第77話 白星

 緊迫きんぱくした空間で、突如として響き渡った白星はくせいの声。


 正直、久し振り過ぎて存在すら忘れてたけど――。


「――白星はくせい、この状況をくつがえせるか?」


 大神家に伝来でんらいする摩訶不思議まかふしぎ御神刀ごしんとうに、尋ねてみる。


「ふんっ……。このままだと、ほぼ間違いなく向琉は死ぬ。お主の望む通りにな」


「……だろうね」


「……じゃが、それでは折角めぐうた妹とも永遠の別れとなろう?……己を正義と錯覚さっくした無自覚むじかく汚言おげん数々かずかずわらわはらわたえくりかえるおもゆえ――此度こたびは、協力してやろう」


「――協力?」


わらわ何故なにゆえ、大神家に伝わる御神刀と呼ばれているか。何故なにゆえ、天心無影流道場の神棚かみだなまつられていたか。そして何故なにゆえわらわを神棚から持ち出した向琉を――お主の祖父は、道場から閉め出したのか」


 それは……。

 俺が、ずっと知りたかった謎だ。


 こんなしゃべる刀がある事自体が謎だ。

 ましてや、そんな珍物ちんぶつ斜陽しゃようのマイナー流派に伝わっているなんて……。


 今になって考えても、意味が分からない。


 それに、俺の1番のトラウマ――白星はくせいさやから抜けなかった幼い俺を、未来すら見放してジジイが破門同然の扱いにした理由。

 まさか冥土の土産にそれを教えてくれるのが、協力だって言うつもりじゃないだろうな?


わらわさやより抜けるのは――たぐまれなる純度じゅんど膨大ぼうだい神通力じんつうりきを持つ者のみ。妾をその手に持つ事さえ、太祖たいそと呼ばれし――妾をこの刀に調伏ちょうふくした男以外、不可能じゃった。その人智じんち超越ちょうえつした力故ちからゆえひとから迫害はくがいされ、平安へいあんの時代に1人寂しく、山岳さんがくへとてさせた男以外には、な」


「なんッ!?」


 驚愕きょうがくで、あやうくすきを見せそうになる。

 危なかった……。もし今、隙を見せれば――お互いに致命傷を与え合う事になる。


「あのようなには、わらわの力は決して模倣出来ぬ代物だ。さぁ――今こそ、わらわを抜き放て」


「それが出来れば、苦労してない……」


 俺は――ジジイが死んだ時、かたきりゅうを目の前に白星はくせいを抜いて戦おうとした。


 その時だって、刀身は5分の1も抜けなかったんだぞ!


 ジジイが俺を破門同然にした理由は――なんとなく分かった。

 どうせ太祖しか触れられなかった御神刀に、俺が触れられたから――俺が太祖同様、人の世で生きるのが認められないような、化け物として迫害される未来を怖れたんだろうさ。

 ああ、如何いかにもありそうな話だ!


わらわを抜けねば――2人は、ここで死ぬ。向琉は妹を守れず、美尊は兄を見殺しに、な」


「……くっ」


「今はわらわも、姿の見えぬ所から言いたい放題抜かす輩に鬱憤うっぷんを溜めておる。……少々、暴れたくてのう。未だ未熟な向琉へ力を貸して従うのも、暴れる為ならかまわぬと申しておるのだ。――さぁ、どうする?」


 太祖というのは、天心無影流の創始者なんだろうね。

 つまりは、俺の遠いご先祖様。


 人の世で生きていけないぐらいの強さを持つ者でしか――封印できなかった相手。

 それが白星はくせいだというなら――解放するのが、人の世の災いになる可能性もある。


 だが俺は――10年間、俺の精神が壊れないようにそばに居てくれた白星はくせいを信じたい。

 白星はくせいの昔の姿は知らないけど――今は人に揶揄からかわれて落ち込むような、人情豊にんじょうゆたかで愉快ゆかいな奴だ。

 だったら――。


「――はぁあああああああああッ!」


 抜けろ、抜けろ、抜けろぉおおおおおおッ!

 なんだ、なんなんだよ、この硬さはッ!?


 幾度いくどとなく鞘から抜こうと挑戦したけど――5分の1以上、刀身とうしんを抜けた事なんて1度もない!

