第192話 side 旭深紅 やっと出会えたのに――……

 次々と嫌な思い出も良い思い出も、ぶくぶくと泡のように浮かんでくる。


 父さんの暴言――『何故、私をそれ程に責める。私を視るな』、『ああ、その顔……そんなに私が憎いか! 私は憎い! 何故、何故!? 違う、お前は深紅だ! なんで深紅はそんな顔をしているんだ! 母さんに似た顔で私の前に立つんじゃない!』。


 鹿奈さんの『薄気味悪い娘』、『所詮、貧乏人の血を引く娘ね』、『私を母さんと呼ぶな!』と言う声。そのシチュエーションの1つ1つが浮かんでくる。

 家では顔を上げている事すら許されず、正座して隅で静かに顔を伏せている事を強要された。


 旭の名に相応しい立ち居振る舞いを求められ、食事はマナー講習と同義。

 マナー違反をすれば、鹿奈さんから食器と暴言が飛んでくる。


 父さんは、それで苦しむウチの目を見て――新鮮な傷口を手で抉られたように苦しみ藻掻いていた。


 母さんが死んで以降、ウチは一度も家庭で笑った記憶はない。


 鹿奈さんは殆ど家に居るか、友人を招いている。

 だからウチには、学校が終わった後も――安らぎなんてなかった。


 そうして目に見える傷が増えて行き――ある日、学校から家に帰してもらえなくなった。


 学校に沢山の大人が来て、『あなたを救いたいの。あなたのためなの。一緒に来てくれるわね?』そう問われ続けた。


 1時間近く断っても諦めない大人の様子から、頷くまで離してもらえないと察したのが悪かった。


 無理やり旭家から引き剥がされ、連れて行かれた一時保護施設で受けた――『化け物! お前、ヤバい力を持ってるんだろ!?』、『寄らないで、怖い!』、『人殺し! そのモンスターと同じ力でお母さんだけじゃなく私も絞め殺すの!?』とイジメられた言葉。


 開拓者の資質に目覚めてしまったウチを怖れる言葉の暴力の数々。

 食事も影で奪われ、抵抗すれば『人殺しの化け物』扱い。


 相談した大人からは口先だけで『それは大変だったわね』。『でも皆も辛いのよ』と、まるでウチが悪い事をしたかのように言われ、申し訳程度の注意喚起を促し放置される日々。


 ああ……どうして、こうなったんだろう。


 その疑問が絶えず浮かび、声を押し殺してトイレや布団で泣いた。

 施設のトイレや布団だと、皆に文句を言われてイジメられる。


 いくつも個室がある学校のトイレ、複数空きがある保健室のベッドは――ウチが安心して泣ける癒やしの場所になった。


 どうして、こうなったんだろう。

 苦しい、悲しい、寂しい。

 今のウチ――惨めでダサい。

 どうして、ウチは母さんも自由も奪われて、こんな暗い日々に落ちたんだろう。 

 どうして、どうして……。

 どうして、と常に脳内で考えながら感情を押し殺し――唯、生かされる日々。


 そんな時――『貴様らの身勝手な正義に、子供を巻き込むな』。『子供だから私たちが導いてあげなければだと? 貴様らは導けるほどに立派な人間なのか! 年齢を重ねた大人というだけで、正しい判断を出来る立派な人間になったつもりか!』、『驕るな! 今、この子がどんな顔をしているか見えんのか痴れ者共が! 子供と見縊り意見に耳を貸さぬような大人が、決して立派な人間であってたまるものか!』、『旭深紅。名前は、深紅か。……深紅はどうしたい? 大人たちの前で言って見ろ』。


 それは国が企画した、災害により居場所をなくした子どもに対する慰安訪問だったと思う。


 当時、日本で一番の開拓者であったオーナーがやって来て、ウチの顔を見るなり――足を止めたんだ。『どうしてこの子は、保護されている筈なのに戦場で惑うような目をしている?』。その一言から事情説明が始まり……オーナーはやがて、大人たちを一喝した。


 私たちが大人として正しく導くからと、自分たちが一番正しいと言う姿勢を取り続けていた大人たちが――悪い事をした子供のように叱られていたんだ。


 ああ、思い返しても――格好良いな。


 あの啖呵たんか、大勢に怒鳴られても揺らがず、強い意志で跳ね返す瞳。


 本当に、強い。

 ああやって、間違っている事を間違っていると告げ、過ちを正せるのは――強者だから。


 正しいだけじゃなく、正論を告げるオーナーが強くなければ――あの人たちは決して、自分の考えを曲げなかった。


 だからこそ、今までウチが惨めな思いをしたのは――ウチが弱かったせいだ。


 ウチが弱いから、意思も自由も親も居場所も奪われ、周囲から『この枠にはまれ』と押し付けられる側に居るしかなかったんだと理解した。


「オーナー……。ウチは里子さとごになるなら……オーナー以外の親は、絶対に嫌なんですよ」


 寄ってたかって『貴女を虐待ぎゃくたいから助けたいの、私たちの言う通りにしていれば大丈夫だからね、言う通りにしてちょうだい』。そんな言葉を投げかける様々な肩書きを名乗る大人たち。


 そんな見も知らぬ大人の都合で、別に助けてとも言ってもいないのに、父さんから引き剥がした周りの大人とは違う。


 初めてウチの言葉に、ゆっくりと耳を傾けてくれたのは――オーナーだけだ。


 子供に善悪の判断は付かない。

 虐待で洗脳状態に近い可能性もある。

 こんな状態で考えさせるなんて酷すぎる。大人が正しい道に導くべき。


 一方的にそう言って、ウチの意志は一切反映されず環境が変えられ傷が深まる日々。


 幼い子供だろうと、意見をしっかりと聞いて、ウチとまるで対等に議論してくれたの――嬉しかったなぁ。


 ウチは大人の操り人形じゃなくて――自分の意思を主張して良い人間なんだって、そう思えた。

 ウチに取っては、人形状態だったウチに再び命を吹き込んでくれた――神様みたいに思えたんですよ。オーナー?


「……シャインプロにオーナーが誘ってくれたのは、正に福音だったなぁ」


 ウチもオーナーの役に立ちたい。

 オーナーの会社で強くなって、アイドルらしく美しく輝いて……オーナーに恩返しがしたい。

 ずっと傍に居るのが許されるような、必要とされる人間でありたい。

 正しい事を正しいと言える、奪われないで守る側になりたい!


 そうして毎日、強くなる為に血豆を作って潰して……。

 アイドルとしても、どうすれば可愛く笑えるか鏡を見て笑顔の練習をしたり、小顔になるように幼い頃から矯正器具きょうせいきぐを作ってみたり。

 近所迷惑にならないよう布団の中で、タオルや防音材を詰め込んだお手製消音メガホンで歌の練習をしたり……。


 一足跳いっそくとびなんて、もろい成長じゃダメ。


 何処どこから打たれても揺るがぬ確かな盤石ばんじゃくな強さを、堅実に穴なく積み重ねてく日々。

 そうして孤独でも着実に成長して行く中で、信じられるかもって仲間と――やっと巡り会えたんだ。

 

 巡り会えたのに、ウチは……。



―――――――――――

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