第134話 臨場感って大事よね。こわっ!

あらためて、この度は無理を言いましたな。誠に申し訳ない」


 姉御は靴を脱いで道場に入室するなり、スタッフへ向かい頭を下げた。

 ピシッとパンツスーツを着こなした姉御が、綺麗な礼をする。


 本来なら、この無理なスケジューリングを依頼した張本人ちょうほんにん……姉御に嫌味や文句の1つや2つ、言う場面なんだろうけど――。


「――い、いえ。まぁ……。それは、こちらの言い値の報酬をもらいましたしね。仕事を受けた以上、済んだ事ですから。……それで協力、とは?」


 カメラマンさんは、居心地が悪そうにあたまいて質問をした。

 うん、姉御に頭を下げられていると――恐怖を感じますよね。


「リアルなあせを、おのぞみでしょう? 霧吹きりふきで大汗をかいたのは演出は必要でしょうが……。その後、本物の汗が下からあふれ出すのに、私なら協力出来ますが?」


「そ、そんな事が出来るんですか?」


「はい。ご迷惑をかけたせめてものびに、プロフェッショナルの皆様も納得の行くリアルな1枚が撮れるよう、私も出来うる限りの事をしたいのですよ」


「そ、それじゃ……お願いします」


 メイクさんが霧吹きりふきを俺に吹きかけ、汗の演出をしてくれている。

 特に髪の毛は念入ねんいりに吹きかけられた。


「それでは撮影再開します!」


 カメラマンさんがそう言うと、次々に写真を撮って行く。

 姉御は写真のフレームに入らない位置に立ち、俺に一礼いちれいすると――。


「――ぃっ……」


 思わず、恐怖から本気で構えてしまった。

 カメラの連写するようなシャッター音。


 そして絶え間なく、俺の身に凝縮ぎょうしゅくされて注がれる――殺気さっき


 姉御はスーツ姿で悠然ゆうぜんと歩きながらスタッフの中を移動し――。


「――ぇっ」


 ふっと、人と重なったと思った瞬間――姉御が消えた。


 いや、眼前に迫っている!?


「はぁあああ!」


 迫り来る拳を避け、カウンターを入れれば――それは残像ざんぞう

 でも、それは読んでいたよ!


 本物は――こっち!


 俺がハイキックを叩き込めば、水の飛沫ひまつが飛ぶ。

 そして――無情むじょうにも、その姉御も消えた。


 実像が掴めない!


「どうした、向琉。……私はここだ」


 カメラマンさんの後ろで、姉御がささやいていた。

 その声には神通力が乗せられているのだろう……。


 俺の全身を続々と震わせながら、声が大きく反響して聞こえる。


 カメラマンさんは、何が起きているのか分からないだろう。


 それでもシャッターを切り続け、照明や各種の仕事をこなす人々も動きを止めない。


「まさにプロフェッショナル集団。……もしかして姉御は、俺にだけ気当てを?」


 だとしたら――とんでもない技能だ。


 多少なり、周りにも影響が出てしまうものだろうに。


 一直線――はりのように俺の心臓を突き刺さんとするプレッシャーだ。


 その後も――姉御が気当きあてで攻撃のフェイントをかけ、俺が攻撃なり防備の姿勢を取る。


 かと思えば――本当に攻撃を当てて来る。


 それも写真では映らない場所に。


 これは……本気でやらないと、殺されるのでは?


 徐々にその思いが強まり、汗が滝のようにる。


 そうして3分ほどした時――。


「――お、オッケーです! 確認入ります」


 カメラマンさんのその声で、ふっと世界から重圧が消えた。


 カメラマンさんはPCの前に移動し、モニターで次々と撮った写真をチェックしている。


「どうですかな?」


「は、はい。大宮さんが何をしたか分かりませんが、異常に緊迫感のある写真が撮れてますよ!」


「そうですか、それは何よりです」


「撮影は終了です! お疲れ様でした!」


「あ、ありがとうございました!」


 肩で息をした俺が頭を下げると、温かい拍手を送ってもらえた。


 なんだか……最初の冷たかった現場が嘘のようだ。

 少しは努力を認めてもらえたのかな?


 その後、更衣室で着替えて戻ると――姉御の横に、川鶴さんが戻って来ていた。

 改めて現場責任者らしき男性カメラマンさんへ、2人で頭を下げているようだ。


「あ、あの! 俺からも、急な撮影依頼すいませんでした! それと、ありがとうございました! もの凄く、楽しかったです!」


 俺が頭を下げると、カメラマンさんは苦笑を浮かべた。


「……正直、やるからには全力でやるけど――最悪な仕事だと思ってたんすよね。金に物を言わせて、事務所が売りたいだけのイケメンを無茶なスケジュールで撮らされる。ライティングから何から……計画されたプロの仕事を舐めてんのか。スマホで適当に撮るんじゃねぇんだぞ。どうせどんな写真を撮っても、違いなんて分からねぇ程度の思いなんだろ。やってられるかよって」


 後頭頭をボリボリと掻きながら、呟く様に言う。


 や、やっぱり……そう思われてたのか。

 態度で察してはいたけど、実際に言われるとシンドイなぁ~……。


「でも、ですね? 途中から、俺も凄く楽しくなっちゃったんですよ。技術やポージングは未熟。それでも――ちゃんと世界を作ろうと、シャッターを切る度に成長して行く被写体。……最後の道場のシーンなんか、最高でした」


「ほ、本当っすか!? ありがとうございます!」


「こちらこそ、ありがとうございました。大神さんのお陰で、こっから鬼スケジュールなレタッチとか諸々もろもろも、楽しめそうです」


 スッと、手を差し伸べてくるカメラマンさん。


 その言葉が嬉しくて、俺は両手で握手をしてブンブンと振り回してしまう。

 人見知りで言葉足らずな分、頭を下げる回数で感謝を示す。


 ああ、もう……。

 メッチャ嬉しい……。

 不安ばっかりだったけど、挑戦してみて良かった!


「それでは、大神さん。そろそろ我々は失礼しましょうか」


「は、はい! 皆さん、ありがとうございました!」


 そう言って、道場のスタジオから去ろうとした俺の背に――。


『――わらわをここに置いて行ったら、たたるぞ?』


 神棚にまつられている御神刀――白星はくせいの声が降り注いだ。


 怖いなぁ、怖いなぁ~……。

 久し振りに念話じゃなくて、声に出して伝えるんだもんねぇ……。


 ゾッと、冷や汗が吹き出たよ。



―――――――――――

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