第132話 あったかもしれない日常をフィルムに焼き付けろ

 そうして写真集用の写真を撮り進めて行く。


「はい、次は窓際まどぎわから外を見詰めて!……アンニュイな表情の写真は足りてます。朝陽あさひを浴びて気持ち良さそうに!」


「は、はい!」


「前髪をげてみましょうか」


 か、髪を?

 成る程、よく片手で髪を掻き上げてる写真あるな!


 バッと、前髪を掻き分ける動きをすると――室内にかぜきた。


 俺の上や後ろにある道具……倒れたような音がするんですが?

 また、やっちまった?


「ね、寝起き感を出します! 上の衣装、はだけて」


 カメラマンさんの声に、衣装を担当していたスタッフさんが走り寄り、上着をはだけさせてくれる。


 だらしないと言うか……。

 確かに、寝起きの感じはある!

 胸板とか腹筋とか……肌がチラチラと見えてるし!


「はい。そのまま気だるげな表情で、ゆっくりと前髪を掻き分けて!」


 ゆっくりね、うん。

 突風とっぷう警戒けいかいしているのか、スタッフが張り詰めている雰囲気が伝わって来た。


「はい、オッケー! メイク直しと衣装チェンジお願いします」


 その声に、またババッと人が寄って来る。

 更衣室へと歩きながらも、横を歩き、くしを使って髪を直してくれる。


 しかし、カメラマンさんも流石はプロだ。

 不機嫌さをにじませないように努力はしているんだろうけど……。


 こんな時、武術をしていた弊害へいがいが出る。

 この場のスタッフも、だけど……。


 やっぱり、急にねじ込まれた仕事とあって――いや、俺の手際の悪さも拍車はくしゃをかけているんだろう。

 動きや口調の端々はしばしに、何処か不満や不服さが感じ取れた。


「どうして俺という奴はこう……。格好良い2枚目キャラでなく、お笑い担当の3枚目キャラから抜けられないんだろうか!?」


 急なスケジュールのねじ込みは、もうどうにもならない。

 でも俺が被写体としてのポーズで戸惑い、現在進行系でイライラとさせているのは――何とか出来るはずだ。

 撮影に慣れてないなど、良い訳にならない。


「ん? キャラ……役。――そうか! 俺らしく自然にすると3枚目になってしまうなら――演技だ!」


 役だ。

 役になりきろう。

 俺は――大神向琉という2枚目イケメンアイドルを演じるんだ!


 演技は学生時代から日常的にやって来た。

 こうすれば格好良いだろう。

 周りに良く見えるだろう。

 それらを全て――やってみせる。


「――撮影再開します。続いてキッチンでのシーン……。お?」


 キッチンと言えば、料理。

 だが食材などの小道具は無い。

 それなら、カメラマンさんが求めているのは――これだろう。


「はい、オッケー!」


 おそらく、キッチンからダイニングの方――カメラがある方には、家族が居るんだ。

 そうして何か食べたいもの、飲みたいものは無いか俺は聞いている。


 そう思いながら、カメラマンの向こうにいる美尊を見詰めると――カメラマンさんの声が弾んできた。


 現場のテンポ、ピッチも上がって来ているようだ。


「小道具使いましょうか。コーヒーカップとマドラー。後、長袖の裾を7分丈ぐらいまでまくり上げて。エプロンもね!」


 カメラマンさんの声で小道具の人がササッとコーヒーが入ったカップを用意してくれる。


 熱々あつあつ湯気ゆげが入ったそれは、1つだけ。

 要らないと断られたのか?

 いや、違う。

 自分1人なら――エプロンまで着け、マドラーで丁寧に仕上げようとは思わない。

 カップだって……これは知っているブランド品だ。


 確か――ミントンというブランド。

 古城こじょう壁掛かべかけと言う名が付いたそれは――可愛くて女性受けが良い一品とマナー講座で聞いた事がある。


 つまり――。


「――はいオッケー! コーヒーカップ2つ目を用意して!」


 やはりだ!

 カメラの奥には――大切な異性がいる設定なんだ!


 その人に可愛いカップで、キチンと作った一杯を用意していたんだろう。

 そして今度は、コーヒーカップが2つ来た。


 それなら次は――愛しい人が喜んでくれるとワクワクしながら、相手の元へ運ぶシーンだろう。


 カメラの奥に居る美尊を見詰めながら、湯気を立てるカップをゆっくり大切に運ぶ。


「良いね、幸せそうで良い笑顔だよ~。次、ダイニングテーブルに座って!……美尊ちゃん、俺の後ろに来てくれる?」


「え、私? 良いんですか?」


「そう、その方が視線合わせやすいでしょう。――はい、続けます!」


 流石はプロのカメラマンさんだ。


 俺が――カメラを見るふりをして、後ろに立ってくれていた美尊を見ていた事に気が付いたのだろう。

 演技をするにしても――目の前に愛おしい人、その張本人がいれば、よりリアルに近付く。


 多少、行儀が悪く肘を突いてリラックスした仕草から、格好良く見られたいとテーブルマナーを意識した仕草まで。


 段々と、ストップや細かい指示も減って……波に乗ってきた気がするぞ!


 そうして次々に撮影は進んで行き――。


「――はい、スタジオ移動します。次、道場のスタジオね!」


 撮影スタジオそのものを別の場所へ変えるという事で、大移動が開始された。

 のんびり歩いている人など、何処にもいない。


「お兄ちゃん、良い感じ」


「美尊、ありがとね」


 微笑みながら近寄って来た美尊と一緒に、俺と川鶴さんは車に乗って移動する。


 それにしても、道場か……。

 大がかりな移動と、撮影機材の再準備。


 そんな手間暇てまひまをかけても、どうしても初めての写真集に入れたいと依頼したのは――おそらく姉御だろう。


 天心無影流師範代てんしんむえいりゅうしはんだいとして、どうしても外せないものなのか。


 あるいは――俺という開拓者アイドルの魅力をファンに伝える為、絶対に外さず伝えたいルーツだったのかもしれない。



―――――――――――

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