第147話 兄弟子の情報!?

 その後も握手会は進んで行く。


 勿論、普通に応援して普通に握手をして喜んでくれる人も居る。

 と言うか、大多数だ。


 でも特別な想いと事情を持っている人が多いのは――やはり、俺がダンジョンから生還した唯一の人間だからだろう。


 姉御は、こう言うダンジョンで自分の身内や大切な者を亡くした人たちや――自身の身体を失った人たち。

 そんな人の希望になれるように……俺を唯の開拓者ではなく、アイドル開拓配信者にしたのかもしれない。


 驚いたのは――男性ファンも、かなり居る事だった。


 男性アイドルと言うからには、女性ファンが多いのは当然なんだけど……。

 やっぱり俺が普段からやっている活動内容が――『あたおか』だからだろうか?

 フィジークとか、女性受けはイマイチだったらしいからね……。


「今回のスタンピード、ありがとうございました! 平和ボケしていたと痛感しました!」


「いえいえ。仕事も大切ですが、命も大切っすよ~!」


「じょ、上腕二頭筋……。硬ぁい……」


 握手券とは言いつつも、その人の視線が俺の筋肉に向いていれば――ちょっとサービスもする。

 腕の筋肉を触った男性なんかは、メチャクチャ嬉しそうに会場を後にして行く。


 続いて入って来たのは――小さな女の子を連れた女性だった。

 小学校中学年から高学年ぐらいに見える。


「お兄ちゃん、莉華りかを助けてくれてありがとうございます!」


「俺が、莉華ちゃんを助けた?」


 女の子は俺と握手しながら、助けてくれてありがとうと言う。

 だけど……当然、身に覚えなんてない。

 するとお母さんが、早口で事情を説明してくれる。


「この子はもうすぐ10歳なんです。私のお腹にいる時、助けてくれたのが天心無影流の方なんですよ。私の実家は道場の目の前で――」


「――えっ!? ちょっ……それなら、黄色い龍は観ていませんか!?――すいません、係員さん! ちょっと待ってください!」


 剥がし役の係員さんに、ちょっと待ったをかける。

 その情報は――ギルドに情報を集めて貰っている、俺が最優先で求める情報だ!

 まさか当時――道場の近くに住んでいた人が生存しているなんて!?


「ご期待に応えられず、すいません。……私は家で震えておりまして、その家ごと何かのモンスターに潰されそうになった時――髪を片側耳にかけ、顔に切り傷がある男性に助けられたんです。『我に掴まれ。腹の子が驚かないように』と。言われてみれば、確かに……龍のような生物が見えた気はします」


「その特徴――間違いない、兄弟子――橘悠斗たちばなゆうとだ。……悠兄ゆうにい


 兄弟子の中では1番年齢が若くて――俺とは特に仲良くしてくれた人だ。

 一緒に姉御にしごかれ涙目になってた仲間、家族……。


 夜な夜な一緒に鍛錬に励んでくれた兄弟子。

 実力も弟子の中では――姉御に次ぐ凄まじい実力だった。


 技の姉御、力の悠兄……みたいな。


「悠兄はその後、どうなったんですか?」


「すいません。私を自衛隊が設営した避難所に送り届けた後は、直ぐに消えてしまいまして……」


「そ、そうですか……」


 姉弟子の口からは、悠兄の名前は出ない。

 悠兄ほどの実力者だ。


 生きてさえ居れば、間違いなくAランク――いや、姉弟子のように俺たちを救う事だけを優先していなければ……Sランク開拓者に成長しているのが妥当だ。


 それが音沙汰も無いと言う事は――つまり、亡くなったんだろう。


 ここに居る人たち――莉華さんのような非戦闘員を助ける為、文字通り身を粉にしたに違いない。


「すいません、呼び止めてしまって。――莉華ちゃんが無事に生まれて、本当に良かったです」


「――はい、私の宝です! 守ってくださり、本当にありがとうございました!」


「お兄ちゃん、莉華も応援してます! ありがとうございました!」


「うん、うん……。お兄ちゃんの方こそ、莉華ちゃんにありがとうを言わないとだね!」


 最後に莉華ちゃんは、しゃがみ込んで涙を堪える俺の頭を一撫でしてから、退出して行く。


 また……ルール違反をしてしまった。

 でも――後悔は無い。


「悠兄……。みんなが命がけで訓練して、命を散らせ戦ったからこそ繋げた命のバトン……。俺が、守って行きますから」


 当時、お腹の中だった子が――お礼を言えるぐらい立派に成長をしていた。

 それは俺にとって――凄く嬉しくて、地上に上がって来て良かったと感じさせるものだ。


「ああ……姉御。無茶なスケジュールで、それでも姉御が握手会をやらせた意味――分かりましたよ」


 人の世は、美しいばかりじゃない。

 目を背けてダンジョンへ帰りたくなる時もある。


 姉御がどうしても直接、握手する場を設けたかの理由が――良く理解出来た。


 それは決して、金儲けじゃない。

 無味乾燥なコメントでは、決して伝わりきらない想い。


 ネットでのコメントでは、悪意の言葉にばかり目が行って、心に傷を負う。


 でも――直接ファンと話せば、抉れていた傷に優しさが染み渡る。


 こうして握手会で話せば話すほど――人の世で守りたい人、守りたい理由が増えて行く。

 俺はもっと――強くなりたい。

 エンタメとして人々に笑顔と希望を与えつつも――裏では、何者にも負けない努力をしなければならない。


 アイドル、ヒーロー。

 呼び名はどちらでも良いけど――守ると決めたなら、負けちゃ行けないんだから。

 仇討あだうち以外にも、強くなる理由が出来たよ――。



―――――――――――

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