第162話 side トワイライト~旭深紅のお部屋~

 日曜日の朝。

 忙しいシャインプロの大イベント、ハロウィンフェスティバルを終えた美尊は――同じマンション内にある旭深紅の部屋を訪れた。


「お兄ちゃんは朝早くに出かけちゃったし……」


 美尊の最愛の兄、大神向琉は――朝食を一緒に食べるなり、防寒具を着て『空へ旅立った』。


 この場合の『空へ旅立った』は、別に命を失った比喩ひゆなどではない。

 文字通りに、空へ旅立って行ったのだ。


 そうして1人になると、美尊は心配に駆られた。

 兄のことは、自分が心配する事ではない。


 心配するのもアホらしくなるぐらい――異次元存在だから。


「深紅……。大丈夫かな?」


 昨日はコンサートの直後、握手会で襲撃を受けた。

 その後の会見で、今までくすぶりり続けていた親子問題が――遂に燃え上がった。


 立て続けにメンタルをやられる問題が起きたからか、その後1時間だけやった開拓配信でも精彩を欠く動きをしていたのも、美尊からすると気がかりだ。


 そうして深紅の部屋のインターホンを鳴らすと――。


「――美尊、どうしたの?」


 キョトンとした様子の深紅が、ドアを開けた。

 運動着姿で汗をかいていることから、室内で基礎トレーニングでもしていたのだろうことが覗える。


「ん。深紅が気になった」


「……スマホで連絡をしてから来てくれれば、ウチも用意して迎えたんだけどなぁ」


 苦笑する深紅の表情に、美尊はハッとする。

 そうだった、と。


 どうにも自分には抜けている所や直情的で隙を生じる部分がある。


 臨時講師として指導してくれた兄からも、『槍での攻撃に集中して、折角の魔法という武器への意識が足りない』と指摘を受けていた。


「お兄ちゃんに、また言葉責めされる……」


 美尊は――脳内で、優しくも厳しい。

 懇切丁寧こんせつていねいに、細々こまごまと指摘する向琉の姿を思い浮かべ口にする。


 すると――。


「――は、へっ!? お、お兄様が居るの!?」


 深紅は、急に己の汗を服で拭い、髪型を手ぐしで直し始めた。

 どうしたことだろう、と美尊は首を傾げ――。


「――ううん、お兄ちゃんは居ない。私だけ」


 そう告げる。 

 すると深紅は――ほぅっと、妙に長い息を吐いた。


「ま、いいや。折角来てくれたんだし、お茶でも飲んでく?」


「良いの?」


「うん、ウチはトレーニングしてるけどね。動きで隙があったら、教えて」


「おっけー」


 およそ一般的な女子校生の会話ではない。

 だが美尊と深紅は慣れた事のように言葉を交わした。

 2人の間では、良くある会話なのだろう。


「お邪魔します」


 そうしてダイニングキッチンを通り、美尊は深紅の居室へと足を踏み入れ――。


「――ぇ?」


 硬直こうちょくした。

 文字通り、身体も思考も――停止した。


「どうしたの? 机は避けてあるけど、お茶どうぞ」


「……ぁ? う、うん」


 深紅はフローリングに可愛いクッションを敷き、美尊を座るように促す。

 美尊はびたてつで出来たロボットのようにガクガクとした動きで、そこに座る。

 机の上には、結露けつろが浮かぶ紅茶。

 一口それを飲んで、心を落ち着かせる。


「よし、再開!」


 そう言って深紅は――自動節電モードで暗転していたテレビと小型のモニターをダブルで操作する。

 そこに映る映像を見て、美尊は――。


「――ゴホッゴホッ! ぶふぉっ!」


 盛大にむせた。

 それはもう、綺麗に。

 そしてこれ以上ないぐらい、苦しそうにむせかえっている。


 誤嚥して気道に水が入ってしまったのを、身体が反射的に排出しようと頑張っているのだ。

 その光景に焦った深紅は――。


