第13話 おはよう、地上の朝! ただいま、妹よ!

 朝に目が覚めると直ぐ、顔を洗う為に蛇口じゃぐちから水が出る。


「……かつては当たり前だと思っていた文明の力が、こんな素晴らしい物だと思うとは……。10年間も地下にいると、価値観が変わるなぁ」


 本当に感動した。

 太陽の光で部屋は明るいし、神通力じんつうりきや謎の力――魔法と発覚した力を使わなくても、身体を洗う為にシャワーが使える。

 今までは水を自分で産み出して、風魔法で渦のようにして洗っていたからなぁ。あれ、肌がゾワゾワして気持ちが悪かったんだよな。


 ――そうじゃな。わらわも陽の光を浴びてご機嫌じゃよ。……誰かさんに忘れられた事は、シャワーの水と一緒に流してやろう。


「ごめんって」


 まだプンスコとねている白星を脱衣所に置いて、シャワーを浴びる。

 お湯にボディソープ、シャンプーは偉大だ。


 なんて……色々と文明の力に驚愕きょうがくしてばかりだ。


 家具一式に家電、更には当面の生活に必要な生活用品や食料まで備えられている。

 おそらく、姉御や川鶴さんが揃えてくれたんだろう。

 本当に頭が上がらない。


 冷蔵庫に入れてあった食料をハムハムと囓りつつ、夕方まで配信やスマホ操作の勉強をして過ごす。


 川鶴さんからは、16時30分に迎えに来るとメッセージが来た。知らないアプリに戸惑ったけど、なんとか『了解です』と返せた。ついでに1つ、俺からのお願いというか要望も自力で送れたし、大満足だ。


 文明の進化って凄いね!


 そんなこんなで16時をちょっと過ぎた時――。


「――お兄ちゃん。私」


 インターホンが鳴ったので玄関ドアを開くと、そこには我が愛しの妹が立っていた。


「学生服……。そうか、成長したんだなぁ……」


 ジンワリと、涙が込みあげてくる。そうかぁ、美尊みことも女子校生かぁ~。


「最後に会ったのは6歳だから、当然。……入って良い?」


「ああ、勿論もちろん!」


 川鶴さんが来るまでの間だけど、美尊と話がしたい。

 聞きたい事も、あるしな……。


「ごめん、ペットボトルのお茶しかないんだけど……飲む?」


「要らない。お構いなく」


「いやいや、そうは行かないって」


「お兄ちゃんは借金が62億円もあるんだから。お構いなく」


「……はい」


 すいません。


 ――みじめじゃなぁ……。お兄ちゃん?


