第119話 握手券付き写真集? まるでアイドルじゃ……あ、そうだった

 美尊と同じ学園に通えるという事で、一も二もなくダンジョン庁からの依頼――関東開拓学園高等部かんとうかいたくがくえんこうとうぶで組み手指導をする臨時講師りんじこうしの仕事は受ける事に決めた。


 明日からの急な話だろうと、美尊がいるなら断れない!

 断れる訳がない!

 クソ、俺の心を見透みすかかして……。

 社会の上層部に居る人たちは、なんて老獪ろうかいなんだ!


「……まぁ良い。仕事をしっかりしてくれれば、兄妹が仲良く過ごすのは私の望む所でもある。登下校とうげこうや昼食などは、兄妹で一緒に出来るだろう」


「マジッすか!? 最高の報酬! 黄色い龍の情報に匹敵するレベルっすよ!」


 あの龍の情報は、目下全力もっかぜんりょくで情報収集に当たってくれているそうだ。

 流石に1日2日でなんとかなるとは思ってないし、そっちは首を長くして待つよ。


「そうか。臨時講師の詳細は、後で書面を寮に届けさせる。美尊だけでなくトワイライトとも関係を深めてくれれば、以前話していた再契約さいけいやくへの前提条件ぜんていじょうけんそろう。仲良くしてやってくれ」


「仲良く出来るか不安なのは、俺の方なんですけどね? 女子校生とか、別の生き物みたいですもん。……正直、モンスターより恐ろしいっすよ」


 天井を仰ぎつつも、姉御は反論はんろんをしてこない。


 姉御も、いい歳だからなぁ……。

 俺と同じような感情を抱いた経験もあるんだろう。


「そこは……上手く行くよう、トワイライトや高等部に通う開拓者へ私からもメッセージを送っておこう。……あと2つの仕事――こちらは、シャインプロでの開拓配信者関連だな」


 開拓配信者関連の仕事って、何だろう?

 今まであったのは……公式イメージソングの作成ぐらい?


「地底人チャンネル登録者数50万人突破のお礼に、写真集の発売と握手権付あくしゅけんつ即売会そくばいかいをしようと思う」


「しゃ、写真集!? 握手権付き!?」


 ナニソレ!?

 まるでアイドル――あ、俺……アイドル売りしている開拓配信者だった。

 色々とあって、すっかり忘れていたよ。


「うむ。本来なら登録者限定参加可能なシャインプロ、ハロウィンフェスへ向琉が参加表明などでも良かったのだが……。フェスはもう来週末。歌は……流石に間に合わんだろう?」


 姉御が気を遣うように尋ねてくる。


 なんだろう、普段優しくしない人がする優しさって……心に来るよね?

 決めつけない優しさは感じるんですけどね、ザクザクと心をえぐりますよ。


 でも――俺の歌が兵器なのは事実だ。

 俺の歌は……Cランクモンスター程度なら、余裕で倒せるレベルなんだから。


 涙なんて流してないからね!

 クリスマス、お正月……。

 い、いや……。

 来年の夏フェスとかには、間に合うように頑張るもん!


「分かりました! 写真集に即売会そくばいかい、引き受けます! それで、いつやる仕事なんすか!?」


「調整は最終段階なんだが――出来れば明日だ」


「明日!?」


 なんでこう、姉御が持って来る仕事は全てが急なアポイントメントなのかな!?

 ビックリなんだけど!


丁度明日ちょうどあす、うちの所属アイドルたちが宣材写真せんざいしゃしんを撮る為、優秀ゆうしゅうなスタッフを抑えてあるのだ。そこにねじ込む。……写真集を出す事だけは、イメージソング同様に遙か前から決めていたからな。他にも動かしている向琉関連の企画は多い」


「マジッすか……。姉御、どんだけ俺が売れると信じ込んでくれてたんすか」


 それって、地上に上がった初期だよね?

 割増料金わりましりょうきんでアポイントメントまで取って、無理も言って……。

 姉御の言う武器弾薬――お金と権力を存分に振るうなぁ~。


「出版社にも正式に依頼はしてあるが……。流石に、写真のデッドラインは明日だそうだ。……週末のフェスで、握手付き即売会を絶対にやらせたい。ファンからの生の応援の声を向琉に聴かせてやりたいし……。登録者50万人をかつてない速度で突破した破竹はちくいきおいのタレントが、スタッフやバックダンサーだけをしているなど。事務所として有り得んからな」


「な、成る程……。バックダンサーとか良いな~っって思いますけどね!」


「本来は、その可能性も考慮に入れていたが……。メインを喰うバックダンサーは、ダメだ」


「お、おおう……。ま、まあ良いですけど! 俺も客席からトワイライトの……美尊のライブを見たいですからね! 後ろ姿じゃなくて!」


「……分かった。関係者席を確保しておこう。その様子なら問題ないとは思うが、改めてシャインプロとして頼みたい仕事は2つ。写真撮影とフェスでの即売会。そしてコンサート後のトワイライト会場の警備だ」


 え、警備?

