第28話 side トワイライト(4)

「……ウチは堅実けんじつな戦い、堅実に強くなって行くシャインプロの方針が好きだった。自分のランク以上の場所へ無謀むぼうに突っ込んでハイリスクハイリターンを狙う。……そんなパパやママの会社――あさひマネジメントみたいな方針は嫌い。……ダンジョンを金儲かねもうけのとしか見ない人たちは――軽蔑けいべつする」


「……うん」


「ダンライバーを金儲かねもうけの道具にして……。開拓者を金儲け第一主義だいいちしゅぎにさせるやり方が大嫌い。金儲かねもうけにかれる開拓者も、同じぐらい大嫌い。ウチらダンライバーは、一般人に愛されなければいけない。配信で一般人と絆を繋ぐ……融和的ゆうわてきで堅実な開拓者が、ダンライバーのるべき姿すがたなのに」


「……お兄ちゃんは、普通の開拓者じゃないよ?」


「……それは、分かってる」


 10年間。開拓者ではなかったけど――お兄ちゃんはSランクダンジョンで生き抜いた。


 それだけでも驚異的きょういてきだったけど……。


 そんな無茶むちゃな状況でお兄ちゃんは、異常な力を身に付けていた。


 事務所の方針か災害か。


 過程かていに違いはあるけど、いきなり危険度高ランクダンジョンに潜って強くなる。


「……お兄ちゃんと旭マネジメントの成功例……看板ライバーの『羅針盤らしんばん』は違う。お兄ちゃんは災害で仕方なく高ランクダンジョンに落ちただけ。強さは、生き抜く為に必要だった。堅実に順を追ってはいなかったかもしれないけど――」


「――そんな事、分かってる! 美尊のお兄様は旭マネジメントみたいに金儲けが目的じゃないことぐらい、分かってるよ!……でも、無茶なやり方で強くなったのは同じ。これが広まれば、真似をした開拓者が命を落としちゃう。……それに、とりを落とすいきおいの人気まで手にしていて……。それが、ウチには……」


 ギュッと、爪が食い込みそうなぐらい強く拳を握り込んだ。


 過程は違えど――結果は同じか……。その通りなのかもしれない。


 乱暴らんぼうな方針の旭マネジメントが目指す最高の成功ビジョンは――お兄ちゃんだと思う。

 危険度が実力より高いダンジョンに挑んで、一気に強くなる。

 そしてランクに不釣ふついな圧倒的強さというはなやかな魅力みりょくで、人気を得る。


深紅みくは、しっかり基礎きそかさねて来たからね」


 堅実に積み重ねる事こそが大切。


 そううったえて両親と大喧嘩おおげんかして、ライバル企業であるシャインプロモーションに所属した深紅としては、配信でお兄ちゃんの強さとキャラ立ちしたかたを目にしたのは――認めがたい現実だったのかもしれない。


「……なんなんだよ、美尊みことのお兄様はさぁ……。あんなの、認められるかよ。私たちがDランクダンジョンを制覇せいはするのに、どれだけ鍛錬たんれんを積んできたと思ってるんだよ。……視聴者登録7万人を得るのに、どれだけ戦略をって時間をかけたか……。なんで、たった1回の配信でウチらの今までを全否定ぜんひていするような結果を出すんだよ。実力なんて、底が見えないじゃないか」


 怒気どきを漏らすかのような深紅の言葉に、私は少し首をかしげた。


「このままじゃ、ウチらの登録者100万人も、あっという間に抜かれちゃう。ダンライバーとして、開拓者として求められる全部が否定されるなんて……。そんなの、嫌だ。……嫌なんだよ」


 ああ、そうか。

 深紅みく焦燥感しょうそうかん思考しこうが狭まっている。


 お兄ちゃんとシャインプロが育てる開拓者とは――もっと決定的な違いがあるのに。


 きっと深紅は、今のお兄ちゃんしか見ていないんだ。


「……深紅。深紅は目の前に突き付けられた衝撃しょうげき視野しやせまくなってる。お兄ちゃんは――」


「――うるさいッ!」


 子供のように頭を振り回し、深紅は勢いよく立ち上がった。そのままギルドから外へ出る扉へ早足はやあしで進み――扉に手をかけてその動きを止める。


 私はソファーから立ち上がり深紅の背中を見つめたまま――怒声どせいおどろき動けないでいた。深紅は感情的になりやすいタイプだけど、怒鳴どなられたのは初めてだったから。


 ちょっとビックリして、動くのが遅れちゃった。


「……ゴメンな。美尊みことが正しいんだよ。悪いのは、自分のやり方……堅実に積み重ねるやり方で結果を出せずに、美尊のお兄様にたりしているウチだ」


「そんな事はない。お兄ちゃんは特別。……でも深紅みくも凄く強い。それは私も含めて、皆が認めている」


 私が視線を向けると、涼風すずか川鶴かわつるさんも「そうだよ」、「その通りです」と同意してくれる。


 やっぱり、みんなちゃんと深紅の積み重ねて来た努力と実力を認めてくれていた。嬉しい。


「ただお兄ちゃんは、もっと強いだけ」


「みみみ、美尊みことちゃん!?」


「ちょっ、美尊みことさん! そんな言い方は、あの……彼はまだFランクですから! 言い過ぎと言うか、オブラートに包んでと言うか……」


 涼風すずか川鶴かわつるさんは、あたふたとしている。


 事実を言わないのは、悪い事。

 優しい嘘なんて、結局は最後に傷つけるだけなのに……。なんでこんなに焦ってるんだろう? 私が間違っているのかな?


 深紅は「ふっ」と自嘲気じちょうげに鼻で笑い――。


「――普段はさ……美尊みことの嘘を吐かない所、ハッキリ物を言う所が、ウチは大好きなんだ。……でも、ゴメン。今は……受け入れられない。自分の心に余裕が無い。……悪いとは思うけど、もうこの話はしないで」


 背を向けたまま苦しそうに語る深紅に、私たちは何も言葉を返せない。


 川鶴さんが車を運転して涼風を家に送り、私と深紅を寮に送り届けるまでの間、車内には重苦おもくるしい沈黙ちんもくが流れ続ける。

 川鶴さんをのぞ各々おのおのがスマホをいじりながら、一言も発さない。

 言葉を発する空気感ではない。


 特にお兄ちゃんが配信を始めてからの車内は、本当に息が詰まるような空間になった――。



―――――――――――

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