第54話 開拓者アイドルって何?

偶像ぐうぞう……って、あこがれや尊敬そんけいあつめるって事ですか?」


「そうです。人外魔境じんがいまきょうと呼ばれるSランクダンジョンから生還せいかんし、今も借金に負けず明るく生きている大神さんを、少なくとも私は尊敬しています。これがオーナーが演出した姿だとしても、頑張っているのは事実です。……アイドルとしてして応援したくなる程の魅力を、大神さんに感じます。私はオーナーから寵愛ちょうあいを受けるだけの素養そようを持つ大神さんに憧れ、嫉妬しているんですよ」


 中盤ちゅうばんまで感動的かんどうてきだったのに、後半はなんか違う気がする!

 でも……そうか。

 視聴者の皆が俺を尊敬してくれているかは別として――なんらかの魅力みりょくを感じてくれているから、配信を追ってくれているんだろう。


「世の中、学校だろうと社会だろうと……現実はストレス社会です。アイドルとは――夜空のように暗いストレス社会で、人々にきらめくゆめを見せる星のような存在です。……そもそも、エンタメとは人を楽しませてストレスを発奮させる為のものですよ。アイドルも、その一要素です。私もオーナーも、大神さんの深い闇でも煌めきを失わない……。いえ、ダンジョンの深い闇でも鮮明せんめいに明るい光を放ち続け、隕石いんせきのようにさかってきた大神さんなら……アイドルとして、人々を興奮こうふんうずへ引き込めると信じているんです」


「川鶴さん……」


 そうか……。

 自分が魔力まりょく神通力じんつうりきらさない限り、何も見えないような闇が広がるダンジョン。

 そこで俺は――ずっと、命の灯火ともしびやし続けてきた。

 そんな俺なら……地下深くで生き抜いた俺なら、他のアイドルとは一風いっぷう違った――俺だけのアイドルの形を見せられるのかもしれない。

 それが人に愛され、人の世で生きる事に繋がるのならば――。


「――分かりました。……俺、歌ってみます」


 苦手も、いつかは克服しなければいけない。

 それが今――やって来ただけだ。


「ありがとうございます。それでは、カラオケに移動しましょう。実際に歌を聞いてもらってから会議をした方が会議もはかどると思いますので」


「はい!」


 俺はつようなずき、川鶴さんと共に車へと乗り込む。

 苦手意識を克服こくふくし、アイドルとして楽曲を出す為――カラオケに挑む!


 そうしてカラオケへと到着し、今回一緒に楽曲作りをしてくれる人たちへ、リモートで挨拶をしてから――実際に歌った。

 魂を込め、気持ちを音に乗せ、腹から全力で声を出して――。


「――川鶴さん、生きていますか?」


 返事がない。

 いや、それどころか……リモート会議で繋がっていた方々も全員が伏せている。

 ドッキリ?

 俺が全力で歌い始めてすぐ、皆がこんな感じになってしまった。


「大神、さん……。声、大きいですね」


 かすれた声をしぼり出すように、川鶴さんが弱々よわよわしい笑みで口を開いた。


「はい! 音痴おんちでも、せめて声だけは出して行こうと気合いを入れました!」


「……全部、私が悪かったです。本当に失礼だとは思うんですが――今回は、今日中に曲を完成させなければいけないんです」


「え!? 今日中!? 俺の歌で、行けますか!?」


「……ごめんなさい。今回は、無理です。すいません、私があさはかで、間違っていました……。10年間も音楽に触れていなかったのに、軽々けいけいに物事を見ていました……。のうふるえる歌は、今後ゆっくりとボイトレしてもらいましょう? 大丈夫です、苦手は克服こくふくしていけば良い。……肝心かんじんなのはスタート位置じゃない、最後どこに居るかなんですから。私も地獄までおともしますからね」


「……ハイ」


 だから言ったじゃん! 

 俺、歌が苦手だって!

 そりゃ音程おんていバーに1個もかすらなかったり、超音波のようにずっとハウリングしてる時点で、なんかヤバいな~とは思ったよ? 

 でもハウリング音に負けないぐらい、気合いを込めて大声を出したのに!


「――え? あ、分かりました。では皆さん、その方向でよろしいでしょうか?……それでは、直ぐにおうかがいしますね」


 リモート先から音声が返ってきた。


 話の流れとしては――歌は今回ボーカロイドに任せてセリフパートを多めに入れ、そこを俺が担当するという流れになったようだ。


 元々、姉御にこのような事態も可能性としてはあると言われていたから、セリフを多分に取り入れて楽曲として成立させる原案は出来ていたようで……。

 これからボイトレでセリフ部分だけを猛特訓もうとっくんし、収録。

 ボイス音声を組み込んで――曲は完成。

 今夜の配信で、イメージソングのお披露目ひろめとなるそうだ。


「大丈夫ですよ、大神さん。演技力は、最初にミノタウロスへと挑んだ時に見てますから。素晴らしい演技力でした。……気合いを入れすぎて大声を出し過ぎなければ、きっと上手く行きます」


 ミノタウロス戦の演技って……。ああ、俺が白熱する戦いを演出しようとしたやつか。

 成る程、演技は……人前ひとまえ仮面かめんかぶる事が多かったから、自ずと身についていたのかもしれない。


「さぁ、ボイトレスタジオへと移動しましょう。ふひっ……新勤務形態初日しんきんむけいたいしょにちから残業確定ざんぎょうかくてい上等じょうとうですよ、大歓迎だいかんせいです! 担当の為にやるべき時にサポートせずして、何がマネージャーですか!」


 平衡感覚へいこうかんかくがヤられたのか、ガツンと机にぶつかりながらも――川鶴さんは床をみしめ、平気な素振りをしている。

 中学時代の同級生は……俺が歌い出すなり、部屋から逃走した。


 それでも川鶴さんは――最後まで、部屋に残っていてくれていた。……それだけでも、なんだか嬉しい。


 今だってマネージャーとして、現実的な解決案を考えてくれている。

 脚が震えているけど……。そんな素振りを見せたら失礼だと思っているのか、グッと力を込め歩こうとしているのが、歩行様式ほこうようしきから読み取れる。


「分かりました! 全力で頑張ります!」


 こんなに頑張ってくれるマネージャーが居るなら、俺は全力で応えたい!

 それから配信の直前までボイストレーナーに猛特訓してもらった。

 地上に上がってからわずか4日という驚愕きょうがくのスピードで、俺のイメージソングは完成した――。



―――――――――――

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