第194話 side 旭深紅 英雄
心身共に限界が来て、ウチは遂に――。
「――お兄ちゃん?」
「そんな、お兄さん先生はDランクで……まさか、本当にまたルール違反を?」
他の人もお兄様の声が聞こえたなら、まさか――本当に?
いや……ウチも、流石に有り得ないと思う。
流石に次は、開拓者資格停止か剥奪だろうから。
ギルド側だって意地でも止めようとするだろう。
それでも、声がした方をチラリと見て――。
「――と、父さん?」
むせ込みながら床を這いずり、バンドを手にしているのは――父、
いや、父さん本人にしか見えない。
「はは……。最期が近くなると、こうも幻覚ばかりの世界になるんだね」
ランク的に居るわけがない、お兄様の声。
そもそも開拓者ですらない父さんが、寄りにも寄ってAランクダンジョンのボス部屋に居るとか、さ。
非現実的過ぎて、我ながら苦笑しちゃうよ。
「あの天才でも、まともな道具に出来なかったドーピングバンド。それは運が悪ければ、腕に付けた瞬間に爆発する可能性もあるそうです! しかし爆発しなければ――」
「――ウォオオオオオオオオオッ! 深紅ゥウウウウウウウウッ!」
でも――その非現実的な存在は、確かに動いていた。
動きは技もへったくれもない、メチャクチャに振り回している非合理的な動きの攻撃。
それでも――速さだけは一級品。
アンバランスにも程がある、ウチが1番嫌いな――堅実に積み上げてない、ちぐはぐな強さ。
でも、そんな大嫌いな
「――あぁああああああ!」
私の命を消し去ろうとしていた棍棒を――弾き飛ばした。
「深紅! 大丈夫か!?」
「父さん? なんで……」
なんで、ここに居るの?
その力、いや……開拓者ですらないのに、どうして強大なモンスターに立ち向かえたの?
「良かった……。本当に、何から何まで本当に済まなかった!」
人は……人同士が格闘するリングに立つのですら、多大な覚悟と度胸がいるのに。
巨大なモンスターの攻撃に向かうなんて、不可能だ。
普通は震えて身体が動かないまま殺されていくだけだろうに。
ウチを抱きしめながら
細く、加齢臭を誤魔化す趣味の悪い香水の匂いがしていて……それでも、温かい。
「トワイライトの3人は、直ぐに入口付近に逃げて下さい! 3分だ、3分だけ私がここをもたせます!」
「父さん、どういう事? もしかして、さっきのお兄様の言葉は――」
「――早くしろ、深紅! 最期ぐらい、私に親として……大人としての死に場所を! 愛する娘を助けて、親らしく死なせてくれ!」
その言葉で――理解した。
ああ、幻聴でも幻覚でもない。
父さんの腕に嵌まるのは、エリン・テーラーさんの作品らしい。
この3分……恐らくボス部屋の入口に居る、お兄様の下へ逃がす代わりに――父さんは、死のうと覚悟を決めているんだ。
「……さっきウチの事を、愛してるって」
「言えた義理じゃないのは分かってる! 何日頭を下げ続けようと許されないとも! だが私は――ぐっ!」
「父さん!?」
やっぱり技もないんじゃ、攻撃を受け流す事も出来てない!
これじゃ父さんは、3分どころか……すぐに殺されちゃう。
ああ、父さん。
「父さん……ごめんね。昔、ウチが傷付けたから……全てを狂わせちゃって、ごめんね」
どうしよう……。
ウチ――
「……美尊、涼風! お兄さんの下へ!」
「深紅!?」
「深紅ちゃん!? 落ち着いて!」
ウチは、吹き飛ばされた父さんの下へ駆け寄る。
父さんは……攻撃をまともに
「……父さん。最期まで親不孝な娘で、ごめんね?」
父さんの腕からバンドをスッと外して床へ置く。
代わりに、ウチが嵌めていた指輪を――父さんの小指へ通す。
ウチの魔力は留めてあるから、きっと作動するだろう。
これで、父さんだけでも――。
「――ぁ」
暗くなり上を見れば――迫り来る棍棒。
「結局、2人で死んじゃうね」
上手く行かないもんだな。
さようなら、みんな――。
そう心で呟き、父さんをギュッと抱きしめる。
一緒に地獄で罪を償う責任が、ウチにはある……。
「……あれ?」
しかし、その時は何時になっても訪れない。
恐る恐る目を開くと――。
「――お兄様?」
「お待たせしました!」
返り血でべちゃべちゃに汚れた英雄が、大質量の棍棒を、素手で真っ向から受け止めていた――。
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