 そうですね。桁違けたちがいの借金を抱えている身で、おもてなしにお茶をご馳走ちそうなんて出来ませんよね。


 部屋には丸机、テレビ台にテレビ、後はベッドのみ。

 座布団ぐらいは欲しいな……。俺、道場には法律で行けないらしいから取りに行けないしなぁ。早く金を稼ぐか、ランクを上げてSランクダンジョンへ潜れるようにならないと。

 何時までもフローリングに美尊を座らせるのは、申し訳がない。


「それにしても……大きくなったなぁ。160センチメートルちょっとぐらいか?」


「うん。お兄ちゃんは、相変わらず大きい。180センチメートル半ば?」


「多分な。それで――……。その、聞きたい事があるんだけどさ……」


 昨日、川鶴さんはこう言っていた。


 俺のマンションは棟が違うだけで、美尊が住む場所の直ぐ傍だと。


 俺の生家であり、美尊や両親が住んでいた家は……別にここからそれ程、離れていない距離だ。

 それなのに高校生の美尊が寮暮らしをしているという事は――。


「――母さんと父さんは、死んだんだよな?」


「……うん。10年前のダンジョン災害で……」


「……そっか」


 俺は両親と一緒に暮らしていた期間は、それ程長くない。物心ついてからは、本当に短い期間だ。


 共働きだったから、俺が美尊の世話を任されていた。そんな関係で、血の繋がった家族の中では美尊と長く過ごす時間は長かったけれど、両親との思い出はさほど多くない。


 それでもやっぱり、辛いもんだな……。


「2人の遺言は、お兄ちゃんのように強く生きてって」


「え? 俺?」


「うん。……お父さんもお母さんも、お兄ちゃんは凄く才能があるって言ってた」


 それは……買いかぶり過ぎだなぁ。

 俺なんて、ジジイに見捨てられるレベルの才能しか持っていなかったんだから。


「愛さんも、お兄ちゃんが死ぬ訳がないって口癖のように言ってた」


「え? 姉御が?」


「……うん。避難所ひなんじょ仮設住宅かせつじゅうたくで暮らしている私を保護してくれた時から、ズッとそう口にしてた。『向琉あたるが死ぬ訳がない。だから君も強く生きろ』って」


「そっか……」


 それはきっと、希望を失っていた美尊をはげまそうとしてくれたんだろうな。


 母さんの親がジジイ。つまり美尊は、天心無影流宗家てんしんむえいりゅうそうけの血を継ぐ娘。


 姉御は天心無影流の師範代として、美尊を絶望から拾い上げ強く育てようとしてくれたんだろう。


「でもね、何ヶ月、何年経ってもお兄ちゃんは発見されなくて……。徐々じょじょに亡くなったんだろうなと私も認めてた。だから……才能あるお兄ちゃんの分まで、2度と身近な人をダンジョン災害で奪われないような強さが欲しいって」


「だから開拓者になったのか?」


「うん。……『冥府行きのダンジョン』は、2階層までCランクだから。私はCランク冒険者だから、適正なランクだと思ってた。……ダンジョンにイレギュラーは付きもので、正直――もう、どうしようもない状況だった」


 ああ、それはそうだろう。

 ダンジョンは――人に牙をく。しょっちゅう予想外の事や前代未聞ぜんだいみもんの事を仕掛しかけてくる。


 美尊の場合はそれが偶々たまたま、深層へと通じる転移トラップだったんだろう。


「いやぁ……。あの時、美尊を助けられて良かったよ。他の階層だったら、分からなかった」


 つくづく、凄い偶然ぐうぜんだなぁ~と思う。


 偶々たまたま俺と道場が沈んでいるダンジョンへ潜り、偶々たまたま俺の要る階層へ転移し、偶々たまたま電気の光が俺の目に映った。

 数多くの偶然がそろわなければ、俺は最後の家族を失っていただろう。偶然に大感謝だ。

 というか……確かCランク開拓者って一流の兵士に相当するんだったよね? 


 知らぬ間に俺の妹がヤバい存在になっている。


 喜べば良いのか、悲しめば良いものか……悩み所だ。

 しかも、これでアイドル活動もしているんだよね? 


 う~ん……多才だ。――うん、うちの妹は天才なのかもしれない!


 よし、喜ぼう! そして褒めちぎろう!


「あの時はね、色々とバタバタしてて言えなかったけど……」


 そう口にしながら美尊は俺の胸に飛び込み、目をうるませ胸板へ頬を擦り付けて来る。


「お兄ちゃん……。助けてくれてありがとう」


「うん、どういたしまして」


「……お帰りなさい」


「ただいま。――10年振りに、帰って来たよ」


 堰を切ったように泣き出す美尊の頭を優しく撫でる。


 美尊が泣きやむ迄、ずっとそうしているつもりだったけど――川鶴さんが来た瞬間、美尊はピタッと泣きやんでクールな表情へと変わった。


 大人になったんだなぁ、とか胸に沁みる思いを噛み締めていたんだけど……。


 インターホンをいくら鳴らしても俺が出て来ない事を不審に思った川鶴さんが、部屋へと踏み込んできた。


 そして美尊を見た瞬間、目を剥いて「兄妹とは言え、アイドルの自覚はありますか!?」と怒鳴られた。



―――――――――――

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