 でも、ここで刀身を抜けなければ――美尊が死ぬ!


「抜けろよぉオオオオオオオオッ!」


「なっとらんのう……。天心無影流の体得たいとくすべき物はなんじゃ? お主らはなんの力で、ダンジョンが存在せぬ時から超常ちょうじょうの者たりた?」


 天心無影流の体得すべき物――神通力に、武器を選ばず一体となる教え!

 そうか、力任せではダメなんだ!

 魔力や無駄な力みを排除しろ!

 身体中の血脈けつみゃくを通って、神通力を――己の身体の一部と成した白星はくせいに注ぐんだ!

 抜けるのは当然の結果。

 自分の身体なんだから、必然ひつぜんと思えば――。


「――半分と少し、か。……現状の神通力の扱い方で考えれば、上出来じゃな」


 まるでドライアイスを一面にかれたような――しろ濃密のうみつな魔素が、抜き放たれた刀身から広場中に広がっていく。


「向琉、刀へ込めた神通力での制御せいぎょ手放てばなすでないぞ? 暴走したわらわ妖力ようりきが向琉や美尊までろうてしまうやもしれぬからのう」


 俺の膝下までを埋め尽くす広い煙……。

 その中に立つ、1体の――くつくつと笑う、モンスター?


「失礼な……。下等なるモンスターとわらわ同一視どういつしするとは。妾はかつて災厄を呼ぶ大妖たいよう荒神こうじん――世にそう呼ばれおそれられし天狐てんこなるぞ」


 しろもやの中、御巫服みこふくまとった銀毛で狐型の獣人は――こちらに向け、クスリと笑いながらそう良い放つ。


 神秘的な迄の美しい銀毛、身震いするような魔力。

 だが――。


「――ロリじゃん」


 俺の背丈の半分……は言い過ぎか。

 でも、腹ぐらいだから……140センチメートルにも届かないぐらいかな?


「だ、誰がロリじゃ! この無礼者めが!」


「あ、このテンション。間違いなく白星はくせいだわ……」


 さっきまでの無駄に格好付けた重々しい感じは――らしくない。


 これでこそ、白星はくせいだよ!

 うん、愛されるイジられキャラ!


「だ、誰がイジられキャラ――」


 ――ドッペルゲンガーに背を向け、身体一杯俺に抗議している白星の背後から鋭い拳が飛んでくる。


 白い靄から突如として現れた拳に、白星はくせいは――。


「――そうじゃった。……お主には、わらわのストレス発散の相手になってもらわねばならんのう?」


 ちびっ子の顔でニタリと笑った白星はくせいは、俺の姿をしたドッペルゲンガーの腕を掴んでいる。

 暴れても暴れても、その拘束こうそくからの脱出は叶わないようで……。


 つまり――あそこで藻掻もがいて居るのは、俺だったとしてもおかしくない。


 見た目こそ可愛いロリだが、やっぱり白星はくせいは――大妖たいようと呼ばれし力を保有する存在なのだろう。


「さぁ――ゆくぞッ!」


 白星はくせいがそう告げた瞬間――世界が揺れた。


 いや、そう感じる程――白星はくせいと、白い靄と化した魔素の力が強大だったんだ。


 技もへったくれもない。

 実際には、ただちょっと魔力――あるいは妖力ようりょくを解放しただけなんだろう。


 だが、それだけで――。


「――ふぅ。……もうしまいか。まぁ、少しはストレスも発散が出来た。封印に従い、わらわは大人しく刀へ戻るとしよう」


 ギュオンッと、まるで空気清浄機に吸われる煙のように――白星はくせいと辺り一面に広がっていた魔素が刀へと収束しゅうそくする。

 カチンッと、鍔鳴つばなりの音をさせ――白星はくせいが放出させていた身震いする程の魔力が消える。


 残っていたのは……鏡面きょうめんなど復活もしようがないぐらいに破壊され、魔素を吸い尽くされた岩肌いわはだ

 そして――。


「――みみみ、美尊さんっ!? その姿は!?」


「……えっ? あれ、無い?」


 装備一式そうびいっしきを失い――肌着姿はだぎすがたで立っている、美尊だった。



―――――――――――

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