恩讐、仇討ち編

第206話 クビ?

「――向琉あたる、旭プロへ移籍する気はないか?」


「……はい?」


 開口一番だ。

 執務室へ呼び出された俺に対し、姉御は大真面目な顔で提案してきた。

 信じがたい内容を、唐突にだ。


 ちょっと……待ってください、と。

 俺……思考が追いつかないんですが!?

 え、俺――シャインプロを、クビってこと!?


 いやぁあああ!

 ヤァヤァアアアアアア!


「あ、姉御ぉおおお!? 俺を見捨てないでください!」


「だ、抱きつくな、向琉! ええい、落ち着け!」


「ああ、押し退けないで! 嫌っす! 今ではもう、シャインプロが俺の帰る場所なんすよぉおおお!」


「そ、そうか。それは……うむ。良かった」


「アレっすか!? 自分の事務所に看板アイドル開拓者、深紅みくさんと、俺がちょっとアレな仲になっちゃった罰っすか!? それとも女心が分からず、姉御を不機嫌にさせたから!?」


「無関係、全く別の話だ! く……。力が強くなりおって!」


 片手でグイグイと、抱きつく俺の顔を姉御は押し退けようとしてくるけど……。


 離れてたまるかぁあああ!

 10年振りに再会出来た妹が所属する、開拓アイドル配信者アイドル事務所だよ!?

 マネージャー社長の川鶴さんとも、看板パーティのトワイライトの面々とも仲良くなれたのに!


 ましてや、天心無影流てんしんむえいりゅう道場時代から俺を陰ながら支えてくれてた姉御がオーナーを務めるシャインプロだよ!?

 意地でも離れたくないに決まってるじゃないっすかぁあああ!


「なんで寄りによって、不正がバレて社長が逮捕されたばかり! 絶賛、世間で大炎上中の旭プロなんすか!? 完全に罰ゲームじゃないっすか!」


「だからこそ、だ!」


「だからこそ、炎の中に俺をポイすると!? 燃えるゴミっすか!? 姉御、俺を捨てないでぇえええ!」


「スーツに鼻水を付けるな!」


「俺、何か捨てられるようなこと、しましたか!? 同じ事務所アイドルとのスキャンダルっすか!? それとも度重なるルール違反!? 俺が歌えないアイドルだから!? うわ、やっばぁい! 改めて見つめ直すと、クビになる心当たりしかないっすぅううう!」


