side 大宮愛(2)


「遅かったな、大宮ダンジョン庁長官。早く座りたまえ」


「……はっ。失礼しました」


 大宮愛の着席を待ち、この中で最も発言力が高いであろう人物が司会で――非公式の会議が始まる。


 それから始まった内容は、ひど下卑げびたものだった。

 言葉遊びで上手く覆い隠しているが……。

 何処どこにも、被災者を思いやる気持ちなどない。


「ダンジョン災害から奇跡の生還を果たしてくれた者は、国民の希望です。ですが思想が不明で危険、という声も無視は出来ません。そこで――開拓者学園かいたくしゃがくえんへ通わせながら、自衛隊の施設……市ヶ谷で保護するのが良いかと」


「いえいえ。10年分の常識が失われている者を、いきなり学園に通わせては可哀想かわいそうですよ。ここは自衛隊内で家庭教師を付けながら、その思想や戦力――その秘密を教えてもらうのが良いでしょうな」


 たくみに隠しているが、狙いは大神向琉の身柄みがらと強さの秘訣ひけつだ。

 ようは『開拓者学園と自衛隊のみと触れさせ、純粋な兵士に仕立て上げたい』。

 あるいは『洗脳教育せんのうきょういくほどこしつつ、研究のサンプルや戦力として使いたい』。


 そんな思惑おもわくが、ニヤけ面とよどんだひとみからは見え隠れしている。

 狡猾こうかつな者たちの中で、大宮愛は――。


「――大神向琉は、我が社の所属として正式に契約を結んだ。契約書もある。無視しないでいただきたいですな」


 極めて不機嫌な声で、一石いっせきとうじる。

 反吐へどるとばかりに、虫の居所が悪いのを隠しもしない。


「大宮長官。そのようなままを――」


「――私は黙れと言っている。貴様らの好きにはさせん」


 口を挟もうとする輩に――神通力じんつうりき魔力まりょくを込めた威圧いあつを放つ。

 まるで猛獣もうじゅうと同じおりに閉じ込められたと錯覚さっかくする程の恐怖。


 しかしそこは、巧妙こうみょう舌戦ぜっせんを繰り広げてきた歴戦の猛者もさたち。


「……大宮長官。口をつつしみたまえ。こと国家こっか一大事いちだいじ。君の一存いちぞんで決める事など許されん。全額免除が確定的な、荒唐無稽こうとうむけいの借金で彼を繋ぎ止めようとしても、そうはいかんぞ。そもそも、だ。彼の失踪宣告を阻止して、存命扱いにしていたのは……君の圧力があったそうではないか?」


 冷や汗をかきつつも、簡単には引き下がらない。


「ほう、それは書類上の行き違いがあったのかもしれませんな。あれだけの災害で戸籍情報から安否から何から……。全てが錯綜していた中での手続きでは、そんなヒューマンエラーが起きるのも、やむを得ないでしょうな」


「白々しい事を! これから調べを進めれば、不正は明らかになるぞ! 本来、彼が支払うべきだった税金もどうせ、後見人の君が代わりに払って存命なフリを――」


「――そもそも私の勝手な一存、と言い切れますかな? 向琉の後見人こうけんにんとして10年前に手続きを済ませてある私には、それなりの決定権があると思いますが? それに向琉が万が一、暴走した時に――自衛隊は抑えられるのか」


「な、なに?」


「Aランク開拓者でも、自衛隊や軍では手を焼く人外の存在。ましてやSランクは、戦略核せんりゃくかくにも匹敵ひってきする脅威。……先ほどの放送は見たでしょう? 向琉は、私の言うことを聞く。あれだけ理不尽りふじんな内容でも、です。初対面の皆さんで――手綱たづなを握れるのか。そう私は問うているのですよ」


「な、なめるな! 貴様のような若い者に政治の何が――」


「――その若い者が、罪の呵責から亡命ぼうめいしたら……。果たして国防力は、どうなるのでしょうな?」


「ぬ、ぐ……」


「私も国内に2人しかいないAランク開拓者。……あなた方の謀略ぼうりゃくで無理やりダンジョン庁長官などと言う座に据えられても、実力は折り紙付き。……ああ、そうそう。米国に本社を置くマルチバース社からも以前から良い話が来ているんですよ。我が社で働かないか……とね?」


 含みを持たせた大宮愛の言葉に、議会ぎかい紛糾ふんきゅうする。


「な、まさか……。本当に亡命する気か!?」


「まさか武力行使ぶりょくこうしまでするつもりではなかろうな!? あ、あれだけ従順な弟弟子を連れて……。貴様、我々を脅すつもりか!?」


 悲鳴ひめい怒号どごう罵声ばせい

 会議室に不愉快ふゆかいな声が満ちた時――。


「――黙れ、口先八丁くちさきはっちょう古狸共ふるだぬきどもが」


 声に本気の神通力を込め、威圧する。

 真冬まふゆに冷や水を浴びせられたように震える面々めんめんに、大宮愛は言葉を繋ぐ。


「どうやら、私の言葉をおどしと受け取られた方が多いご様子。……あれを」


「は、はい」


 大宮愛の激しい怒りに、顧問弁護士こもんべんごしも足を震わせている。

 それでも、その場にいる全員へと書類を配り――。


「――なっ!? 示談書じだんしょ、だと!?」


「ええ。私を脅迫罪きょうはくざいで訴えられても面倒ですから」


「こ、この金額……おく、だと!? 正気か!? あなたも、あなたも同じ額!?」


事前じぜんにこの場で起きる事を予期よきして、書類を作成していたなど……。端から、このつもりで会議に来ていたのか!?」


「馬鹿な……。ここに居る全員に、それ程の大金を?……大宮長官、あなたにとって大神向琉とは、それ程の人物だと言うのですか?」


 驚愕きょうがくに目を剥きながら言う男に、大宮愛は何も答えない。

 書類に目をやりながら、とある男は意を決して口を開く。


「……分かった。しばらくくはあなたに任せよう。だが、国民に危害を加えない保証がない。我々、公安部こうあんぶはあなた方を監視をさせていただく。それでも良いなら、この書類にサインをしよう。書類に書かれた守秘義務しゅひぎむ宥恕条項ゆうじょきてい遵守じゅんしゅは勿論。書類に書かれていない含みも、全て承諾した上で、な」


「助かります」


 愛はそれだけを言うと、全員から書類を受け取る。

 我先にと委員会室を去って行く面々の背を見送り、愛は瞳を閉じて――。


「――手段は選ばん。この役目やくめすためなら、私は悪気羅刹あっきらせつになろう。待っていろ、向琉。……直ぐに準備を整えてやる」


 次の会談相手――国内大企業の重役じゅうやくたちを待たせている場へと向かう。


 タクシーの中、愛は掲示板で自分を叩く声が更に苛烈かれつとなっているのを視て満足気に頷く。

 そして窓からダンジョンのように暗い夜闇を見やり――。


「――今夜からは、乏しくなった弾薬の調達を加速させねばな」


 司法書士とのアポイントメントもあるし、眠らせていた計画を急ピッチで稼働させねば。

 これから、寝る間も惜しい程に忙しくなる。


「シュア――いや、シャインプロを発足させた真の意義が、遂に……」


 呟くように小さくも、弾む声音が車内に響く。


「堪らんな……。血湧き肉踊っていかん」


 愛は、ドクドクと沸き立つ心臓を抑える。

 興奮に覚醒かくせいする脳をフル回転させ、次なる行動へといそしんだ――。



―――――――――――

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