第129話 涼風さん、メッチャ良い娘だった!?

 入口に『第1食堂』と書かれた食堂へ入ると、そこは数百人は余裕で食べられそうな長テーブルが並んだスペースだった。

 券売機けんばいきも数台、食券を渡す受け渡し台や、奥の厨房ちゅうぼうも特大。


「お兄ちゃん、凄いでしょ? その辺の大学よりも大きいんだって」


「う、うん。これはビビった。――あ、やべ……」


 券売機を前にしてから気が付いた。

 俺――今日はダンジョンへ潜れないと思って、配信機材のリース料金を先払いしてたんだ。

 つまり――手持ち金が、ない。


「……職員用のカードとか渡されませんでした?」


 ヒソヒソと、俺の背後で涼風さんがつぶやく。

 声量的せいりょうてきに、俺以外には聞こえないよう配慮はいりょしてくれてるようだ。


「あ、う、うん。これ、かな?」


 教頭からもらったカードを取り出しながら、俺も小声で返す。


「それをタッチすれば食券を買えますよ。講師役の報酬から勝手に天引てんびきしてくれるはずです」


 周りにバレないよう、涼風さんが声を潜め教えてくれる。


 この子――良い子だ。

 ごめんね。

 今時の学生っぽくて、少し苦手かもとか思ってて……。


 うん、認識を改めた!

 さりげないサポートは、開拓時だけじゃない。

 俺みたいな馴染なじむのに苦労する人の為にも発揮されている。

 おんせること無く、自然に善行ぜんこうが出来る涼風さんは――確実に良い人です!


 教わった通り買いたい食券ボタンをタッチしてから、光っている場所にカードをタッチすると――。


「――おお、これがスマート決済……。電子化でんしかかぁ」


 お金を入れてないのに、食券が出て来た。

 キャッシュレス決済時代の便利さに、ちょっと感動してしまった。

 それにしても、定食が400円って安いなぁ……。

 ずっとここで食事を食べたいぐらいだよ。


「大神先生。定食は、ここで食券を渡すんですよ。――おばちゃん、おねがいしまぁす!」


「あ、深紅さん。は、はい! すいません、お願いします!」


 厨房に居る方に食券を渡すと、代わりにトレイと割り箸を渡された。

 う~ん、流れるような作業。

 綺麗な仕事ぶり!


 どうやらトワイライトの面々全員が、食堂の食事を摂るらしい。

 それぞれに食事を受け取り、長テーブルの空いている席へと座る。

 俺に続き美尊が隣に、他の2人も対面に座った。


 あ……。

 こうしてトレイに食事を載せた状態で一緒に座ると、強く思う。


「……俺、学校でぼっちじゃない」


 なんだろう、涙が込みあげて来るぐらいに……嬉しいんですが!?

 自分が学生の時は兎に角、人外のチート扱いで避けられてたから……。


 姉御にそんな意図があったのかは知らないけど――青春のやり直し体験をさせていただき、ありがとうございます!


 それも妹と学生生活の青春やり直しだなんて……。

 こんなの、お金をいくら払っても買えない体験だからね!


「それでは――いただきます!」


「いただきます」


 手を合わせ、あらゆるものへの感謝を込めて言う。 


 そうして食事を口にすれば――少し脂っぽいけど、凄く美味しい。

 開拓者の学生用らしく、量も多いし……。

 ビックリだ。


「美味しいな……。俺への報酬にも50万払ったりと羽振はぶりが良いけどさ……。これ国の税金だよな? 本当に良いのかなぁ?」


 思わず疑問を口にしてしまう。

 ここに所属する学生の多くは、資質に目覚めたので強制的に入学させられているんだから、多少安く食事を摂っても良いだろうけど……。


 俺は――こんな福利厚生ふくりこうせいだけでなく、多額な報酬まで受け取っている。

 姉御と話した後に自宅へ届けられた書類を見て、報酬が高額過ぎてビビったよ。


「お兄ちゃん、気にしすぎ。一流開拓者なら、1回ダンジョンへ潜るだけで数百万円単位のお金を手に入れる。それと比べたら、拘束時間こうそくじかんに対しての報酬は少ない」


「いや、俺みたいな小市民しょうしみん高額債務者こうがくさいむしゃだとね……。やっぱり贅沢には慣れないよ」


「大神先生は、あのアホみたいにデタラメな借金を本当に払ってるんすか!? たしか62億でしたっけ? あれはオーナーが大神先生を手元に置く口実だったんじゃないんすか!?」


「私もそう思ってました! え、お兄ちゃん先生……。あれ、ネタじゃなかったんですか!?」


「え、あ、うん……。どう、だろね? ははっ」


 うわぁ……。

 綺麗な女子校生に囲まれて食事とか……。

 こんな鍛錬、学生時代にも経験してなかったぞぉ……。


 どもった返事しか出来ない!


