第101話 家庭内暴力?個々人の事情

 そうしてやって来たのは、姉御の執務室がある庁舎。

 3度目だけど、重苦しい堅い空気が漂っている。


 姉御の居る『ダンジョン庁長官室』をノックすると「空いている」と返ってきた。


「――失礼します。姉御、来ましたよ」


「ああ、よく来てくれた。……先ずは座ってくれ」


「は、はい」


 よく来てくれた?

 姉御、なんか随分と……弱ってる?

 いや、顔色は以前より少し良くなってる。

 

 多分――これから話す事は、姉御が俺へ下手に出なければならないような頼み事なんだろう。

 ふかふか過ぎるソファーへ姉御と向かい合うように座り、俺が先に口を開く。


「姉御、ご馳走様ちそうさまでした!」


 ちゃんと、おごってくれたお礼は言わないとね。

 おごってもらうのが当然とか、おごるのは良くないよ!


「いや、邪魔をしたせめてものびだ。それより……旭プロとの話を聞いていたが、本当に良かったのか? 旭プロの日常的な行いを置いておけば、かなりの好条件を提示されていただろう。今ならアイドル兄妹でパーティを組んでも、大きな批判は来ないだろうしな」


「良いんです。俺は、あの人が俺たちを利用するつもりと言うか……。他の何かの目的に取り憑かれている。そう感じましたから」


 それがお金や権力……或いは、競合他社である姉御を負かしたいという気持ちなのかは分からない。


 それでも、あの旭柊馬って人の瞳からは、危険な逼迫感ひっぱくかんを感じた。

 口調も胡散臭うさんくさかったしね。


 鹿奈さんもパッと見ただけで気位が高く、プライドも高そうで……なんか、気を遣いそうだった。


 何より、アイドル兄妹でパーティを仮に組んでも大きな批判が無いように身を切ってくれた人を裏切れ無いっすわ。

 人道的に考えて。


「取り憑かれている、か……。鋭いな」


 しみじみと、姉御は呟いた。


「姉御は、あの2人と仲が良いんですか?」


「いや、仲は最悪だ」


「やっぱり」


 俺が軽口で返すと――ギラリと、日本刀のきっさきのように鋭い眼で睨まれた。

 こわぁ……。


「……いずれ、旭夫妻の件でも、向琉に頼み事をするだろう。私は……あの夫婦に対して強くは出れるが、深紅に対しては無力だ」


「……それ、旭深紅さんの――家庭の事情、ですよね?」


「ああ。だが、同じ事務所の者として、概要がいようだけは知っていて欲しい。積極的に喧伝けんでんする類いの話ではない。だが、知らずに地雷じらいをぶち抜く事もある」


「それは、確かに」


「詳細はいずれ、本人の許可と機会があれば話す。深紅にも必要とあらば他者へ話すのを許可されているのは、あくまで概要までだ。――深紅は旭柊馬の子ではあるが、旭鹿奈とは血の繋がりがない。……深紅の生母せいぼは、ダンジョン災害で亡くなった」


「…………」


 成る程……。

 未曾有みぞうの災害と言われるダンジョン災害、身近な所に被災者はいる、よな。


「旭鹿奈は、旭柊馬の後妻ごさいだ。資産家の娘で、旭柊馬の野望を叶える為の政略結婚と言っても良い。……当時7歳。深紅の母の49日法要が済んで直ぐに結婚が発表された、な。49日法要とは、一般的に家に安置あんちされていたお骨を墓へと納骨される法要だ」


「えぇ……。いくら政略結婚と言えども……。それは、あんまりでは? それじゃ深紅さんもお母さんの遺族も、納得出来ないでしょうに。」


「うむ……。まぁ、上手く行くはずもない。深紅の母は、深紅と良く顔が似ていてな……。旭柊馬は、深紅の顔を見る度に執念しゅうねんと、ダンジョンへの怒りに燃えて精神を乱したそうだ。妻を深く愛していたのは、事実だったらしい。火葬された骨を見ても、現実が直視出来ず妻と認めなかったらしい。深紅は父からも後妻からも暴言――所謂いわゆる、ドメスティックバイオレンスを浴び続けていた。……まぁそこを紆余曲折うよきょくせつあって、シャインプロで預かることになったのだ」


