第127話 何時燃え尽きるとも分からぬ業火

 油断の無い――その代わり気負いが強く、追い込まれた瞳だ。


 燃えるような炎を宿す瞳と言うと、聞こえは良い。

 だが燃えるようなそれは同時に――燃え尽きる運命を物語っているものだ。


 生涯に渡り燃え続けるものなど……存在しないのだから。


 適した時に業火ごうかのように燃え盛り、そうでない時は喜色きしょくに染まってるぐらいが丁度良い。

 あの姉御でさえ本気で戦う時ほど――瞳の奥で闘志とうしを燃やしつつも、それをおおかくすように冷静に行動しているのだ。


 他者に直ぐ分かる程の燃えた瞳と言うのは、自己記録に挑むようなスポーツなら良いかもしれない。

 でも駆け引きを要する格闘術や、戦闘においては――。


「始め!」


「ハァッ!」


「――分かりやすい。誘いやすい……ですね」


 駆け引きが行いやすいものなのだ。


 それとなく、わざとだとバレない程度に隙を見せれば――情熱と闘志の炎にがれた者は、床に敷かれた油を辿るように真っ直ぐ食いついてくる。


 片手剣を受け流した俺は、深紅さんの背後に回る。

 避けられたのを認め、サッとコチラへ身をひるがえすのは素早いが――。


「――ぐぅッ!?」


 俺は足を払って深紅さんを床に叩き伏せ、肩から腕にかけての関節技を決める。

 うつ伏せで藻掻もがく深紅さんの背中から俺の押し当て、呼吸も難しいぐらいに押さえ込んだ。


かわされ体勢的たいせいてきに不利と判断したなら、思い切って相手の間合いから飛び退くぐらいの思い切りが必要でしたね」


「……ぐっ! がぁあああッ!」


「敗北を認めて下さい。この関節技から脱出するには――」


「――ぐっ! ぁあああッ!」


「なっ!?」


 関節を外す必要がある。


 そう忠告ちゅうこくする前に――彼女は激痛もいとわずに、『ゴリッ』と鈍い音が響く。


 躊躇無ちゅうちょなく――自らの肩関節を外して脱出を図った。


 そんな事……人としてのリミッターが外れた人間じゃなければ出来ない。

 痛みってのは、人を危険域に至らせない防御装置だ。


 脱臼の痛みは――上腕骨頭じょうわんこっとう球蓋きゅうがいから外れそうになる時の靱帯じたんい関節包かんせつほうが痛みからあげる悲鳴は――かなりキツイ。


 それを完全に無視するなんて……。

 髪色、瞳のように――苛烈な業火のような人だな……。

 ブレーキなんてない、留まることをしらない雷火のようだ……。


 でも――まだまだ荒い。


「――ぁ……」


「腕の上がらない側から、首への手刀。これで一本です」


「……参り、ました」


 ガクッと、深紅さんは床に崩れ落ちる。

 俺は彼女の外れた肩関節をゴキンっと元の位置へ戻し、治癒魔法をかける。

 戻す時も激痛だろうに……。


 僅かに顔をしかめる程度に収める彼女は――やはり、人に弱さを見せるのを怖れている。

 負けて何もかもを失うのに、強い不安を感じているんだと思う。


 この負けず嫌いな頑張り屋を、なんとかしてあげたいな……。


「燃えるような執念しゅうねん、お見事です。……ですが弱味をさらけ出したまま、通常の戦闘を継続しようと思ってはダメっすよ。炎を内側に止め、弱味に相手が飛びつくように罠を張る。或いは1度距離を取ることに専念し、普通に戦えるように体勢を整える冷静さも必要です」


「冷静さ……」


「そうです。溢れんばかりの情熱、怒りなど……。短絡的にならないよう、押し込んで冷静になること。それが深紅さんには今、1番必要な能力だと思いますね」


「……オーナーと同じ指導を、ウチにするんすね」


「え? 姉御と?」


「……いえ。ありがとうございました! 素直に受け入れ、改善に努めたいと思います!」


「あ、いえ……。ありがとうございました」


 礼をして去る深紅さんに、俺も礼を返す。

 己の弱さを受け入れる。


 それは――深紅さんにとって、1番大変な課題でしょうねぇ……。


 特に戦闘中は理性ではなく、深層心理や身に染みついた行動を取る。

 そこから修正するのは、困難を伴う。


 姉御も同じ事に悩んでいるんだろうなぁ。

 こればっかりは、数をこなして心身に染みこませるしかない課題。


 だけど、その課題――己の弱さから来る怒りや炎を認めれば……。

 アイデンティティーを崩されるかもしれない、と。


 ここに来て彼女の育った家庭事情の枷が重くなっている、とも言えるか。


「――さて、それでは全体練習に移ります! 皆さん流石は中等部から戦闘を学び、ダンジョンへ潜って努力しただけありますね! 基礎はかなり出来てます。致命的に足りないのは、形稽古かたげいこを超えた実戦数の少なさと駆け引きです」


 生徒たちは、黙って俺の分析を聞き入れている。


 うわぁ……。

 真剣なのは分かるけど、空気が重い。

 視線の集中が――キツイってぇえええ!


「そ、それでは――順々じゅんじゅんにズレて実戦を行っていきましょう! 残り20分間、只管ひたすらに2分10セットで訓練用装備を用いて戦い続けて下さい!」


「全員、2人組で対面に並べ! しっかり間隔かんかくを取れよ!」


「はい!」


「教諭3人と一緒に、俺も指導して周ります。……あとたまにイレギュラー攻撃で追い込むので、目の前だけが戦場だと思わないでくださいね!」


 教諭に指示され、生徒たちがササッと散らばる。


 未だ悔しさに歯を食いしばっているのか、口の端から血を流しつつも――深紅さんは冷静を心がけているいるようだった。


 追われ、不安と恐怖を感じつつも――乗り越えようとしている。


 そんな彼女がとどめの一撃いちげきと大ぶりで隙を見せた時――離れた所から威力いりょくの弱い魔法攻撃を、俺は叩き込む。

 冷静になれと、言外ごんがいに告げて。


 反省と悔しさで余計に燃える深紅さんは――その後4回、俺の不意打ち攻撃で床へと沈んだ。


 うん。

 努力する気持ちは買うけど……命がかかっているからね?


 殺すつもりで鍛え上げてくれって、高額スパチャで本人から頼まれてるのもあるからなぁ~。

 それ程、容赦ようしゃはしないよ?

 こんなの姉御のマンツーマン特訓に比べたら、優しい準備運動未満だけどさ。


 メラメラと燃える深紅さんの闘気を感じつつも――1組目の指導授業が無事に終了した。


 やっと1時間目が終わりかぁ……。

 もっと指導したい……いや、するべき人だらけだった。

 思ったより、タフで忙しい仕事になりそうだなぁ……。



―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!


楽しかった、続きが気になる! 

という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!

ランキング影響&作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る