第89話 新ダンジョン!祭りじゃあ!

 そうして翌日。


 俺の部屋へ朝食を摂り来た美尊は、手作りの和食を持参してきてくれた。

 昨日の事で俺が落ち込んでいると思ったのだろう。


 その日の朝食の席では、いつも以上に美尊が優しかった。

 俺が「少し、しょっぱいね?」と言うと「ごめんね?」と目を逸らしながら、頭を撫でてくれるんだ。


 うん、分かってる……。

 多分――知らぬ間に、俺の瞳から涙が流れてたんだと思う。

 いや、歌のレッスンの成果がまだ出てないのが悲しかっただけじゃないよ?

 美尊の優しさと、一緒に過ごせる嬉しさも相まって――感極まったというか……。


 そうして美尊は学校に行き、俺はあらゆるレッスンに取り組んで行く。

 特にボイトレは、声を優しく出すのを以前より意識して取り組んだ。

 そのせいか、今日の先生は――今までで1番、拍手をして喜んでくれた。望陀の涙を流すほどに。

 歌への苦手意識が強まってたけど……。

 初めて録音した自分の歌声を聞いて、思った。


 これは――歌じゃない。応援団の声援じゃん。

 それも応援しすぎて喉が痛んでる時ぐらいに、音程もブレブレだ。


 今までは音が割れて録音も出来ず、自分の歌さえ聴けなかったけど……。

 やっと自分の課題を見つけられたんだ。


 これは――前進、前進なんだ!

 そう言い聞かせつつ、全力で他の習い事やアルバイトにも真剣に取り組み、再び夜――。


「――皆さん、こんばんは! 本日は今まで来たことがないダンジョンからお送りする大神向琉です!」


〈1こめぇええええええ〉

〈あたおかぁああああああ〉

〈お兄様ぁあああああああ〉

〈大神配信の予感!〉

〈待ってましたああああああ〉

〈大神配信チャンス! 激アツぅううう!〉

〈新しいダンジョン!? 開拓者ランク的にCランクよな!?〉

〈やっぱり仕事終わりには地底人の殲滅配信だろおおおおおお〉

〈うおおお楽しみぃいいいいいいい〉


 うん。

 やっぱり――力こそパワーですよ!


 アイドル売りしている開拓配信者としては、歌を蔑ろにして開拓ばかりなのはどうかとも思うけど……。

 そっちは、今後に期待!

 まだレッスンも始まったばっかりなんだからね!

 今は俺の得意分野、ダンジョン開拓で盛り上げよう!

 秘策もあるし、今日も良質なエンタメを届けるぞ~!


「本日のダンジョンはですね、パワフルですよ~? ここは獣系が出ると、情報提供者のレポートには書いてあります! 果たして、新たな食材ゲットなるか!?」


〈獣=食材ではないよ!?w〉

〈そこが配信の見所で良いのかい?www〉

〈仕方ない、このランクだと無双の強さなんだからw〉

〈早く開拓者ランク上がれ!w〉

〈ギルドも特例を出してやるべき。明らかにEランクの動きじゃないんだから〉

〈D.connect運営、ひいてはマルチバース社にまで加工を疑われる異次元の強さw〉

〈収益化も、流石にそろそろ通るだろ? まさか通らないとかないよな?w〉


 収益化申請か~……。

 美尊のチャンネルにコラボ出演した時にも一瞬、コメントで流れたけど……。

 あの一瞬で、5万円が入るんでしょ?

 マネージャー社長の川鶴さんからは、3割を手数料でD.connect運営が持って行くと聞いてるけど――それでも3万5千円だ。

 そのうち1割が俺の手元に来るとして……手取りは3千5百円。

 それがスーパーチャットというシステムで、その他にも動画としての再生数に応じて広告収入が加わるらしい。

 勿論、そんな高額をポンポンと投げてくれるはずはないけどね?


