第125話 ぶら下げたエサ

「パソコンが苦手でもAIとのボイスチャットで詳細しょうさいを詰めて行く事も可能ですよ。こちらの端末をご利用ください」


「あ、ありがとうございます……」


 最先端技術がインストールされているだろうタブレット端末を教頭から手渡される。


 いざ鍛錬場たんれんじょうに来たは良いけど……。

 まだイメージが湧かない。


 時間を無駄にはしたくないから、最善の訓練プログラムを組みたいんだけどな……。

 実際に生徒を見ないことには、指導も何もない。


「現状のプログラムでは、最初の30分で事前に聴取ちょうしゅした成績上位希望者せいせきじょういきぼうしゃ指導組しどうく。3分ずつを10人でお願いします。残りの20分間で全体練習といった流れですな。教諭きょうゆが3人補助に付き、必要な訓練用武具くんれんようぶぐなども全て用意済みです。一定いっていまでの魔力攻撃を身代わりしてくれる高価なマジックアイテムも200個ほどありますよ。魔力を込めれば何度も利用出来るので、重宝ちょうほうしていますな」


「それは、ありがたい……。俺との指導組み手は真剣でやらせるつもりですが、他は刃引はびきしたり魔法耐性アーマーを身に着けて安全確保あんぜんかくほしたいですからね」


 実戦練習はさせたいけど、人数の多さから……もしもの事故、という可能性もある。

 目を光らせておくつもりだし、仮にも教諭が3人もいれば治癒魔法が間に合わないオーバーアタックになる事故だって防げるだろう。

 2重3重に安全への備えはしておくべきだ。

 俺の身が危険になるだけ、とかじゃないからね。


「それでは生徒には装備を整えた状態で集合させるとして……。大神先生はどうしますかな? 普段は私服でダンジョンへ潜られているようですが、せめて道着服をご用意しましょうか?」


「あ、いえ! その……お、俺はこのままで! スーツの方が集団では目立つでしょうし、平気ですから!」


「い、良いのですかな? 汚れが付く……いえ、破れでもしたら大変でしょうに!?」


 驚いたのかは分からないけど、教頭が顔を寄せながらたずねて来る。


 うう……。

 居心地が悪い。

 パーソナルスペースと言うか……。

 人に踏み込まれると居心地が悪くなる距離が、俺は広いのかな?


「そ、その……。大丈夫です。生徒を燃え上がらせたいので一工夫をと……。これもしますから」


「それは……白い手袋、ですかな?」


「え、ええ。こ、これを汚すとか……スーツを痛めるぐらいの攻撃をしたら、後日に姉御からのマンツーマン指導権を与えようと……。それぐらいの褒美は考えてまして」


 教頭は口をあんぐりと開け、驚愕をあらわにしている。


 無茶だったかな?

 馬の前に人参にんじんじゃないけど……。

 超実力者とのマンツーマン指導というエサをぶら下げれば、よりやる気も出て楽しいかな~って。

 そう思ったんだけど……。


「お、大神先生に任せるのがダンジョン庁やギルドとの約束ですので……。しかし多忙な長官の権利を、本当に良いのですかな?」


「だ、大丈夫です!」


 もし万が一……俺の白手袋やスーツを汚すぐらいの手練てだれがいたら、姉御も喜ぶはずだ。

 寝る間を削ってでも、嬉々として指導に当たってくれるだろう。


 むしろ――ご褒美のようで、罰ゲームかもしれない。

 俺に指導する姉御と同じなら――強さと引き換えに、トラウマを植え付けられるだろうからね。


「分かりました……。そのむね、直ぐに全校生徒へと伝えさせていただきます」


 教頭先生はそう言うと、自分のタブレット端末と何度か会話をしている。

 そうして、しばらくすると――。


「――お、連絡が……。凄いなぁ、AI……」


 学内全体グループと言う所にメッセージが飛んで来た。

 俺が口にしたご褒美、授業に参加する時の準備などが記載されている。


 下手な人間より賢く、仕事が早い……。

 少なくとも半端にパソコンを勉強している程度の俺より余程、効率が良い。


「生徒が到着しましたな」


「つ、遂に……」


 礼をしながら次々と生徒が入館しては準備室へと駆け、消えて行く。

 人数の多さからだらけたり準備に手間取って指導時間が減るかもと思ったけど……。


 始業5分前には到着し、キビキビした動きで整列していく。

 150名が、統率とうそつされた動きで並ぶ様は――壮観そうかんだ。


 流石は特殊予備自衛官とくしゅよびじえいかん……。

 いや、開拓者コースとして命を賭けながら日々、己を高めている生徒たちと言った所か?


 イジメとかは心配ないって、誰かが俺の配信枠で言ってくれてたけど……。

 どうやら、本当に心配は無さそう。

 良かったぁ~……。


 そんな事を考えながら、整列していく生徒を眺めていると――。


「――深紅さん……」


 朝も見た少女が混じっている事に気が付いた。


旭深紅あさひみくさんですかな? AIによると、本人の強い希望で開拓者実技に関しては特別に飛び級……3年生に混じって居るようですな。AIが異例を認めるだけの実力もある、という事でしょう」


 女子校生――17歳にして、単独Bランクの開拓者だしな。

 本人の強い希望があったにしろ、だ。

 マルチバース社製の優秀なAIも特例を許可をする抜けた実力があるのか。


 俺を見詰める表情には、朝のなごやかな様子など欠片かけらもない。

 小柄こがらな身体から、ここまで届く闘志をビシビシとぶつけてくる。


 その闘志に誘われるように、俺は深紅さんの元へ思わず歩みを進める。

 そうして彼女の目の前に立ち――。


「――良い闘気ですね」


 そう、声をかける。

 俺の指導に対して、それ程の期待と気合いを持ってくれるとは――光栄だ。

 姉御から聞いてる家庭内暴力を受けていた者に特有の性格――負けたら全てを奪われる。不安に襲われ、楽しめない。


 そんな特徴を考慮こうりょしつつも、どう指導したものかな~と思索しさくを巡らせる。

 ここまでの気合いを抱いて教えを請う人の期待には、絶対に応えたい――。


「――はい。大神先生の服や手袋に汚れを付ければ、かみごときオーナーからマンツーマン指導を受けられる。命を賭けるには、十分な理由です」


 ガクッと、膝が折れるほどに力が抜けた。


 うん、そう言えば……この子は、姉御を崇敬すうけいしているんだったね?

 なんだろう。

 エサをぶら下げた張本人ちょうほんにんだから、狙い通りではあるんだけど……。


 若干――複雑な気分ですよぉおおお!


―――――――――――

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