第190話 覚悟のついで

「お、大神さん! 早く中に――」


「――ダメです。俺まで入ったら、知能の高いモンスターたちの中には、扉を空ける手を持つ者もいます。さっきも、じり貧だったでしょう。……俺はここで、侵入を図るモンスターの相手をします! あなたたちは、その間に可能な限りの回復を! 回復が済んだら、トワイライトに加勢してください! 命を大切に、戦闘を長引かせてくれれば、俺も後から参戦します!」


「そ、そんなの無茶です! 門の外だけで何体居ると――」


「――旭柊馬あさひしゅうま、聞こえますか!?」


 俺は彼の言葉を遮り、中に転がっているだろう旭社長に声をかける。

 すると掠れた声で――。


「――聞こえ、ます!」


 喉を潰すのも顧みず、必至に声を張り出している。

 横隔膜おうかくまくで上手く息を吸えない様な呼吸音なのに……良い気合い、ですね。


「今こそ、深紅さんに謝るチャンスですよ」


 世の中には親子だろうと、絶対に相容れない存在は居ると思う。


 所謂いわゆる毒親どくおやなど互いに解り合える一線が重ならない事など――容易よういにあるのだ。


「しかし、私が謝った所で許してもらえるか……。私に出来るのは、せめて一撃、身代わりになって死ぬくらいしか――」


「――ルールをやぶ死地しちへ飛び入る勇気を見せたなら、死ぬ程に過去を謝罪しゃざいし未来へ贖罪しょくざいをする覚悟もついでに見せてくださいよ! どれだけ拒絶されても、陰ながら支え続ける優しい勇気もついでに絞り出してみてください! それでも許されないなら、俺も一緒に土下座して謝ってあげますから!」


 しかし解り合えないからと、悪い事をしたと思ってるのに謝らなくて良い理由には――一切いっさいならない。


 謝った上で絶縁ぜつえんされるなら、それが自分のしてきた事なんだ。


 心に深く付いた傷は――到底、相手を容認出来ない事だって有り得るさ。そんな事、分かってただろ?


 それでも愛していて――生きて欲しい。


 本気でそう思ったから、ダンジョンへ入ったんだろう?


 なら――過去に幼い子へ付けた傷の、何倍も心傷付けられる言葉を言われようが――受け入れて頭を下げる度量どりょうぐらいついでに持て!


「大神さん……」


「そのバンド……3分間の借り物の力を得る代わりに自爆する道具は、エリン・テーラーさんが作ったものです!」


「エリン・テーラーが!? あの稀代の天才が……」


〈マジか!〉

胡散臭うさんくさい代物だと思ったけど、それなら話が変わるぞ!〉

〈でもマジならヤバいトーピングだろ。これ本物の自爆装置じゃん〉


「あの天才でも、まともな道具に出来なかったドーピングバンド。それは運が悪ければ、腕に付けた瞬間に爆発する可能性もあるそうです! しかし爆発しなければ――」


「――ウォオオオオオオオオオッ! 深紅ゥウウウウウウウウッ!」


「……もう、行きましたか。1人の父親が、娘の元へと……」


 娘を生かす為に死ぬ覚悟を持つ父親を、娘の危機へ連れて来られて良かった。


躊躇ためらわずにバンドを着けたぞ、あの旭柊馬あさひしゅうまが!?〉

〈娘の為に迷わず命を張ったって事?〉

〈それぐらいすべきだけど、実際に躊躇いもなくは……〉

〈親としては気持ちが分かるよ。俺なんかの先が見えた暗い人生より、娘に明るい人生をって……〉

〈口先だけじゃなくちゃんと娘の為に命を張れるのか〉

〈旭柊馬が名前呼びながら走ったって事は、中で深紅ちゃんが戦ってるんだよな!?〉

〈畜生、扉の隙間が狭すぎて中の様子が見えねぇ!〉


 視聴者さん、すいません。

 中の様子が気になるのは、俺も同じですが……。

 このモンスターが扉を破り、一斉に中へと雪崩れ込んだら――俺でも全員は守り切れない。


 特に、モンスターを押し留めていたパーティは……見るからに満身創痍で、走るのも無理そうなんだから。

 ほんの僅か、俺の到着が遅れれば――瞬く間に決壊、蹂躙されていただろう。


「――美尊、涼風さん、深紅さん。そして、旭社長。……中は、信じて任せますよ」


 ギギッと重厚な金属扉を閉じる。

 これで、この空間には――モンスターと俺だけ。


「……3分以内に行かないと、ですね」


 これから、百体以上のAランクモンスターをたった1人で蹴散らさなければいけない。

 姉御とスタンピードに臨んだ時とは違う。


 背中を預けられる姉御の力添えもなく、単身で――最悪でも、3分以内に片づける。 

 そのタイムリミットを超えれば――確実に旭社長は、死ぬ。


 深紅さんは、目の前で実の父親を亡くす訳だ。


「……やるしかない。成せば成るを実現する為に、俺たちは修練を積んでいるんですよ!」


 全く、無理な制限ばかりですよ……。

 それでも――成すしかない。



―――――――――――

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