 お金に困る経験をしてなければ、世のチョロいな~と舐め腐っていたかもしれない。

 お金を投じて応援してくれる人にも、本当の意味で感謝が出来なかったのかもしれない。

 そうとは言え、D.connectの親会社であるマルチバース社からはスポンサー契約の検討も出ていたぐらいだし……。

 本当にそろそろ収益化申請も通るんじゃないかな?


「今日の配信も、撮れ高をバシバシ作って行きますよ~! 確かにダンジョンは身近にある危険ですが、俺たち開拓者が居れば、かつてのように悲惨なことにはならない。そう安心してもらえるように、俺も頑張ります! 皆さんと楽しめるエンタメになるよう、今日も全力で行きますからね!」


〈なんだろう、あたおかって人類を恨んでも良いぐらいの境遇なのに、異常に前向きで涙出る〉


〈俺たちもコメ欄で一緒に盛り上げて行くからな! お前等、ヒヨってねぇだろうな!?〉

〈お兄様の開拓配信が私の生き甲斐。ああああああ尊いぃいいいいいい〉

〈お兄様の今度出るグッズも買います。CD100枚買いましたけど、グッズも観賞用保存用布教用と全部コンプリートします〉

〈お兄様の動きを目と心に焼き付けます〉

〈ワイもビール片手にコメ欄を盛り上げるぞ!〉

〈あたおかの女性ファンらしき奴らも、順調にあたおかになってきてるよなw〉

〈↑当の『あたおか』が、最近は唯の被害者で真面目な優しい人になってるけどな?〉


 チャンネル登録者数が50万人近くなって来て、コメントをしてくれる人もドンドン増えて来ている。


 コメント欄が盛り上がってくれている間に、進んで行こう!

 このダンジョンは、Cランクとしては少し深い全7階層。

 出現するモンスターは……画伯である姉御の絵では上手く情報を掴めなかった。

 だけどモンスターの名前を見るに、面白い事が出来そうだなと予測している。

 俺の期待に応えてくれよ~。


 姉御レポート情報によれば、その面白いモンスターが出現するのは5階層以降。

 サラッとそこまで行きたい所だけど――。


「お、あの岩肌を蠢く数メートルはあるヘビ……。ジャイアントブラックパイソンですね! 注意しないと、暗くて岩影と見間違えてしまいそうなので、皆さんは気を付けて下さい!」


〈はい、気を付けます!〉

〈あたおかは気を付けなくても勝てそうw〉

〈ジャイアントブラックパイソンって……。鉄でもへし曲げる力に、通常の人間なら数秒で死に至る毒を持ってるって教科書に載ってたぞ? 魔力抵抗力が強い開拓者でも十数秒以内の解毒魔法が推奨されてる危険な相手だって。暢気過ぎね?〉

〈う~ん。あたおかの開拓は、他の開拓者と違うからなw 学生への影響はあんまり良くないかも?w〉


 そんな事を言われましてもねぇ……。

 それこそ俺はSランクダンジョンで10年間生き抜いて来たから、教科書的な内容とはズレてるんだと思うよ?

 でも、そうだよなぁ……。

 視聴者数が増えたという事は、その中に開拓を学ぶ学生も増えたって可能性もあるんだ。

 配信者としては、定石の戦闘方法や注意方法も解説しながら戦わなくては!

 姉御のレポートは……絵は兎も角、その辺りは事細かに記されていたから。


「毒持ちのヘビと戦う時、1番やってはいけないのが――これです」


 俺はジャイアントブラックパイソンの胴体に、軽く蹴りをぶち込む。

 すると、すぐにジャイアントブラックパイソンは長い胴体を巻き付けて俺を締め上げ――鋭い牙が覗く鎌首を持ち上げてきた。

 眼前には――もう、鋭い牙が迫っている。


〈いやいや、やってるじゃん!?〉

〈普通にピンチなのでは!?〉

〈身体がギチギチに押さえ込まれてるぞ! マジで大丈夫なんだろうな!?〉

〈旭プロみたく死ぬ配信を流すなよ!? 嫌だぞ!?〉

〈あたおか視点怖い怖い! ヘビの口が迫ってる!〉



―――――――――――

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