第75話 過大評価でしょう?

「はぁあああッ!」


 俺は即座そくざに床へ手を突き、土魔術を発生させる。

 上への螺旋階段らせんかいだんを作る為に。


「――付与魔法エンチャント、身体強化!」


 螺旋階段らせんかいだんが出来るなり、美尊へと身体強化魔法をかける。

 与えられた一時的な強化魔法に頼り、自分の能力を誤認ごにんさせるのは、この後の戦闘で重大なあやまちを犯しかねない。


 本来なら避けるべきだが――今は違う。


「――美尊! 早く逃げて!」


 即座そくざに俺が取った行動は、攻撃ではない。


 逃走経路とうそうけいろ確保あくほだ! 逃走の為の手段だ!

 2人で協力して即座の排除だとか、甘い考えは捨てろ!


「で、でも……。私も戦えば少しは勝算が増える!」


「今の美尊じゃ、まだ足りない!」


「――……」


 戦闘において1足す1は、必ずしも2になる訳ではない!


「あれがもし、本当に俺と同じ――ぐぅッ!?」


 横から襲い来る激しい衝撃で――俺は床を転がる。


 なんて衝撃だ……。

 まるでトラックに跳ねられるようだとか言うけど、イメージとしてはそれだけ強大な力に弾き飛ばされたのと同然に感じる。


神通力じんつうりきは……モンスターだと、扱えなかったのかな? その代わり――膨大な魔力が噴出ふんしゅつしてるな」


 俺の外見をしたドッペルゲンガーは――俺の魔力量を写し取る力でもあるのか?

 魔素は、無限にダンジョンへ眠っている。

 正直、魔力を最大限に使用した俺と同じレベル――というか……ちょっと盛られてない?

 俺が神通力を併用して使っても、ここまで強くはないと思うんだけど……。


「美尊、早く逃げ――!」


「はぁあああッ!」


 バリンッと、美尊が駆けながら槍で壁面の鏡を1枚叩き割る。

 膨大ぼうだいな数がある鏡の中の、たった1つ。

 だが、ほんの僅かに――ドッペルゲンガーの持つ魔力が弱まった気がする。


「お兄ちゃん! こいつは多分、鏡に映ったお兄ちゃんを模倣もほうしてる! だから映す鏡がなくなれば、大して強くない本体に戻るはず!」


「……なるほど」


 美尊は本当に、大局たいきょく見定みさだめての立ち回りが上手い。

 トワイライトとかいうパーティで、1番思考と戦略の幅が広い中衛ちゅうえいを務め続けて来た成果だろうか?

 こればかりは、1人で戦ってばかりだった俺では敵わない部分だ。

 ドッペルゲンガーもマズいと思ったのか、俺に向けていた視線を美尊に向け――。


「――させない。妹を傷付けられてたまるもんかぁあああッ!」


 地を蹴り、懐へと入り込んだ。

 すかさず突き出して来た拳を――紙一重かみひとえかわす。

 俺は、お返しとばかりに右ボディブロー、左フック、顔面への右ストレートと連打して行く。


「……流石は俺の模倣。関節や筋肉の動きでバレたのか。それとも、脳味噌まで模倣されてるとか?」


 コンボを全て分かっているとばかりに、避けきられた。

 美尊の時は、まず攻撃が出来なくて参ってたけど……。


 今回は、有効打が思い浮かばない。


 お互いにほぼ同じ能力。

 同じ天心無影流を使えるとしたら――。


「――……心を乱さないで済むドッペルゲンガーって、良いなぁ」


 未だ人の悪意にけずられた心が――回復しきっていない俺の方が、メンタルの差で不利。

 メンタルリセットはプロの格闘家や武術家、兵士でも苦心くしんする分野だ。

 それをこの僅かな時間でやれなんて、無茶な話だ。

 とは言え、俺には――守るべき妹が居る!


「――はぁあああッ!」


 ドンッと、俺の右ハイキックが、ドッペルゲンガーのガードする左腕へと埋もれた。

 キックは、重心が乱れる。

 右ハイキックをムチのように振るう為には、軸足じくあしである左足裏をキュッと回転させる必要がある。

 それを防がれた今、残るのは崩れた体勢と軸足から外れていく重心のみ。


 ここで取るべき行動は――重心のままに身体を転がり込ませる回避のみッ!


 地を転がりながら――俺の立っていた場所へと、ドッペルゲンガーの右拳が突き刺さるのが目に入る。


「どわッ!?」


 それはまるで地震のようにダンジョンを震わせた。

 突き刺された右拳を中心に、蜘蛛くも巣状すじょう亀裂きれつが広がるダンジョンの床。


「いやいや、本当……過大評価だって。絶対に俺より、強いでしょう?」


 思わず苦笑してしまう。

 こんな馬鹿げたパワー、自分では出した覚えが――……。

 無い事もない、か?

 でも俺が放った時は神通力が混じっていたから、こんな闇雲やみくもに辺りを巻き込んで広がる破壊じゃない。

 もっと一点に凝縮ぎょうしゅくさせて、つらぬくようなパワーの使い方だ。


 成る程、そう考えれば――神通力と魔力。

 俺自身、どちらの方が力の使い方が上手いのか。


 そういう勝負のとらえ方も出来る訳だ。


「本当……良い修行になるな」


 改めて、互いに構えを取り間合いを詰めて行く。


 どうする?

 人間なら勝負を決定付けるような有効攻撃――相手の筋腱きんけんを破壊しようと、関節技をめようと……。

 元がドッペルゲンガーでは、魔素で修復される可能性がある。

 人間を破壊する為の武術で、ドッペルゲンガーを相手に何処どこまでやれるか……。


「有効な肉体攻撃が見つからない。――それなら、こうするまでだ!」


 俺は落ちていた岩の欠片を拾い、ドッペルゲンガーへ向けて投げる。

 投石とうせきとは、古来より実戦ではトップクラスに相手を死傷させてきた武器。

 ドッペルゲンガーは襲い来るつぶてを避ける事に一杯一杯。

 苦い顔をしたドッペルゲンガーが、同じように石を俺に向けて投げる構えを取った。

 ――釣れた!



―――――――――――

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