第73話 ダンジョンへ帰ろう……ぇ?

 ダンジョンの壁を背に、奥へと進んだ美尊の配信をスマホで視聴しながら思う。


「……どうして、こんな事になったんだろう? ただ、兄妹で一緒に開拓する……。たったそれだけの事なのに……」


 ディスプレイには先ほどまで一緒に開拓をしていた美尊がモンスターを倒す姿が映る。


 コメント欄は――いまだに悪意で満ちている。


 美尊に対する悪意の言葉は極めて少なく、途中で脱落した情けない俺に対する誹謗中傷コメントが散見される。

 しかしそれは、コメント欄でも指摘されている通り――よく見れば、十数人程度のアカウントがコメントを只管ひたすらに連投して批判しているだけだ。

 俺と美尊が一緒に居るのを徹底的に叩いているのは……全体で10万分の1程度の割合に過ぎない。

 コメントの多さに圧倒され、もっと大勢が徹底批判していると勘違いしていた。

 それぐらい、連投する事で悪目立ちしている。

 いや……。俺も批判する悪いコメントにばかり、つい目が行きがちだったのかもしれない。

 これは当然の心理だとは思うけど……批判は積極的に目に映る。


 そして、様々なアカウントで圧倒的多数を占める誹謗中傷の向かう先が――。


「――姉御……。なんでこんな、魔女狩まじょがりみたいに大勢おおぜいから叩かれてるんだよ……」


 ネットじゃなければ有り得ない数の暴言が――たった1人に集中していた。


 流れていく数百、数千というコメントの殆どが――姉御に対する苦情や苛烈かれつな悪意。

 たまにシャインプロ全体への苦言もあるけど……。


「姉御……。進んだ先にある答えって、なんですか? こんな結末が……姉御が強行してまで思い描いた未来だったんですか?」


 俺には分からない。

 姉御は本当に……ただ安直に視聴者数を増やそうと、コラボ配信をすすめたのか?

 進んだ先に答えがあるって話てたけど……。

 あったのは――人に悪意をぶつけられ、人に失望し、人を嫌いになった未来でしたよ……。


 姉御の真意は――ついからなかった。


 その間にもコメントは増え続けている。

 俺への誹謗中傷と、擁護派の議論が紛糾ふんきゅう

 シャインプロや政府対応への文句。

 そして――圧倒的多数を占める、姉御への糾弾きゅうだん弾雨だんうごと痛烈つうれつ誹謗中傷ひぼうしゅうしょう


 俺は今まで、視聴者に良質なエンタメを提供しようと開拓配信では心掛けてきた。

 でも――悪と見定めた人に意気揚々と石を投げる姿は、悪質なエンタメを満喫してるように見える。

 自分の鬱憤を、他者に石を投げる事で発散するエンタメ。

 俺がイメージソングを披露した時とは、また異なる暴力だ。

 これが本当に嫌なら――悪口に加担するようなコメントなんてしない。

 身を張って守るまでは望まずとも、加担せずに見ているだろう。


「現実でこんな大勢から文句を言われてるのを見たら、誰だって嫌な気持ちになるだろ……」


 正義心や義憤か?

 他ならぬ当事者である俺自身が姉御を叩かないでくれといっているのに、それでも叩くのは――本当に正義なのか?

 暗闇の中を生き抜いて、10年以上振りにやっと再会した俺たち兄妹が一緒に過ごす事を許してくれない人たちが――本当に正義の味方なのか?


「なんでそんな事にも分からず、悪口を言う方に加担かたんするんだよ……」


 今しか見ていない人には、とんでもない悪人に見えるのかもしれない。

 でも、誰しもが長年築いてきた関係がある。

 それが軽いわけがない。

 

 俺は……怖い。

 本当に恐ろしいのは、ダンジョンで面と向かって牙を剥き襲いかかるモンスターじゃない。

 確たる証拠や背後関係を揃えた、法による審判によって罪と量刑が確定する前から、こんなにも簡単に……。

 手の届かない安全な所で、自分はアイツと違う、自分のは悪を裁く正義の行いだ。

 そうやって本来なら悪である暴言を吐き、私刑を意図も容易く執行出来てしまう人々が……。

 こんな無法が平然とまかり通る人の世が――モンスターより怖い。


「人の世は――なんでこんな残酷な事が当たり前になってるんだよ!?」


 姉御は声を荒げて俺を叱りつけたけど……。

 人の世に生き、人に認められ、人を愛し、人に愛されて生きる?


