第4話 姉御ぉおおお!?(1)

「――いい加減に起きろ、馬鹿たれ」


 自分を害そうと迫る気配に――俺は身をよじり跳ね起きる。


「……ほう。良い察知さっち、身体能力だ。常在戦場じょうざいせんじょうの心を、忘れてはいないようだな」


 長い黒髪を揺らし、ニヤリと笑うスーツ姿の女性。

 爛々らんらんと輝く真っ黒な瞳を見つめ、俺は構える。


 敵か?……いや、この顔、この獰猛どうもうな表情……。も、もしかして?


「……あ、姉御あねごですか?」


「誰が姉御だ。……いつも言っていただろ。――私の事は、師範代しはんだいと呼べ」


「あ、姉御ぉおおおッ!? ひっ、ひぃいいいッ! た、助け、助けてぇえええッ!」


 なんで、なんで姉御がいるの!? 怖い、殺される! この人、ジジイ以上に厳しい鬼なんだよ! 誰か助けて!


「……って、え? ここ、どこ? 明るい……太陽の光? え……まさか、外?」


「建物の中だが……。ずっとダンジョンに居た向琉あたるからすれば、外になるか。良いから、そこのソファーに座れ。ゆっくり話が出来んだろ」


 姉御が指差すのは、姉御と対面にある長いソファーだ。


 しわや熱から、俺はここに寝かされていたらしい。

 足下も……なんて分厚い赤絨毯あかじゅうたんなんだ。動きづらい。こんなんじゃ、不意に襲われても対応が遅れる。……というか、なんか頭が軽い?


「――か、髪がない!? ひ、ひげも!」


「ハゲたみたいに言うな。向琉が情けなくも人目でパニックとなり気絶している間に、手入れをしたのだ。……敵意を向けた攻撃をしなければ、全く起きる気配が無かった。その極端さ、どうにかならんかったのか?」


 眠れる人を起こすのは、キスじゃなく敵意でした。


「ほら、鏡だ。見てみろ」


「これが……俺。……なんか10年前と、顔はそんなに変わってない?」


 自分の姿を鏡面きょうめんでちゃんと見るのは10年振りだ! 見た目は少し引き締まったかなぁぐらいで、そんな変わってないけど……。でもスゲぇ……。10年間、手入れのしようがなかった髪と髭がスッキリしてる! 


 それでも――もの凄く変化している部分もある。


「俺の髪、瞳……なんか白金プラチナ色なんですけど!? モンスターを食べてたからかな……?」


「貴様の悪食あくじきは関係ない。それは通称、魔力と呼ばれる超常の力の影響だ。その者が得意とする超常の力の属性が、体毛や虹彩こうさいに色素として現れるという研究報告がある」


 成る程……。じゃあ水色に染まっていた美尊は、水とかに関係する魔法が得意なのかな?


 俺の白金プラチナ色は……何が得意なんだろ? 実際に戦ってて、得意不得意属性とかは感じなかったなぁ。神通力じんつうりき以外の力があるとは気が付いていて、修行を重ねていたけど……。


「なんか……本当にゲームみたいっすね。まるで現実じゃないみたいな」


「昔風に言うなら、オーラが体現たいげんしたとでも思え。我々の天心夢影流とて、神通力の体得たいとくを求めていただろう? 魔力と神通力、五十歩百歩ごじっぽひゃっぽだ」


「まぁそうですけど……。神通力は修行の末じゃないですか。ある日、突然力を得るなんて……。まるで神様の奇跡みたい」


「止めろ。軽々けいけいに神の奇跡を与えられたなどとかたるな、それは不遜ふそんだぞ。我々は神に通じる力を得る為、相応の鍛錬という対価を支払っていただろうが。……降って湧いた力と、同等に語るな」


 苦々しい顔で、姉御は吐き捨てた。


 姉御は昔から、堅実に積み重ねるのを大切にする信条だったからなぁ。

 降って湧いた力には忌避感きひかんがあるんだろう。


「ちなみに、髪を切る前の姿がコレだ」


「うわっ! スマホだ! 懐かしい!……って、誰でしょうか? 歴史の教科書に書かれた人類の進化の歴史の途中みたいな姿の、この男は?」


「それが美尊みことを抱きかかえて走る向琉だな」


「ぇえええッ!? こ、これが俺ですか!?」


「そうだ。この光景はダンジョン開拓配信特化動画投稿サイト――D.connectを通じて世界に配信されていた。そして今なお、配信アーカイブが止めどない勢いで再生数を増しているぞ?」


「えぇえええッ!? ちょ、止めて下さいよ!――って言うか、なんなんですか!? そのダンジョンとか配信とかって!?」


 美尊を地上に連れ出す時にもダンジョンとは耳にしたけど、さっぱり分からん! まるでタイムリープしたような気分だ! 俺に文明を、現代の歴史を教えて下さい!


「良かろう。それを教えるには、まず向琉が消えてからの10年を語る必要がある」


「あの……アホでも分かるように簡潔にお願いします」


「あ?」


 ギロッと姉御がにらんでくる。怖い……。でも、仕方ないじゃないか。単語1つ取っても、知らない言葉ばっかりなんだもん。


「……全く。まず、そうだな……。私の今の肩書きは天心無影流師範代ではない。これだ」


「名刺が2枚?――『大宮愛おおみやあい』という姉御の名前の上に防衛省ぼうえいしょうダンジョン庁長官ちょうちょうかん、シャインプロモーションオーナー!? け、権力者で金持ちって事ですか!?」


 ソファーに挟まれる形で置かれたローテーブルに、姉御は2枚の名刺を置いた。姉御とは対面にあるソファーに座り手に取ったけど……姉御、そんな大層な人になったの!?

 そりゃあこんな、ふっかふか過ぎて腰を痛めそうなソファーもある訳だ!



―――――――――――

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