生き別れの妹とダンジョンで再会しました 〜10年間ダンジョン内で暮らしていたら地底人発見と騒がれた。え、未納税の延滞金?払える訳ないので、地下アイドル(笑)配信者になります〜
第162話 side トワイライト~旭深紅のお部屋~
第162話 side トワイライト~旭深紅のお部屋~
日曜日の朝。
忙しいシャインプロの大イベント、ハロウィンフェスティバルを終えた美尊は――同じマンション内にある旭深紅の部屋を訪れた。
「お兄ちゃんは朝早くに出かけちゃったし……」
美尊の最愛の兄、大神向琉は――朝食を一緒に食べるなり、防寒具を着て『空へ旅立った』。
この場合の『空へ旅立った』は、別に命を失った
文字通りに、空へ旅立って行ったのだ。
そうして1人になると、美尊は心配に駆られた。
兄のことは、自分が心配する事ではない。
心配するのもアホらしくなるぐらい――異次元存在だから。
「深紅……。大丈夫かな?」
昨日はコンサートの直後、握手会で襲撃を受けた。
その後の会見で、今まで
立て続けにメンタルをやられる問題が起きたからか、その後1時間だけやった開拓配信でも精彩を欠く動きをしていたのも、美尊からすると気がかりだ。
そうして深紅の部屋のインターホンを鳴らすと――。
「――美尊、どうしたの?」
キョトンとした様子の深紅が、ドアを開けた。
運動着姿で汗をかいていることから、室内で基礎トレーニングでもしていたのだろうことが覗える。
「ん。深紅が気になった」
「……スマホで連絡をしてから来てくれれば、ウチも用意して迎えたんだけどなぁ」
苦笑する深紅の表情に、美尊はハッとする。
そうだった、と。
どうにも自分には抜けている所や直情的で隙を生じる部分がある。
臨時講師として指導してくれた兄からも、『槍での攻撃に集中して、折角の魔法という武器への意識が足りない』と指摘を受けていた。
「お兄ちゃんに、また言葉責めされる……」
美尊は――脳内で、優しくも厳しい。
すると――。
「――は、へっ!? お、お兄様が居るの!?」
深紅は、急に己の汗を服で拭い、髪型を手ぐしで直し始めた。
どうしたことだろう、と美尊は首を傾げ――。
「――ううん、お兄ちゃんは居ない。私だけ」
そう告げる。
すると深紅は――ほぅっと、妙に長い息を吐いた。
「ま、いいや。折角来てくれたんだし、お茶でも飲んでく?」
「良いの?」
「うん、ウチはトレーニングしてるけどね。動きで隙があったら、教えて」
「おっけー」
およそ一般的な女子校生の会話ではない。
だが美尊と深紅は慣れた事のように言葉を交わした。
2人の間では、良くある会話なのだろう。
「お邪魔します」
そうしてダイニングキッチンを通り、美尊は深紅の居室へと足を踏み入れ――。
「――ぇ?」
文字通り、身体も思考も――停止した。
「どうしたの? 机は避けてあるけど、お茶どうぞ」
「……ぁ? う、うん」
深紅はフローリングに可愛いクッションを敷き、美尊を座るように促す。
美尊は
机の上には、
一口それを飲んで、心を落ち着かせる。
「よし、再開!」
そう言って深紅は――自動節電モードで暗転していたテレビと小型のモニターをダブルで操作する。
そこに映る映像を見て、美尊は――。
「――ゴホッゴホッ! ぶふぉっ!」
盛大にむせた。
それはもう、綺麗に。
そしてこれ以上ないぐらい、苦しそうにむせかえっている。
誤嚥して気道に水が入ってしまったのを、身体が反射的に排出しようと頑張っているのだ。
その光景に焦った深紅は――。
「――ど、どうしたの!? 大変じゃん、タオル居る!?」
「ぁ、ぁりが――……!?」
深紅は優しく、タオルを美尊に差し出す。
だが――美尊は、呼吸を忘れてしまう程の衝撃に見舞われた。
「あ、あのさ……深紅?」
「どしたの、美尊? 今日は様子が変だよ?」
心底から
そんな深紅の両肩をガッシと掴み、美尊は――。
「――深紅にだけは、言われたくない」
力強く、そう言い切った。
「え、なんで?」
「なんでって……」
困惑する深紅を見て、逆に美尊が困惑する。
「この部屋――前に来た時は、こんなじゃなかったよ!?」
「あ、あぁ~……ね?」
部屋中に視線を巡らせ叫ぶ美尊に、深紅は頬をポリポリと掻く。
気まずそうに視線を逸らしてしまう。
「それにテレビも! サブモニターも! どこもかしこも――お兄ちゃんだらけなのは、なぁぜなぁぜ!?」
「うん、まぁ……ね?」
それは最早――ストーカーの部屋だと行っても過言ではない。
壁には等身大の写真がある。
それは美尊の兄がフィジークをしていた時のポーズ。
スクリーンショットしたものを加工したのだろう。
他にも、大神向琉が写る写真の数々。
カーテンには兄が戦闘しているシーンが刺繍されて居る。
他にも、敷き布団。
そして差し出されたタオルにまで。
至るところに半裸で戦う向琉の姿があった。
「どう言う、こと?」
目が回るような混乱。
それでも、美尊は尋ねた。
「いや……さ? ほら、お兄様って強いじゃん? ウチ、尊敬してるんだ」
「う、うん」
ここまでは美尊にも理解出来る。
深紅は大宮愛も含め、強さを絶対視しているから。
「だから――こうなった」
「ごめん。
ノータイムの突っ込み。
美尊には、全く理解が出来ない。
強くて尊敬しているのは分かる。
だけど、この
「ん~……。だから、ウチもお兄様みたいに強くなりたくてさ……。こうして動き1つ1つが目に入るように徹底してるの。ほら、テレビで戦闘シーンを流して真似して、小型モニターでは個別指導のアドバイス動画を鬼リピしてるのも、さ。全てはお兄様のように強くなりたいからなんだよ」
「……そう言う、ことかぁ」
やっと少しだけ――美尊にも理解が出来た。
強さに執着する深紅は、己の兄が絶対的に強いと認め、憧れたのだ。
そうして兄のようになる為――動きや筋肉を私生活でも目に入れるように
若干、己にそう言い聞かせてる
「でも、だとしたら……」
「ん? どしたん?」
「……ううん。なんでも、ない」
「そっか。じゃあウチは訓練を続けるから」
限りなくスロー再生にした向琉の戦闘シーンの動きが、テレビで流れ始める。
その一挙手一投足を深紅は真似している。
これは純粋に、強さへの憧れだと言われても納得出来る。
「でも、それなら――」
「ん?」
「なんでもない」
美尊は再び、言葉を引っ込めた。
これ以上、聴くのが怖かったと言うのもある。
口から出かけた『それなら――
美尊は
熱気と狂気に満ちた室内。
紅茶の入ったグラスでカランッと、氷が澄んだ音を鳴らした――。
―――――――――――
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