第63話 俺流の使い道

 地上へと再び上がると、川鶴さんが人好きのするやわらかな笑みでむかえてくれた。


大神おおかみさん、お疲れ様です。素晴らしいお披露目ひろめでした」


「ありがとうございます!……今日は朝から俺に付きっきりでサポートして下さり、本当にありがとうございます! 楽曲が完成したのも全部、川鶴さんのお陰です! 労働形態が変わった初日からの残業、本当にすいません」


 ガバッと頭を下げてお礼を言う。

 思えば、結局朝の9時からず~っと俺に付き添ってくれていたよな。


 俺の家へ来る前にも、何かしらの仕事をしていたんだろうし……。


 念願だった日中の余暇時間よかじかんを奪い残業させてしまったのは、ひとえに俺の歌唱力不足かしょうりょくぶそくが原因だ。

 本当に、心から申し訳なく思う。


「い、いえ……。私がやりたくてやった事ですから! 当然のことをしただけなので、頭をお上げください!」


 慌てて俺の肩を掴む川鶴さんの言葉に従い、顔を上げる。

 すると、少し困ったような表情を浮かべる川鶴さんの顔が間近で目に入った。


「それにしても……命は大事になさってくださいね?」


「あ、やっぱりアレ――視聴者をハラハラドキドキさせられました!?」


 だとしたら、エンタメとしては大成功だよね!?

 上手く行って本当に良かった~!


「ハラハラどころか……心配で心臓が止まるかと思いましたよ。なんですか、裏ボスのモンスター召喚しょうかんを利用して、大量のモンスターを舞台装置ぶたいそうちにするって……」


「いやぁ……。俺なりに、どうすればエンタメが盛り上がるか考えた結果でしてね? 結果的には上手く行ったでしょう?」


「そ、それはそうなんですけど! MVとしての完成度も高過ぎるぐらいで……。もう、オーナーはなんて物を渡してしまったんでしょうか……。これから情報を悪用しないか、私は怖いですよ!」


 表情がコロコロと変わる人だなぁ~。

 少しだけ怒ったようにしかって来る川鶴さん――よく考えたら俺は今、年下に叱られているのか。


 ま、まぁ……俺は人間社会での精神年齢が15歳で止まってるから仕方ない!


「流石に今回は特別ですって!」


「そう願いますよ……。信じましたからね? 大神さんが亡くなると、泣く人が居るんです。そこを良く理解してくださいね?」


「わ、分かりました……。ごめんなさい」


「分かれば良いんです。……それでは、寮へ帰りましょう」


 車のキーを取り出しながら出口へと向かう川鶴さんに、俺は――。


「――あ、すいません! ちょっとだけお待ちください!」


 少しだけ待っていてもらい、ギルドの受付へと向かう。


 少し受付さんと会話し、数分待つと――。


「――お待たせしました! 車へ行きましょう!」


「その手にある飲み物は……。ま、まぁ自分で得たお金です。私からは、口うるさく言わないですけど……」


 今日得た利益――千円全てを使い、フローズンドリンクを2つ買ってきた。


 宵越よいごしの金は持たぬ、と言ったような俺のお金の使い方に思う所はあるようだけど……。川鶴さんは口をまごつかせ、黙って車へと向かう。


 多分、事務所の取り分が9割と不平等な契約のがあるから、貯金しろとか言えなかったんだろうな。


 謎の借金以外――寮をずっと用意してくれてた分や、家具家電。それに差し入れの金額を考慮こうりょしても、31万円のもうけで30万9千円が消えて行くなんて――端から見ると地獄か悪夢。


 第三者であるコメント欄は、シャインプロや姉御への殺意や害意で満ちていた。

 関係者である川鶴さんからすると、罪悪感を抱くなと言うのが無理な話だ。


 無言で川鶴さんが運転席に座り、エンジンをかけたところで――。


「――はい、どうぞ」


「……え?」


 助手席に乗り込んだ俺は――フローズンドリンクを1つ、運転席へと座る川鶴さんへと手渡す。


「わ、私は結構ですよ! むしろ私が奢るべきで、こんな……。私には受け取る資格なんて――」


「――俺が、俺自身が川鶴さんへ感謝の気持ちを示したいんです。眠りのさまたげにならないよう、ちゃんとカフェインレスを注文しましたから、もらってやってくれませんか? そうしないと、無駄になっちゃう」


 しば逡巡しゅんじゅんしていた川鶴さんだが――やがて根負こんまけしたのか、大人しく受け取ってくれた。


「……大神さん、ごめんなさい。いただきます」


「あ、こっちはドリンクホルダーに入れておきますので……もう一仕事、お願いしても良いですか?」


 俺はもう1つ、ギルドの受付で購入した――黄色く甘い香りのただようフローズンドリンクを、ドリンクホルダーへと置く。


 手で握ってたら、渡すまでに温くなっちゃうからね。


「もう一仕事……。これ、もしかして自分の為でなく……」


 川鶴さんも、誰に渡すか理解してくれたらしい。


「美尊が昔……小学校に入学した時かな? 好きだったマンゴーの味です。当時とは味覚も違うかもしれませんけど、『応援ありがとう』って、俺の代わりに渡してやってください。……俺はまだ、美尊の寮へ行くのを、視聴者やファンの方に認められていませんから」


「わ、私も一緒に付いていけば――」


「――1回そうすると、ずっと甘えたくなってしまいます。川鶴さんを私用で利用してしまいます」


「それでいいんです! 担当の精神的マネジメントも、私の仕事で――」


「――良いんですよ。今日みたいに少しずつ、味方をしてくれる人が増えるよう頑張って自分で会いに行きたいですから。……まだ配信回数はたったの4回。俺は何も諦めてませんよ?――目標を諦めるまで、挑戦の道は終わらないんです!」


「大神さん……」


 ひとみうるませながら、川鶴さんは俺の目をじっと見つめてくる。

 その顔は悲痛にゆがんでいて……見ていて、かなしくなってしまう。


 見るなら――人の笑顔の方が良い。

 ごめんなさいなんかより、ありがとうと言われたい。


「そんな辛そうな顔をしないでください。俺はどんなに寂しくて辛くとも、我慢が出来ます。……だって俺は――美尊みことのおにいちゃんなんですから」


 美尊がコメントで叩かれたりしたら――凄く嫌だ。

 お兄ちゃんとして――我慢が出来ないかもしれない。


 そんな事になるぐらいなら、俺は自分の欲望や利益なんて放棄ほうき出来る。


 ずっとお兄ちゃんらしい事をしてあげられなかったんだ。


 少しぐらい――妹の為になる事をしてあげたい。


 いつか、皆に美尊と仲良くするのを認めてもらえたら――その時には、存分ぞんぶんに一緒の時間を過ごそう。


 それが叶えば、ダンジョンから地上へ上がってきた幸せを心から感じる事が出来る。


「……分かり、ました」


 やっと納得してくれたのか、川鶴さんがそう口にして――車が動き出す。


 夜の街を走り、寮へと向かう。

 ビルや看板の灯りが夜闇よやみ色彩豊しきさいゆたかに染めているのをボウッとながめていると――。


「――本当に……姉弟そっくりですね」


 車中でポツリ、とそうらした川鶴さんの言葉は……多分、美尊と俺を指していない。


 きっと美尊とは別の……違う姉弟を脳内で思い描いているんだろうな、と感じた――。



―――――――――――

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