 トワイライト自体が高ランクの開拓者なのに?


 あ……成る程。

 列整理れつせいりの仕事も、警備員扱いなのかな?


「向琉には変装へんそうをした上で、何時いつでも戦闘が可能なように待機してもらいたい」


「戦闘? 列整備とかじゃないんすか?」


「それはアルバイトや事務所スタッフがやる。……旭プロの仕返し。これが怖い」


「な、成る程……。握手券付きを外せば、危険も減るのでは?」


「私たちもそうしたいのだがな……。イベント運営は、シャインプロだけで行うものではない。既に決まっていたイベントを消すとなれば、イベント会社やプロモーター、スポンサーの説得が必要になる。……違約金を払ってでも中止にしたいのだが、金の問題では無く、信用の問題だと聴かんのだ」


 大人の世界って、本当に大変だなぁ……。

 大きなイベントだと、沢山の人が動くだろうしね。


「現状では犯行声明が出ている訳でもなく、スタンピード後の反応を見たこちらの憶測だからな……。1週間前になって急にプログラム変更は出来んと言われたら、あちらの方が筋が通った言い分だ」


「それはそうなんでしょうけど……。妙な話ですね? 俺の握手券付き写真集発売は、すんなりねじ込めたのに」


「それは向琉が地上に上がって来た時から、時間と会場は抑えてあった。何をやらせるかまでは、未定だったがな」


 偶に思うんだけどさ……。


 姉御、俺への期待値がエグくないかな?

 当時は『人類の脅威』と言われてた俺だよ?

 そんな奴を信じ込んで、色々と企画を動かすとか……。

 依怙贔屓えこひいきが凄い。


「そ、そうなんすね……。ちなみに襲撃犯で最悪の場合はなんですか? 万全を期す為にも、最悪に備えておきたいので!」


「可能性は限りなく低いとは思うが――羅針盤らしんばん。もしくは、それに準じる戦闘力や狡猾こうかつな罠を仕掛けられれば……トワイライトでもダメージを負う可能性はある。……それに、これ以上は深紅みくに心理的ダメージを与えたくない」


 そっか……。

 今回のスタンピードの一件、旭プロとしてはを飲まされた形だろう。自業自得じごうじとくだけど。

 それで怒り狂った社長副社長――旭柊馬あさひしゅうまや、旭鹿奈あさひかながアホな暴走をしでかさないとも限らない……のかな?


「でも……深紅さんは社長にとって実の子供、ですよね? そこまで非道ひどう真似まねをしますか?」


「以前も言っただろう? 深紅は現在17歳。……親権しんけんというカードを強く主張できる成人年齢の期限まで残り1年を切った今年は――強引な手口に出る可能性もある」


 それなら……反省して話し合えば良いのに。

 姉御が過去にどんなやり方をしたのか、詳細は旭深紅さんの許可が無いと説明してはもらえない。


 それでも強引に娘を取り返して――気持ちまで奪えるとは、到底とうてい思えないんだけどなぁ……。


「旭プロはスタンピードの件で突き上げを喰らっているからな。それがどの程度かは、分からん。だが冷静な判断が出来なくなるぐらい、ギルドや世間……内部で責められている可能性もあり得る」


「成る程……。追いこまれて暴走する危険がある、と?」


「そうだ。武術と同じだよ。――止めの一撃は、最も隙が生じやすい。……窮鼠きゅうそねこむとも言う。今は最大の注意を払いたいのだ。向琉へ無理強いは出来ないがな」


 そっか。

 色々な背後関係が重なった結果、冷静な判断を下せなくなっている可能性も考えられる。

 高くない可能性でも……無視は出来ないって事か。


 この厄介な仕事を敢えて俺に回すのは――姉御は俺なら、何かされても、どうにか出来ると信じてくれていると言う証だと思う。


「分かりました! 姉御の信頼に応えられるように警備しますよ~!」


「うむ。未然みぜんに防げるのが1番だが……。何かが起きていないで、証拠不十分しょうこふじゅうぶんでは……な。片手落かたておちのぬるさばきしか下せない事もある。しかし一大事いちだいじに至らせては行けない、非常に難しい塩梅あんばいだ。……向琉なら出来ると、私は信じている」


 うわぁ……。

 信頼が重いなぁ。


 でも、大好きで大切な人たちからの信頼なら――応えたい!

 それが人情というもの!


 臨時講師、写真撮影に握手会、警備!

 やってやりますよ~!



―――――――――――

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