「お兄ちゃんは、愛さんが返済はもう要らないと言っても、絶対に返すと宣言したらしい。私と過ごせるように整えてくれたお礼に、熨斗のしつけて返してやるって……」


「み、美尊!? なんでそれ、知ってるの!?」


 その話は、俺と姉御しか知らないはず!

 姉御が大炎上した夜――誰もいない執務室で、2人っきりでした会話内容じゃないか!


「愛さんから通話が来た。妹として兄の金の使い道を注意してくれないかって。……説得してくれと言いつつも、愛さんは凄く嬉しそうだった。だから私も、真意を悟ってお兄ちゃんを説得しなかった」


「な、成る程?」


 姉御が嬉しそうだった?

 それは、お金――武器弾薬が入るからかな?

 それとも、もっと別の理由?


「オーナーの特別……。確かに、あの別格の強さなら……。早くウチも、その域に行かないと……」


「み、深紅ちゃん? 地獄の底から這い出るような声、やめようね?」


「そ、そうっすよ! 姉御は弟弟子として可愛がってくれてるだけっすから!」


「オーナーの可愛がり……。ああ、羨ましい。負けてられない、私も1本取れるようにならなきゃ……。大神先生、早く食事を終えましょっ!」


 食べ方が汚くならない程度に、ガッガッと深紅さんは急ぎ食事を口に運びだした。


 強くなれば崇敬すうけいする姉御から可愛がられると思っているんだろうなぁ。

 姉御の可愛がりは、死と隣り合わせなんだけどね……。


 それにしても――急いでいるのに、綺麗な食べ方だ。


 マナーを勉強した今だからこそ分かるけど、三角食べを無意識にやっているようだ。


 本当に親から愛されず……虐待ぎゃくたいだけを受けてきたなら、無意識でこの動きが出来るぐらいテーブルマナー教育が滲み出る訳がない。


 食べ方には、人格形成期じんかくけいせいきに育った環境が出やすいと言われている。


 子だくさんの家庭で育てば、好きなおかずを誰かに盗られないように先に食べる。

 これは天心無影流道場で育った俺の実体験からも間違いない。


 他にも和気藹々わきあいあいとした食事をよしとする家庭なら、食べ物が口に入った状態でも会話をしやすい。


 あるいは、家族と過ごす場から逃げられない食事で強制的に虐待ぎゃくたいをされていたのなら――食卓を誰かと共にすることすら、イヤイヤになる等々などなど


 食事時の深紅さんを見る限りでは、そんな様子は認められない。


 ただ、姉御が言うように――姉御への崇敬すうけい妄信もうしん

 そして力に対する執念しゅうねんと、絶対感。


 これは少々、問題だろうと思う。


 そういう思考になるという事は――力によって絶望的な状況から救われた経験があるのは、間違いないんだろう。


「自分からアッサリ肩を外すなんて、普通の訓練で行き着く思考じゃないしな……」


 ボソリと、口をついて出てしまう。


 あんなのは天心無影流のように実戦を極めて重んじる――稽古けいこでも常在戦場。

 負ければ死もある。


 そう思わないと、絶対にやらない行動。

 むしろ怪我をするなら、素直に負けを認めて次に活かすのが当然の武術の在り方だ。


「お兄ちゃん? 自分から肩を外すって?」


「ん? ああ、深紅さんがね。組み手稽古の時に関節技を極めたんだけど……。深紅さんがそういう脱出をしたなぁ~って」


「ええ!? 深紅ちゃん、治癒魔法はちゃんとかけた!?」


「うん、平気平気! 大神先生が壊して直ぐ、治してくれたから!」


 いや、言い方ぁ!

 その通りなんだけど、自分から壊れに行ったじゃん!?


「大神先生。強くなれるなら、ドンドンとウチを壊して治して下さい! 次は関節じゃなく命がギリギリでも望む所です!」


「マジっすか?……って、ここは天心無影流道場じゃないから!」


「強くなれるなら良いんです!」


「流石に学校ではダメッスよ!……1人1人の時間も、無念な事に足りないですからね」


「ん。人を命のギリギリまで追い込むには……これ以上やったらヤバいって、個々人を見極める時間が必要。愛さんも言ってたでしょ?」


「うん、まぁ……。そうなんだけどさ! あぁ~、早くまた大神先生との授業が回って来ないかなぁ~。ウチのグループは、次は2日後かぁ……。遠いなぁ、もうっ!」


「もう、深紅ちゃんは贅沢だねぇ。そんな事を言ったら、私たちはまだだよ?」


「ん。私たち1年生グループは、明日の午前最後の予定。……今日は残念」


「クソぉ……。スーツを破くは無理でも、せめて白手袋にウチの血でも飛ばして汚そうと思ってたのになぁ……」


 食事中に会話に花が咲くのは良いけど……。

 話す内容が物騒なのは、流石は開拓者だな。

 そう思いながら、楽しい食事の時間は終わった――。



―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!


楽しかった、続きが気になる! 

という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!

ランキング影響&作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る