「――ど、どうしたの!? 大変じゃん、タオル居る!?」


「ぁ、ぁりが――……!?」


 深紅は優しく、タオルを美尊に差し出す。

 だが――美尊は、呼吸を忘れてしまう程の衝撃に見舞われた。


「あ、あのさ……深紅?」


「どしたの、美尊? 今日は様子が変だよ?」


 心底からいぶかしげに尋ねる深紅。

 そんな深紅の両肩をガッシと掴み、美尊は――。


「――深紅にだけは、言われたくない」


 力強く、そう言い切った。


「え、なんで?」


「なんでって……」


 困惑する深紅を見て、逆に美尊が困惑する。


「この部屋――前に来た時は、こんなじゃなかったよ!?」


「あ、あぁ~……ね?」


 部屋中に視線を巡らせ叫ぶ美尊に、深紅は頬をポリポリと掻く。

 気まずそうに視線を逸らしてしまう。


「それにテレビも! サブモニターも! どこもかしこも――お兄ちゃんだらけなのは、なぁぜなぁぜ!?」


「うん、まぁ……ね?」


 それは最早――ストーカーの部屋だと行っても過言ではない。


 壁には等身大の写真がある。

 それは美尊の兄がフィジークをしていた時のポーズ。

 スクリーンショットしたものを加工したのだろう。


 他にも、大神向琉が写る写真の数々。


 カーテンには兄が戦闘しているシーンが刺繍されて居る。


 他にも、敷き布団。

 そして差し出されたタオルにまで。

 至るところに半裸で戦う向琉の姿があった。


「どう言う、こと?」


 目が回るような混乱。

 それでも、美尊は尋ねた。


「いや……さ? ほら、お兄様って強いじゃん? ウチ、尊敬してるんだ」


「う、うん」


 ここまでは美尊にも理解出来る。

 深紅は大宮愛も含め、強さを絶対視しているから。


「だから――こうなった」


「ごめん。端折はしょるの止めて?」


 ノータイムの突っ込み。

 美尊には、全く理解が出来ない。

 強くて尊敬しているのは分かる。


 だけど、この大神向琉一色おおかみあたるいっしょくに染められた部屋は――全く意味が分からない。


「ん~……。だから、ウチもお兄様みたいに強くなりたくてさ……。こうして動き1つ1つが目に入るように徹底してるの。ほら、テレビで戦闘シーンを流して真似して、小型モニターでは個別指導のアドバイス動画を鬼リピしてるのも、さ。全てはお兄様のように強くなりたいからなんだよ」


「……そう言う、ことかぁ」


 やっと少しだけ――美尊にも理解が出来た。

 強さに執着する深紅は、己の兄が絶対的に強いと認め、憧れたのだ。


 そうして兄のようになる為――動きや筋肉を私生活でも目に入れるように工夫くふうらしているのだ、と。


 若干、己にそう言い聞かせてるふしもある。


「でも、だとしたら……」


「ん? どしたん?」


「……ううん。なんでも、ない」


「そっか。じゃあウチは訓練を続けるから」


 限りなくスロー再生にした向琉の戦闘シーンの動きが、テレビで流れ始める。

 その一挙手一投足を深紅は真似している。

 これは純粋に、強さへの憧れだと言われても納得出来る。


「でも、それなら――」


「ん?」


「なんでもない」


 美尊は再び、言葉を引っ込めた。

 これ以上、聴くのが怖かったと言うのもある。


 口から出かけた『それなら――きん額縁がくぶちの中で大切に飾られている写真集しゃしんしゅうと、握手券あくしゅけんは何?』と言う質問は、口に出来ない。


 美尊は沸騰ふっとうしそうなぐらい混乱している脳で、この事は胸にしまっておこうと決めた。

 熱気と狂気に満ちた室内。

 紅茶の入ったグラスでカランッと、氷が澄んだ音を鳴らした――。



―――――――――――

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