第112話 日光Aランクダンジョン。だが――……

 東京から直線距離にして約120キロメートル。


 風魔法で追い風も使い、全速力で駆け抜け15分近くをついやし、栃木県日光市とちぎけんにっこうしにあるダンジョンへとやって来た。


 ギルドの建物を囲うように、Cランクダンジョンとは比較にならない数の自衛隊が配備されている。

 装備、人数。

 これから紛争地帯ふんそうちたいにでも乗り込むのかという様相だ。


「すいません、開拓者の大神向琉です! 通して下さい!」


「君は……」


 自衛隊の指揮官らしき人は、俺の顔を見て少し目をいた。

 そして厳しい訓練を耐えきったであろう事がうかがえる、いかめしい眼光を向けて来る。


特殊予備自衛官とくしゅよびじえいかん、大神向琉。貴殿の事は情報担当の2科より聞き及んでいる」


「え、俺の事を?」


「ええ。我々は、国防の要。即ち国家国民を守る者。貴殿が善良な人格を持ち合わせていると後に発覚したが、それ以前に強力無比な武力を持つが故に、無礼はお許し願いたい」


「あ、はい……」


 俺や姉御が公安に尾行されていたのは知っていた。

 だけど……陸上自衛隊さんにまで監視されてたの?


 いや……。

 昔読んだ本にも書いてあった。


 日本という国は、第一次世界大戦の頃までは下に行くほど優秀であった、と。

 上は姉御から聞いたように支持率や責任所在ばかりを気にして、現実的に避難すらさせられない人が多いのかもしれないけど……。


 現場を知る真面目な人は、優秀で危機管理意識が高いのかもしれない。

 俺だって、何も情報が無ければ危険な存在だった訳だしね。


「その、ここを通していただけませんでしょうか? 俺はこのダンジョン内に用がありまして……」


「君の配属はここではない。命令違反は規律きりつみだす」


 規律に忠実な自衛隊員の猛者らしく、正論を告げた。


 見れば緑の迷彩服、その左胸にはダイヤモンド色の月桂冠徽章げっけいかんきしょう――通称、レンジャー徽章が縫い付けられている。

 勝利、堅固な意志の象徴に相応しい立派な在り方だ。


 確かに指揮官の指示に従わずに動けば、現場はグチャグチャで指揮系統も何もあったものじゃないだろう。


 でも――特殊予備自衛官とは言え、俺は別に自衛隊で訓練を受けていた訳ではない。


 例えるなら、御国おくにの為にその身を捧げる自衛官や軍隊は――騎士。

 己の矜持きょうじにその身を捧げる俺は――武士だ。


 死に場所、死に方……それを翻して言えば、どう生きてどう死ぬかは己で決める。


「自分の持ち場は、無事に役目を終えました。その上で俺は、大恩ある姉御の援護をさせてもらいます!」


「許可出来ない。君はAランクダンジョンへと入る資格もない。見事お役目を終えたのであれば、その身を休ませ次の指示に備えなさい」


「お断りします」


「君は半民間人だ。不必要な危険には晒せない。我々自衛隊こそが国家国民を守る盾にして刃にならねばならない。理解してくれ」


 自衛隊員の誇りなのだろうか。

 俺みたいに半分モンスター扱いをされている人間を、守るべき国民と言ってくれるとは……。

 嬉しいなぁ……。


 でも――。


「――俺は天心無影流宗家てんしんむえいりゅうそうけ大神向琉おおかみあたるいま当主とうしゅには成れない若輩じゃくはいの身なれど、門徒もんとであり師範代の大宮愛がここに居る。それならば、彼女の補佐をするのも俺の役目です」


「…………」


「あなた方の布陣には迷惑をかけません。……見た所、ギルド職員も建物から待避して貴方たちが守って下さっている様子ですね」


「……ああ。最初から精兵を護衛に付けてはいたが、ダンジョン庁長官が突入から40分近くが経過。突入作戦の失敗も視野に入れ、待避を促した。中に残ったのは、責任者であるギルド支部長のみだ」


 それでも中に残る選択をした人がいるのか。

 きもわった人だ。

 流石はAランクダンジョンの支部長を任されるだけある、という事かな?


