第191話 side 旭深紅 死地

 モンスターから追われに追われ、必至に駆けながら知恵を振り絞り――逃げ込んだボスの部屋。


 Aランクダンジョンのボスなんて、挑んだ事もない。

 辿り着いた事すらもなかった。

 それがまさか、こんな形で初めて入る羽目になるなんてね……。


「ははっ……。デッカいなぁ……」


「こ、これ……サイクロプス、だよね?」


「うん。……日本では、愛さんしか倒した事がないモンスター」


 身長50メートル近い、1つ目の巨人。

 地に先端をドシンと降ろした棍棒こんぼうは――今までに見たどの大木よりも太く、家よりも高い。


 たった1つのドローンの光源で照らされるソイツは、その暗い空間も相まって絶望の象徴にすら見える。


「……終わりだ、俺たちは」


 前門ぜんもんとら後門こうもんおおかみとは言うけれど……前方のサイクロプス、後方の百鬼夜行は想像の埒外らちがい


 一緒に逃げてきた開拓者パーティも、余りの強大な存在を前に――戦意を喪失そうしつしていた。


 そうだね。

 どう考えても、ウチらは終わりだ。


 戦力差、視界。

 どれをとっても、最悪の状況。


 まともに考えれば……ここで死ぬ。

 まともに戦えば……直ぐに全員が肉片へ成り果てる運命だ。


 でも――。


「――戦わずして諦めるな、もくしてうばわれる事を認めるな! 最期さいごの瞬間まで、ウチらはウチら全員が生き抜く為、最善の行動を選択し続けろ!」


「……そう、だよね。その通り、深紅の言う通りだ」


「……深紅ちゃん、美尊ちゃん。分かった。……現実的に、遅滞戦闘ちたいせんとうつとめよう」


「そっちのパーティは門を可能な限り狭くして、侵入を試みるモンスターを1体ずつ屠って! ウチらは致命傷は避けながら、救援きゅうえんを待つ遅滞戦闘に努める! 2人とも、お兄様からもらったアクセサリーの魔力は足りてる!?」


「うん、当然」


「大丈夫!」


 お兄様がウチらを護る為に知床まで行き、24時間以上の耐久をして得た素材で作ったアクセサリー。


 死者すらも蘇ると噂される効能を持つそれがある限り――希望は尽きない!


「お兄ちゃんはルール違反の常習犯。私たちがヤバいってなったら来ちゃうかもね」


「あははっ。そしたら、罰金は私たちで払わないとだね」


「罰金を払う為にも、補償を払う為にも、生きて地上へ戻らないとだね! ダンジョン内に通貨も何もないんだから。……ウチらには、オーナーだって付いてる! 長く生き残れば生き残る程、望みは広がるのを忘れずに!」


「「了解」」


 そうして――正真正銘の化け物との戦闘は始まった。


「はぁあああ!」


 先ずは耐久力の確認。

 片手剣を振るうが――薄皮1枚、切れた程度。


「燃えろ!」


 切創せっしょう部分に滞留たいりゅうしている魔力に炎を灯すが――強靱きょうじんな皮膚に阻まれ、皮膚が少し焦げた程度で鎮火ちんかされた。


「――届け!」


 涼風の射放った矢が2本同時に、別々の軌道からサイクロプスの大きな1つ目を狙う。


 風魔法を帯びて威力を増した弓矢は――巨大な棍棒と片腕で容易に弾かれ床へ落ちる。


 弓矢にも負けない機動力、か。

 こう言う巨体キャラって、ゲームとかなら動きが遅い事が多いけど……脂肪じゃなくて、筋肉の塊だもんね。


 それは機敏なはずだ。

 となれば当然、その膂力は――。


「――ぐっ、ぅ……」


 美尊が襲い来る拳を槍で捌きつつ、石突きでの一撃をカウンターで加えている。

 完璧にさばいていたはずなのに、美尊の腕が震えている。

 一撃を受け流しただけで、このダメージか。


 それなら、万が一攻撃が直撃した日には……。


「流石のウチも爆散ばくさんする死に方は、嫌かなぁ……。皆、受け手はローテーション! 正面から受けず、徹底的に避けて、受け流し続けるよ!」


「うん! 私も風魔法で受け流すから、ローテーションに入れてね!」


「おっけ! 相手は本気で殴りかかってくるオーナーやお兄様だと思って!」


「それは怖いね。お兄ちゃんの本気なら、余波だけで粉微塵になりそ」


 ふふっと、絶望に飲まれかけた皆が少し微笑む。

 緊迫感は大事だが――絶望に飲まれてはいけない。


 でも、どうしてかな?

 身体は生きるぞって最善の動きを取るのに――脳内では、過去の思い出が走馬灯のように蘇るのは。



―――――――――――

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