第76話 そこが地獄でも

「ふっ!」


 空中へとジャンプした俺に向け、石の雨が襲い来る。

 わずかな隙間を泳ぐように神通足じんつうそくで避けると――。


「当たったぁあああッ!」


 鏡に石が突き刺さり、鏡面きょうめんにヒビが入る。


「お兄ちゃん、ナイス!」


 今も懸命けんめいに鏡を割り続けている美尊が笑みを浮かべた。

 ドッペルゲンガーは――割られた鏡を見詰め、悔しげにうめいていた。

 その間に俺は、神通足じんつうそくで一気に駆けて距離を詰める。


「――油断したな」


 完璧に捉えた。

 掌底しょうていを人体の急所――鳩尾みぞおちへ叩き込む。

 掌底は衝撃が奥底へまで突き抜けるように広がっていく。

 これが人体じんたいならば、骨で守られていない肝臓部分かんぞうぶぶんが破壊され致命傷。


「……なんっ!?」


 バッと、後ろに飛び退く。

 やっぱりモンスターって、ズルいよね……。


 身体の中央が霧散しているのに、問題なく動いてるんだもん。

 魔石の有りかが分かれば良いけど……。

 人体をかたどっているからか、上手くりかを探れない。


「――お兄ちゃん! か、鏡が戻って行く!?」


 俺の斜め後ろから、美尊のあせった声が聞こえる。


 それどころか――美尊が叩き割っていた鏡まで魔素で元通り。


 ドッペルゲンガーの肉体も、魔素で修復を終えていた。


「さて、いよいよ参ったなぁ……。ダンジョンの魔素が底を突くまで、勝ち目が見えないとか、かな?」


 相手は魔力を使った俺。

 しかもダンジョンに充満する魔素が尽きない限りは、肉体も再生して体力も尽きる事はない。

 本格的に、無理やりでも美尊だけでも逃走させる手段を考え始める。

 鏡のない場所へ連れ出せば消滅……いや、それはないな。


 少なくとも、さっきの掌底並みの攻撃を何発も喰らわせて身体を霧散させなければ、地上へまでも付いてくるだろう。

 このドッペルゲンガーが追ってくるとしても、なんとか美尊だけでも遠く離れた場所へ逃がさなければならない。


「もう良いよ! お兄ちゃん、逃げて! 私が食い止めるから!」


 槍で鏡を叩き割り続けていた美尊が、ドッペルゲンガーへ向けて槍を構えながら声を張る。


 思わず、苦笑いしてしまった。


 考える事は、兄妹同じか。

 でも――アホな事を言うもんじゃないよ、美尊。


「逃げるのは美尊、お前だ」


「嫌だよ! 強さなんて関係ない! 私も命を賭けてかじり付いてでも時間を――」


「――そう言う事じゃない。あにってのはな、大切たいせついもうとためなら――どんな事でも犠牲ぎせいに出来るんだよ」


 そう、それが――自分の命だろうと。

 大切な妹の為なら、迷う事なく全てを投げ出せる。


「お、お兄ちゃん……。そんなの、そんなのって無いよ!? 折角せっかく、10年振りに再会出来たのに! まだ、全然一緒の時間を過ごせてない! お兄ちゃんと再会できたら、私はやりたいことが一杯あったのに!」


「…………」


 ジリジリと、ドッペルゲンガーと俺はにらい――間合いを詰めて行く。

 それでも、美尊は叫ぶのを止めない。


「今の私が好きな味だって、覚えると言ってくれた! 伊縫家いぬいけのカレーだって、一緒にまた作ろうねって……。それなのに――私を置いて、先に死のうとしないで!」


 俺が――ここで死ぬつもりだと分かっているのか……。


 そう、この問題の究極的な解決方法――それは、相手と共倒ともだおれになる。

 完膚かんぷなきまでに魔素を分散させれば、鏡に映る美尊へと魔素が再構築するまでに――美尊は鏡の間から逃げられる。


 最初に作っておいた螺旋階段らせんかいだんを使えば、鏡に映らない場所までは直ぐだ。


「美尊――それに、姉御ともさ。……また会えて、本当に嬉しかったよ」


「そんな……これから死ぬみたいな事を言わないでよ! お願い、もうお兄ちゃんと離ればなれになんてなりたくない……。もっと、もっとずっと……。私がダンジョンに潜り続けて、強くなってれば――……」


「――しゃがみ込むな、美尊ッ! 戻らない過去を後悔して、びる未来を失うな! 足を踏ん張って、逃げる準備をしろォオオオッ!」


 俺が怒声どせいを上げると――美尊はしばし目をいていた。


 俺が怒鳴るのが、そんなにめずらしかったのかな? 