「だから、落ち着けと言っている!」


「も、もしかして! 涼風すずかさんや美尊みことが言ってたように、嫉妬ですか!? 俺と深紅さんを遠ざけて自分の――」


「――これで3度目だ、落ち着け」


「……はい」


 ぶら~ん、ぶら~ん、と。

 姉御は片手で俺をフェイスクロー。

 まるで海藻のように持ちあげられて、だいぶ落ち着いた。


 陰ながら姉御が支えてくれて嬉しいとは言ったけど、この頭を持ちあげて支えるのは……ちょっと違う。


 でも――懐かしいなぁ、この景色……。

 この左手だけで、高い高~い、してもらう感じ。


 姉御の右手は悠兄ゆうにいで、左手が俺の定位置。

 しばかれたこの状態で世の不条理や、指の隙間から見える高い視界からの天気について、よく悠兄と語り合ったもんだ。


「落ち着いたか?」


「不覚にも、高い高~いで落ち着きました」


赤子あかごか」


「……ばぶぅ」


 悪ノリをしたら、パッと手を離された。

 うん、我ながら気持ちが悪かったよね。


「……先ず、今の旭プロの現状から整理しよう」


「はぁ……」


「社長の旭柊馬あさひしゅうまは、拘留中。今は妻であり副社長の旭鹿奈あさひかなが実務を取り仕切っている」


「はい。テレビでも、会見で大炎上する発言ばっかしてますね。人の神経を逆なでする才能があるな~って」


 過去の罪と向き合うと決め自首した旭柊馬は、今までの悪事を次々と開示している。

 深い反省と謝罪の言葉を添えて、だ。


 結果、副社長の旭鹿奈が記者会見を開いた。

 そこまでは、まだ良かったんだよなぁ。


 でも――予想以上に、旭鹿奈は酷かったんだ。


「うむ。元より副社長と言う肩書きがあろうと、旭鹿奈は実務は全て旭柊馬に任せ放蕩していた。形ばかりの役職で、多額の報酬を得ていたからな」


「……でしょうね。あの逆ギレ会見は、俺でも最初ドン引きでしたよ。記者からの質問にブチギレて、挙げ句の果てには旭社長や深紅さんを口汚く罵り始めて……」


 台本らしきものを読んでいる間も、あからさまに不機嫌そうにしていたからなぁ。

 それでも台本の謝罪の言葉は、プロが書いたのか良かったけど……。


 記者からの質問が始まると一気に、ボロが出た。


 もう、あれは逆ギレというかさ、発狂だったよね。


「……本人の資質もあるだろうが、元より政略結婚だったからな。旭柊馬の強い開拓者育成という絶対方針に、資本家が繋がりと言う形で世間知らずの箱入り娘を結婚させた流れだからな」


「支え合う知識も愛も、無かったと?」


失脚しっきゃくした夫を、あれだけ口汚くののしるのだ。当然、名誉と金目的だけの関係だったのだろう。……旭鹿奈の実家も、強大な開拓者を育成した会社社長と血縁があれば、発言力が増す思惑だが透けて見えたからな」


「うわぁ……。美尊とアフタヌーンティーを飲んでた時に2人と会いましたけど、あれは外面で仲良く見せていたと?」


「だろうな。元より金稼ぎは男の役目と言うような、上流階級の教育を受けてきた身の上だ。大勢から責められる経験も乏しく、キレたんだろう」


 なるほど……。

 上流階級の教育を幼い頃から受けると、どうなるか。


 それは俺には分からないけど、蝶よ花よと大切に育てられてきた箱入り娘だとしたら……。

 一気に世間から責められ、金も名誉も失う状況に――発狂もするか。


 打たれ慣れてる姉御や俺でも、コメントの悪意でメンタルがバチボコにやられたんだしな。

 無理もないけど、世間には関係ないからなぁ……。


「本来なら、旭鹿奈も逮捕されて当然。それを庇ってる旭柊馬を、あそこまでボロカスに罵る。全ての罪は社長だったアイツにある、とな」


「まぁ……互いに支え合う関係性じゃなかったのは明白っすね」


「そうだ。会社の切り盛りは全て旭柊馬が行い、自分は美味しい思いと、偉そうに部下へ叱責ばかり。……旭柊馬を失った旭プロには――経営再建能力がない」


「まぁ……あのオッサン。やり口はともかく、精力的には動いてたみたいっすからね。良くも悪くも」


「うむ。しかし開拓者は、貴重な国家戦力でもある。まして、旭プロには国内最強Aランクパーティの『羅針盤らしんばん』も所属している」


「ああ、リーダーの一針正樹いちはりまさきさんが単独Aランク。東条さん、西条さん、南条さん、北条さんがBランクで……パーティ全体でAランクなんっすよね?」


「そうだ。事務所の下らないゴタゴタで足踏みせず、彼らには成長してもらわねば困る。……そこで、政府から経営再建の為の手助けを頼まれてな」


「姉御も大概……。何というか、毎回、日本政府から便利屋扱いっすよね」


 スタンピードの件はダンジョン庁長官の仕事かもしれないけど、他にも貧乏くじを引かされまくってない?

 ぶっちゃけ、ダンジョン庁長官の範疇を超えてると思うんだけど。


「言うな。……私も、恨みを買う強引な言動を常日頃しているからな。自業自得だ」


「あ、それは察しが付きます」


「あ?」


「すんません! なめた口を効きました!」


「……兎に角、だ。私は現在――旭プロの社外取締しゃがいとりしまりやく役への就任が内定した身だ」


「……はい?」


 社外取締役?

 それって――経営に口を出す偉い人よね?

 姉御、シャインプロのオーナーなのに!?



―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!


楽しかった、続きが気になる! 

という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!

ランキング影響&作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る