「そんなの……無理だよ。長年の絆を育んで来た姉御のことすら、信じて良いのか分からないで居るのに……」


 今、自分は大義の側にいるかもしれない。牙を向けられる事はないかもしれない。

 でも――何かの誤解で、その姿無き大量の牙が、もし自分に向いたら?


「こんな悪意の塊を容赦ようしゃなくぶつける人々を、それでも愛せ? 無茶を言わないでよ……」


 そうだ……。

 このダンジョンは、俺が住んでいた道場のあるダンジョンだ。


「もうひとてて――かえるか」


 そうだよ。

 暗く深いダンジョンなら――こんな悪意にさいなむ必要はない。

 闇に覆われて寒いダンジョンは寂しいけど、悪口なんて飛び交わない静謐せいひつな場だ。

 大切な人と話せないのは辛いけど、俺がいる事で傷付けるぐらいなら、もう――。


「……いや、俺が人の世を見限みかぎるんじゃない。大量のコメントを見て、良く分かったよ。……これは俺が人の世から必要ないって――追放ついほうされた結果だ」


 なんてむなしいんだろうか……。

 地上に俺が心から歓迎される場所はない。


 数人が受け入れてくれようとするかもしれないけど――俺の為に、そんな人たちまで目の敵にさせるのは嫌だ。


 姉御だって、俺が地上に上がって来たから叩かれたんだ。

 俺は、地上に生きる人の世にとって疫病神やくびょうがみ。地の底へと帰るべきなんだ。

 一度そう考え出すと、身体は自然と動いていた。


 死霊系モンスターのようにユラユラと揺れながら、ダンジョンの下へ向かいゆっくりと歩みを進める。


『――えッ!? な、なに、イヤァアアアアアアアアア!?』


「――ぇ?」


 左手に持っていたスマホから――美尊の悲鳴が響いた。

 慌ててディスプレイへと視線を向けると、どうやら美尊は――地盤じばんの緩い場所を踏み抜き、崩落したようだった。


『いたた……。ここは――広場? え、何コレ……』


 ドローンが照らし出したのは、50メートル四方はありそうな広場。

 それだけではない。

 壁面へきめんは岩ではなく――一面いちめん鏡張かがみばりであった。

 この意図された大きな間取まどり、そして異質な状態――。


「――裏ボスの間、なのか?」


 俺が潜ったCランクダンジョンにあった――玉座の間と同様。

 土と岩ばかりのダンジョンにあって、ボス部屋のように異様な空間。

 そして正規のルートからボスへ遭遇したとは考えがたい美尊の状態から導き出されるのは――。


『――鏡から、私が出て来た!? まさか、ドッペルゲンガー!?』


 美尊と全く同じ装備、同じ姿をした魔素の塊が――美尊を襲い始めた。

 ここまでの開拓で体力を消耗し、トラブルに動揺している美尊は――劣勢れっせいに立たされ、身体にみるみる槍傷を増やしていく。

 コメント欄は『裏ボスだ』、『誰か助けに行けよ!』、『裏ボスはランクが未知数だからヤバすぎる!』。

 などと、騒いでばかりいる。


 俺は――『大神向琉がいるだろ! 妹のピンチに駆けつけなくて何が兄貴だ!』。


 そのコメントを目にした時には、既にスマホを手に美尊の足跡を追って地を駆けていた。


「美尊ォオオオオオオオオオオッ!」


 全速力。

 かつて美尊を道場のある階層から、地上へと送り届けた時以上の速度で――。



―――――――――――

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