第45話 相談枠編(5)仲間外れ

「――母は護身術程度ごしんじゅつていどにしか天心無影流てんしんむえいりゅうを学んでいなかったし、宗家そうけの血を引く子供は、母の子である俺たちだけ。……どちらかが養子に入り鍛え上げられる事は、仕方がない状況だったんです」


封建的ほうけんてきだな~〉

〈お家の存続そんぞくとかそういう話か〉

〈跡取りがいなくて名字が変わるとかはあるけど、鍛えあげられるとかスケールが違うわ〉


「産まれたばかりで、両親が笑いかけると無邪気に笑みを返す美尊みことには、両親と離れて欲しくないし、自分をいつわらず素直に生きて欲しい。それまで俺は泣きべそかきながらも、生きる為に必死に修練してるだけでしたが――美尊が産まれてから、俺の姿勢も変わりました。美尊を厳しい修練が待ってる天心無影流の跡継あとつぎになんて、絶対させたくなかったんです。…… 俺は3歳の時から天心無影流の道場に通ってたんですけどね。異常に厳しい場所でしたよ」


〈赤ちゃんの美尊ちゃん!? ガタッ〉

〈お兄ちゃんしてるんだなぁ……。ワイは3歳の頃なんて鼻くそほじって親に見せてたわw〉

〈産まれたばかりの妹に愛情抱いて自分が犠牲になる決断するとか人間でき過ぎだろ。人生何週目?〉


 美尊は本当に、人の世で愛されてるんだなぁ~。


 ジジイの望んだような『人の世に生き、人に愛され、人を愛する存在』に適性てきせいがあったのは――美尊だったんだと思う。


 破門同然はもんどうぜんあつかいも受けていたし、俺は……天心無影流の理念からすると出来損ないだったんだろうな。


 それでも――俺は美尊が、あの道場で生活をしなくて良かったと思う。


 厳しい修練を積む美尊をただゆびくわえて見ている羽目はめになったとしたら……。

 俺は今以上に、自分自身を許せなかっただろう。


「美尊が産まれるまでは、師範しはん――ジジイが望むように、人に愛されることばかり考えてたんです。愛されれば死ぬ寸前まで追い込む修練が少しでも軽くなると思ったし、早く1人前扱いされて修行が終われとはげむ日々でしたよ。……そんな俺の甘えた心は、見透かしてたんでしょうね〜。正式な跡継ぎには指名されていませんでした。それが美尊が産まれてちょっとたった、俺が9歳の後半頃――改心の結果が認められましてね。……正式に天心無影流の跡継ぎ候補として大神家へ養子入りしたんですよ。美尊は大好きな家族と居られて、このまま家族と笑える。……寝込ねこみをなぐられるような修行の日々ですけど、俺の望み通りでした。たまに美尊や両親と面会して食事したりとか……。そうやって会える時、笑ってる美尊の顔を見られるのは、嬉しかったなぁ……」


〈あたおか、マジで良い兄ちゃんだな〉

〈やべぇ、家族の愛とかきずなに弱いんだよ。涙腺るいせんが……〉

〈自分を犠牲にし過ぎだろ。強くなって報われてると思うけどさ〉


「……でも修練を積むと俺の身体能力も上がって、ドンドンと周りから――ズルいと言われる様になったんです。……小学校の頃とか体育を中心に避けられたり、運動会では年齢を誤魔化ごまかしているとか言われたり、平等びょうどうの為に手を繋いで皆でゴールするよう指示されたり、努力を認めてもらえなかったんですよ。でも――我慢がまんして笑うしかなかった。認めてもらえないのが悲しくても、仲間外なかまはずれにされてせつなくても……笑わないと、人は離れて行くのを知っていましたから。学校の人だけじゃない……道場の皆、離れて暮らす家族にまで見放みはなされたら……。そう考えると、怖くて泣いてる場合じゃなかったんです」


〈努力した人間が認められないって、おかしな平等だよな〉

〈才能の有無だけじゃなく努力は努力として明確に認められて欲しい〉

〈順位付けしつつも楽しむ教育とかをして欲しいって、この話を聞いて思うわ〉

〈酒飲んでるからかな、涙が止まらねぇよ……〉


 最初は同情して手を差し伸べてくれる人も居るかもしれない。


 でも結局――人は一緒に居て楽しい人と一緒に過ごしたがる。


 特に子供は素直だから、結局は泣いている人とずっと一緒に居ようなんて思わない。

 これは実体験から学んだ事だ。


「当然、心の中では俺も泣いてましたよ? 当時は今よりも繊細せんさいな子供でしたからね。ただ――かべにぶつかるのは、成長するチャンスであると教えられていましたから。……集団にうとましく思われるのが怖いなら、どうすれば仲間外れにされないのかなって、毎日考えてました」


〈そんな小学生、居るのか? 居るのかぁ……〉

〈考える癖が付いたと思えば貴重な経験〉

〈周りの大人が、あたおかを助けてあげて欲しかった……〉


「そんな試行錯誤の日々の中で――1つ、上手く行った試みがあったんです」


 思わず当時を思い出し、指を絡ませギュッと握ってしまう。

 強さとは『心技体』。

 技や身体をいくら高めても、それを動かすエネルギー――心が強くなければ、意味がない。

 特に人の世で生きる強さとは――己を強く見せる事ではない。


「周りから必要以上に強く見られてからはじかれるなら、言葉遣ことばづかいと礼節れいせつ丁寧ていねいにすれば良い。……そうやって自分をへりくだって見せると、人間関係も上手くいったんです」


 己を強く見せた所で、真に強い訳ではない。そう学んだ一件だ。


 みのるほどこうべれる稲穂いなほかな、という言葉があるけど……強さという実りを得たなら、より謙虚けんきょかつ礼節を尽くすべきだと思う。


 ただ――。


「その、へりくだれば上手く行くってくせが付いたのが……今思えば良くなかったんでしょうね。……今では俺――人が怖いんです」



―――――――――――

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