第214話 最後の朝食

 そうして翌朝、きっかり7時。


 日本、東京の――賃貸マンションが手狭なのを実感していた。

 人口密度がエグい。


「いやぁ……。手狭ですねぇ」


「そうだな。1人ならば十分だとは思うが、こうも人が集うとな。……道場を思い出す」


「……それで、姉御が混ざってるのは? しれっと居ますけど、何処で聞きつけたんですか?」


 姉御に伝えてないよね、この食事会についてさ。


「……うむ。まぁ、良いではないか。カニ鍋も持参したんだ。参加料としては十分だろう?」


「カニ、あんま食べたことないので大興奮っす!」


 朝からカニ鍋を食べられるなんて、マジで豪華!

 ダシが利いてて、最高っす!


「ウチも、崇敬する大好きな2人と肩が触れ合う距離……。強者のオーラに包まれて、もう……。ああ、大興奮っす!」


「深紅。もっと愛さんの方に寄って。お兄ちゃんは私の方に寄って」


「……トレビアン」


「涼風さん? 大丈夫ですか? 鼻を押さえて……。体調が悪いなら、事務所の車で病院へ送りますよ?」


 うん、メッチャ狭い中、鍋を突くのも良いね!

 小皿によそうにしても、お箸で食べるにしても、ガンガン隣の人に当たる。


 と言うか……美尊の距離が最早、ゼロ距離。

 暫くは離れちゃうから、甘えてきてくれてるんだな。

 お兄ちゃんとして、メッチャ嬉しい。


「いや~。道場を本当に思い出しますよ! ね、姉御!」


「うむ。……あの頃は、こんな行儀良く食べてはいなかったがな」


「そうっすね。人間離れした集団だったから、鍋の中身が一瞬で消えてましたからね」


 懐かしいなぁ。

 結果、弱い俺が食べられずに腹を空かしてたら「弱肉強食だ」って言いながら、後で皆が隠していた具材を隠れて渡してくれたんだよね。

 姉御にしても、悠兄にしても、他の兄弟子にしても。

 結果、1番食べてたの、俺だったんないかな?


「待っててくださいね! 俺、絶対に仇討ちをして戻って来ますから!」


 新たに出来た居場所を、もう失いたくない。

 復讐なんて何も生まないって、良く言うけどさ……。

 復讐しないと、前に進めないこともあるんだよ。

 絶対に、一針正樹から黄色い龍の情報を得てみせる!


「私から提案したことだ。何かあったら言え。あらゆる力を使って協力をする」


「怖いっすよ」


 姉御があらゆる力って……。

 武力、権力、その他諸々で手加減しなさそう。


「お兄ちゃん、私の写真は足りてる? 夜、寂しくなったらビデオ通話ね。寂しくなかったら、通話ね」


「スマホの容量を圧迫するぐらい足りてるよ。俺、多分夜は配信するから……」


「……私、捨てられる?」


「違うよ! 普通に放課後とか、休日とかに合えば良いじゃん!?」


 美尊、甘えたになってるな~。

 何、この可愛い生き物?

 生き別れていた妹です!


「お兄さん先生。色々な方向を大切にしてくださいね?」


「なんっすか、その色々な方向って? 涼風さんのことも大切に思ってますよ?」


「あ、それは程々で。――推しの間に挟まれるとか、ちょっと私の価値観的にアウトなんで」


「なんでそんな真顔なんですか?」


 メガネをカチャッとかけ直して、手でストップをかけてきた。

 戦闘中かと思う程、真剣な表情でビックリしたわ。

 たま~に、涼風さんと会話が通じないことがあるなぁ。


 俺の歩み寄りとか、勉強が足りないのかな?

 今度、共通の話題を手に入れられるように、涼風さんの好きなものを貸してもらおっかな!


「……大神さん。あくまでレンタルです。私たちは、ズッと待ってますから」


「川鶴さん、メッチャ普通で安心します」


「ふ、普通……。や、やっぱり私って、面白味がないですかね!?」


「いや、そんなショックを受けなくても!? マイナスの意味じゃないですよ!? 安心出来る存在なんですって!」


 川鶴さんは川鶴さんで、悩んでいることがあるらしい。

 仕事が忙しすぎて、プライベートを満喫出来ないことだけじゃなくて……。

 うん。今度また、軽食やらお菓子でパーティとかしたいな。


 思えば、川鶴さんと打ち解けたのも、ギルドのカフェスペースで赤裸々なトークをしたのが切っ掛けだったな。

 それまでは、結構距離を置かれてた感じがしたし。

 苦労人の川鶴さんに、幸あれ!


「お兄様、そう待たせません!」


「深紅さんに関しては、言葉足らず過ぎません?」


「言葉より行動で示せ! それがウチの信条ですから!」


「なんだろう、立派な言葉のはずなのに、ちょっと恐怖を覚えるっすね」


 煮えたぎる鍋より熱いなぁ。

 と言うか、待たせるのは俺のはずなんだけど……。


 皆、個性が強すぎない?

 川鶴さん以外。

 癖が強いんじゃぁ……。


「向琉。失礼なことを考えてないか?」


「心を読むの、やめてもらえますか? 姉御、怖いっす」


 地上に上がって直ぐ、姉御に騙されたのかな~とも思ったけど、結果的に姉御は俺たち兄妹を護ってくれてて……。

 それで、自分が悪役になってボロボロになってて……。

 メッチャ怖いけど。


「姉御、カニの足は、人の喉元へ向けるもんじゃありません。食べ物で遊ばない」


「安心しろ、身は一欠片も残さず食べきった。ゴミになるものの有効活用だ」


「天心無影流は何でも武器にしますけど、それは怖すぎ」


 うん、目は楽しそうに笑っているけど、行動は怖いよね。

 でも――妙に落ち着く空間だ。

 絶対、目的を遂げて帰って来て見せるぞ!

 一刻も早く!


 そうして、笑い声と笑顔に包まれながら、朝食会も終わった。

 引っ越し業者に最低限の荷物を任せ、俺は羅針盤とルームシェアをする家へ向かう――。



―――――――――――

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