 それとも、怒鳴どなった俺が怖くなったかな?

 そのまま逃げてくれれば、と思っていたが――美尊はドッペルゲンガーに向かい、穂先

煌めく槍を構えた。


「……ゴメンね、お兄ちゃん。いくらお兄ちゃんの頼みでも――それだけは聞けない」


 あの決意けついもった瞳は――ここをおのれ死地しちさだめた色だ。


「やめろ、自殺行為だ!」


「お兄ちゃんも、私を助ける為に自殺しようとしてる」


「俺は……いいんだよ。お兄ちゃんだから」


「……お兄ちゃんは知ってるかな? 自殺をした人間は、全員が地獄に落とされるの」


「…………」


「一緒に死ぬなら……地獄では、お兄ちゃんと一緒にいられる。そう思った瞬間ね、私はたまらなく嬉しくなったんだ。たとえ、そこが苦しみのばつに満ちた世界でも、お兄ちゃんと一緒にいるのが許される世界なら――それだけで私には天国」


「そんなことを……言わないでくれよ」


 まだ16歳の少女なんだぞ?

 それが……死後の世界に幸せを求めるなんて、悲しすぎるだろ?

 浮かび上がる涙で、視界が滲んで来ちゃうじゃないか……。


「1回お兄ちゃんだけが地の底へ落ちて、私は死ぬ程後悔した。……今度は一緒に落ちるから。私だけ置いてっちゃ、嫌だよ」


 ああ、駄目だ……。

 大切な妹にこうまで言われてしまっては……決意が揺れそうになってしまうだろ?


 美尊は、どうあっても俺と心中しんじゅうする覚悟、か。

 参ったな……。

 本当に、参った。

 この10年で――思った以上に、頑固がんこな子に育ってたみたいだ。

 ごめんな、美尊……。

 地獄に落ちるのは――1人で十分だよ。


 そこがどれだけ苦しみの罰に満ちた世界でも、美尊が生きていてくれるなら――俺にとっては天国なんだから。

 また美尊を1人、残す事になって――本当にごめん。

 もしも、美尊が天寿を全うしたら、行く先は天国だろう。

 俺とは2度と会えないかもしれない。

 それでも――俺は、美尊を死なせたくないんだ。

 頑固なお兄ちゃんで、本当にごめん。

 毎日、地獄の底から謝る。

 新たな幸せを、天の神様に祈り続けているよ。

 人の世の全ては愛さなくても、美尊の事は――心から愛している。

 死や地獄なんか恐ろしくないぐらい、愛してる。

 それだけは、地獄の閻魔様にも胸を張って言えるよ。


 ごめんな、ジジイ。

 あんたの仇討ち、果たせないみたいだ。

 地獄でまた、俺を叱ってくれ。

 今から――俺1人であんたの元へ行くからさ。

 

 ああ――辛いなぁ……。

 覚悟をしていた事だけど、死ぬのってどういう感じなんだろう?

 本当はさ――もっと生きて、美尊や姉御と……人の世で自由に笑える、幸せな日々を過ごしたかったよ。

 いくら強がってみても――やっぱり、別れは辛いもんだなぁ……。

 でも――最期の時を迎えようと、態度に出しちゃダメだ!


 妹の決意を無下むげにするのは心が痛むけど――どうやって、美尊だけでも逃がしたものか。

 なにか、有効な手立てを考えろ!

 知識を総動員しろ。持てる力全てを利用してでも――美尊には、生きてもらわねば!

 ジリジリと、互いに隙をうかがいながら間合いを詰めて行く中――。


「――向琉よ、わらわの存在を忘れていないか?」


 左腰にいていた白星はくせいが、久しぶりに声を発した。


 やっばぁ……。

 この御神刀ごしんとうの存在、完全に忘れてた――……。



―――――――――――

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