 もしくは、どうせモンスターに突破されれば何処にいようと一緒と諦観ていかんしているのかもしれない。


「そうですか。それでは、失礼します!」


「ま、待て!」


 ギルドの建物へと投入する俺を見て――若い自衛隊が隊列を離れ止めようとする。


「隊列を乱すな!」


 それを止めたのが、先ほどより話していた指揮官らしき人だった。


 公に認めることは出来ないが、止めても独断専行どくだんせんこうをしたというなら仕方がない。

 全体を危機に晒すより、命令無視をして暴走した1人の特殊予備自衛官が犠牲になる。


 そういう体裁ていさいを整えてくれたんだろう。

 あの人の瞳からは、俺の立場を伝えた時に『ここを通してやりたい』という意志を感じた。

 人の世、大人の世界ってのは、体裁を整えたり色々と大変だ……。


 建物へ入り込むと――そこには、4人の男性がたたずんでいた。

 3人の精強そうな自衛官。

 そしてスーツ姿の、初老の男性。


「開拓者の大神向琉です! 姉御は、まだ戻っていないんですか!?」


「うむ……。まだ戻っていない。いくらAランク開拓者の大宮愛とは言え、極短時間ごくたんじかんで東京のAランクダンジョンと日光の移動は無茶だったのかもしれない。……上も、みそぎなどと言って無理難題を押しつけてしまったものだ……。これでもし我が国の最高戦力にして、真の人格者を失う事になれば……」


 ギルド職員らしき男性は、無念そうに悔恨かいこんの言葉を口にする。

 その口ぶりから察するに、ギルドでもそれなりの地位に居るんだと思う。


 でも――悲しいかな。

 大きい組織は、下の意見を吸い上げて経営方針を変えるボトムアップ方式ではない。

 上で決めた方針を下に命令として従わせるトップダウン方式だ。


 この人も無念ではあるが、抵抗かなわなかったのだろう。


「……姉御」


 俺はダンジョンへと続く扉を撫でながら、悔しさに唇を噛む。


「……済まないが、私もギルド職員だ。大神さんの実力は知っているが、特例での入場は許可出来ない。許してくれ」


 3段階以上高ランクのダンジョンへの入場制限が、こんな所で足枷あしかせになるとは……。

 開拓者カードを取りだしても、未だにDランクのまま。


 いくら1500体撃破をしたとは言えど、本来なら年単位――モンスターの討伐だけで無く、鉱石採掘こうせきいくつや素材換金のポイント加算でランクを上げていくのがセオリーだ。

 ランクアップが間に合わなかった自分が、恨めしい……。


〈おい、マジで大宮愛が中にいるっぽいぞ。嘘だろ、嘘だよな?〉

〈あたおかを使って金儲けをする詐欺師だろ。これもやらせ、だよな?〉

〈いやいや、あたおかをダンジョンに入れろよ! あたおかなら絶対になんとか出来るから!〉

〈↑最初から見てたか? 1500体以上に、旭プロのお守り。それに日光まで空を跳んでからのAランクだぞ? いくらなんでも自殺行為だって〉

〈姉御……。なんでこんな、お偉いさんならふんぞり返って安全な所で指揮を執れば良いのに……〉

〈こんな場面を見せられても姉御を詐欺師呼ばわりしてる奴ら、混乱してるのは分かるけど人格疑うわ〉

〈↑仕方ない。あたおかに62億とかいうデタラメな借金背負わせたんだから〉

〈62億の内訳も、大半がダンジョンへの無許可侵入むきょかしんにゅう滞在たいざいとかいう言いがかりの罰金だろ? 被災者だったのに〉


 配信リンク式腕時計から、困惑こんわくしているようなコメントが流れてくる。


 その中の1つの言葉に――俺は「ん?」と思う。



―――――――――――

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