」


「国際ダンジョン機構です! IDO――International Dungeon Organizationですよ。大神さんも今後、開拓者として活躍していけば声を掛けられる可能性があるので覚えて下さい!」


 今、何語を喋った?

 いや、英語なんだろうけど……日本語すら10年振りの俺には難し過ぎますね!


「成る程。ちなみに、どんな事で声を掛けられるんですか?」


「それこそ、今回の会議でメインに取り上げられるような、ダンジョン関連の国際テロ組織の対策だとか……ですかね? 開拓者は予備自衛官扱いなので、テロ組織が活動するようなら活動要請かつどうしんせいが来ますから」


 あぁ~、成る程。

 予備自衛官扱いになるのは、地上へ帰還きかんした初日に姉御から聞いたな。


 つまり姉御は、いざという時に備え世界のおえらいさんと会議をするような身分になっているのか。

 小さな街の公民館で子供に囲まれて、あたふたとしていた姉御がねぇ……。

 なんだろう、違和感が凄い。


 いつか――もし俺が天心無影流てんしんむえいりゅうの当主になれたら、姉御を子供への武道教室に、また放り込もう!

 しかめっ面で腹黒はらぐろい大人と会議するより、下手な笑顔でも姉御には笑っていて欲しいからね!


 それにしても……だよ。

 この部屋、都内ど真ん中にある凄い立地に、抜群のセキュリティ、綺麗な建物なんだけどさ……。

 本当に何年もず~っと、無駄に借りてたの? 

 姉御も大概たいがい――お金の使い方、下手くそじゃないかな?



―――――――――――

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