第23話 世の中、世知辛いよ

「あ~……。長官から御説明を受けていないのですかね? その……。企業所属の開拓者さんだと、事務所との取り分規約があるんですよ」


「で、でも……9:1って!」


「あ、あの~……。大神さん?」


「――川鶴さん!」


 そうだ! 地上ではこの人が待ってくれていたんだ!

 俺が一直線に換金に向かったから、話しかけて来られなかったのかもしれない。


「川鶴さん! 9:1って……。これ、シャインプロモーションだと普通の配分なんですか!?」


「い、いえ……。他の子達は、5:5で……。く、詳しくは長官と通話が繋がっておりますので、このスマホをどうぞ」


『――向琉。聞こえるか?』


 スピーカーモードになっているのか、姉御の声が耳に付けなくても良く聞こえる。


「姉御! これは一体どういう事なんですか!?」


『どういう事も何もあるか。向琉の借金62億円が返済される迄の間、開拓者活動に関連する収益の9割を事務所の取り分とする。私の執務室で、貴様がサインした契約書に記載されていた内容だ』


「ぁ……。あの時の!?」


 目覚めて直ぐ、事務所へ所属するように言って来た時の事だ!


『言っておくが、文句を言われる筋合いはないぞ? 利息が膨らまないように一括で返済してやったんだからな。本来なら日々、とんでもない額が増えていく可能性もあったんだ。或いは懲役だな』


 それを言われると弱い……。理不尽な契約だなぁとは思うけど……。

 62億円の借金に利息がついたら……。計算は出来ないけど、ヤバいぐらい膨れ上がるんだろうなって事ぐらいは分かる。


「わ、分かりましたよう……。我慢しますぅ……」


『……向琉。わざわざ私が電話をしたのは――これだけの用事だと思うか?』


 ゾワッと、背筋に冷たい何かが走った。


 いや……何!? 怖いし聞きたくないんですけど……。


「はははっ。お忙しい中、お電話ありがとうございました。それでは、そういう――」


『――配信機材のリース料、1日3万円』


 姉御の凜々しく響く声が聞こえた時――世界が凍ったように感じた。


『世界最高の技術力を誇るマルチバース社製、最新の配信機材だぞ? リース契約とは言え、それぐらいの値段はする。他ならぬ向琉自身が最高の機材を望んだんだ。――分かるな?』


 あぁ……。そうですね。

 姉御の執務室から出る時、配信機材はどうするかと聞かれて……最高の物をお願いしますとか言ったわ、俺。


 ははっ、殴りたい。――あの時の俺を、全力の神通力を込めて殴りたいっ!


『さっきの魔石売却益が8千円だったか? 一体当たりの魔石が10グラムで、千円。お前の取り分が……百円。この意味が分かるな?――現在のランクでは、リース料金を支払うだけで1日3百体はモンスターを倒さなければいけないと言う事だ』


 その意味を理解して……俺は全身がガタガタと震え出した。

 あぁ……、この師範代、やっぱり鬼畜だよ。血も涙も無いよッ!


『良い修行になるなぁ、向琉。――さぁ行ってこい。ああ、配信はしっかり視聴者にお礼を言って切れよ? この後、他の所属ダンライバーの配信があるからな。事務所内での配信時間被りは極力避ける。何はともあれ、だ。……初回配信、お疲れ。せめてもの情けだ、収益化申請はこちらで手配をしてやる。普通に申請するより、遙かに短縮されるだろう。明日には収益化が通るんじゃないか?……ではな。――もっと強くなれ、駆け抜けろ、そして人の世に認められるんだ、向琉』


 ブツッ。

 という音を最後に――ディスプレイには、『通話が終了しました』と表示されている。


 どうしよう……。震えが収まらない!

 最後の最後には、ジジイの遺言みたいな言葉も言われたけど――。


「――ぬぅぁああああああッ! 上等ですよ! 今回の4倍モンスターを倒せば黒字なんだろ!? 行ってきてやる! 食料庫で暮らしてやるよぉおおおッ!」


「お、大神さん! 落ち着いてください! またダンジョンに住むのと同義ですよ!?」


「ええ、ええ! そうですよ! 結局、俺の帰る場所はダンジョンだったんです! なんてったって地底人ですからねぇ!」


〈草〉

〈www〉

〈姉御、辛辣ぅ!〉

〈ふざけんな! 誰か大宮愛を○せ!〉

〈ヤバい、申し訳ないけど笑いが止まらんwww〉

〈こいつこれでも政府高官かよ! 詐欺師が!〉

〈いやいや、可哀想過ぎるでしょ。大神さんは被害者なのに……借金62億円背負わされるとか国で救済なりすべき。胸糞悪いわ長官酷すぎ〉

〈この債務者が不憫過ぎるぅううう!w〉


 左腕から流れる自動読み上げ機能に、今更ながら気が付いた。

 多分、ずっと流れていたんだろうけど……。換金に気が逸ったのと、衝撃で気が付かなかった。


「皆さん、アレが姉御ですよ! いえ、俺の借金62億円を肩代わりしてくれてるのは嬉しいですよ!? でも、でも……! くっそぉおおおッ! 食料庫24時間戦闘耐久配信でもやりますか!?」


〈良いぜ、このあたおかに付き合ってやらぁ!〉

〈応援してます!〉

〈収益化通ったら、直ぐにスパチャします!〉

〈お兄様、神聖。格好良い越えて神々しい〉

〈マジで不憫w 応援してるわw〉



「よっしゃあッ! じゃ、川鶴さん! そういう事なんで24時間耐久行ってきます!」


「ええ!? まま、待って下さい! オーナーも言っていたじゃないですか、他の子と配信が被らないようにですね……」


〈行かせてやれよ!〉

〈そうだぞ、今日はまだマイナス2万2千円なんだからwww〉

〈あんだけ頑張って借金増えるとかw〉

〈魔石は換金率低いから、稼ぎたいなら稀少鉱石採掘お勧めするよw〉


「24時間ですから! 出入りも寝食も自由ですよ! 俺の枠なんて、そんなもんです!」


「そんな自棄にならずにッ!……いや、あの、お気持ちは痛い程お察しすると言うか。こっちも精神的にキツいんですけども!」


〈伊縫美尊:良いから、今日は寮に帰って大人しくして。ランクが上がれば挽回できるから。そっちが切ってくれないと、トワイライトが配信出来ないよ〉


 美尊からのコメント!?

 やばい、怒ってるかも!


「――そういう事で、視聴者の皆さん。今日はご視聴ありがとうございました! また明日!」


〈変わり身が草なんよ〉

〈妹最強だから仕方ないw〉

〈トワイライトの配信邪魔してたら、俺がキレてたわ〉

〈次も楽しみにしてます!〉

〈おつ〉

〈おつ〉


「良かったらチャンネル登録して行ってください! では、またお会いしま~しょうっ!」


 結局、その日は美尊に言われた通りに帰りました。

 寮へと帰る車中。

 川鶴さんが、いつも以上に優しかったです――。



―――――――――――

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