 こんなにハッキリと物事を言わず口をにごしながら語る姉御は、初めてだ。

 それだけゴチャゴチャしていて、今も尚続く複雑かつ繊細な問題なんだろう。


「その紆余曲折うよきょくせつの部分が1番大切なんでしょうけど……。そこから先を話すには、本人の意思が大切ですよね! 事情は分かりました! 要は児童虐待じどうぎゃくたいをしていた旭プロから、深紅さんを守ってくれ。そう言うことですよね?」


「ああ、その通りだ。深紅が成人年齢――18歳になるまでだ。その親権しんけんを強く主張が出来る間に、強行手段に出る可能性が高い。……私も多生なり対策はしているが、な。親権分離しんけんぶんりに動こうにも、深紅が同意しておらねば何も出来ん」


 ん?

 その話を聞く限りだと……深紅さんは、親元を離れたがっていないという事か?

 虐待ぎゃくたいを受けていて、母親は血まで繋がってないのに?


 人の感情って……難しいな。


「家庭内暴力やそれに類似るいじする行為を受けて育った子には、人格形成じんかくけいせいで特徴が出るケースが多いと報告されている」


「特徴、ですか?」


「強者が弱者を支配するのが自然、『弱いこと』が悪いと考えるようになる。暴力で問題解決しようとする。自己評価が低くなる。常に緊張を強いられ、安全感や安心感が育たない。他者を信頼できない。楽しい時がいつ崩れるか分からない不安をいつも持ち、楽しめないなど、な」


「成る程……。深紅さんとの面識は無く、動画での動きしか見ていませんが――動きには内心が現れる。確かに、傾向としてはまってそうですね」


「先日、向琉が深夜枠で深紅の事を話していた気負いは、この人格形成――特に、強くなって2度と奪われないようにならねば。その強迫観念きょうはくかんねんが強いゆえだろう。身元を保護する経緯けいいのせいで……深紅は私に対し崇敬すうけいにも似た感情を抱いてしまった。……だから私の言葉では、ダメなのだ。どうか彼女の個性をままな悪と切り捨てず、必要とあらば試練と助けを与えてやってくれ」


 先日の配信でも言ったけど――深紅さんは、周りにもっと助けてと言った方が良い。

 それを言えない気質も理由もあるんだろうけど……。


 もしも俺を頼ってくれたら――出来る限りの事をしよう!


「分かりました! 言いにくい頼みって、これですよね?」


 これだけ重い話しで、姉御はその敬意と立場からあまり動けないと来た。


 そりゃ俺に対して、命令じゃなく『頼み』とも言うよね!


「いや、違う」


「え」


「この件は、パーティの美尊みこと涼風すずか。そしてマネージャーの川鶴にも頼んであるからな。向琉に頼みたい内容は、大宮愛という1人の人間としてではない。……防衛省ダンジョン庁長官として、特殊予備自衛官とくしゅよびじえいかんである開拓者への依頼であり、お願いだ」


 苦虫にがむしを噛みつぶしたような表情だ。


 姉御も辛酸しんさんをなめる思いでダンジョン庁長官としての依頼を俺にするんだろう。


 強く断れなかったのは――予想だけど、今の姉御の立場が微妙だからだと思う。


 俺と美尊の為に悪役を演じるに当たって――ダンジョン庁にも凄い迷惑を掛け、叱責しっせきを受けていると噂を耳にしたから。


「分かりました! そのお願いを聞かせて下さい」


 ドンと胸を叩いて俺が言うと、姉御はスマホを中央のローテーブルに置いた。

 ディスプレイに映るは、5つの赤い丸。

 1から5まで、丸の横に数字がふられている。


 これは……東京都の地図か?

 じゃあ、この丸は一体――。


「――スタンピードだ。ダンジョンから一斉に地上を目指す、約300モンスターの異常発生」


「……え?」


「開拓者ギルド及びダンジョン庁合同の依頼だ。予備自衛官兼Dランク開拓者、大神向琉には――5カ所のダンジョン。計1500体を任せたい」


 申しわけ無さそうに、姉御は依頼を告げた。



―――――――――――

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