ダンスの特訓

 物量譜面、つまり大量のノーツが降ってくる曲、をクリアする方法は、譜面を暗記してしまう事よね。幸いこの世界ゲームはランダム化機能は無いから、丸暗記してしまえば譜面を視なくてもフルコンボを出す事が出来る。


 そんな訳でダンジョンから帰ってきた私達は、まずロボマネージャーが撮影してた動画から音楽を抽出した。次にダンスの振付を箇条書きで書き出す。ここで右手を振って、ここでジャンプして……。

 間違った振り付けを覚えてしまってはいけないから、慎重に振付を記録する必要があるわ。そこで、ハルちゃんと私のペアとユズちゃんとリンちゃんのペアが別々に記録を付けて、最後にそれらを見比べる方針を取った。


「よし、これで完成ね」


「じゃあ、早速踊ろうー!」

「ここで踊るの? ご近所迷惑じゃ」

「公園にでも行く~?」


「大音量で音楽を鳴らす訳じゃないし、ここで踊っても問題ないとは思うけど……公園の方が心置きなく踊れるのは確かだよね」


 私がそう言うと、みんなが窓の外を見た。つられて私も外を見る。


 ――ミーンミンミンミンミンミン……


 ――ミーンミンミンミンミンミン……


 燦燦と降り注ぐは殺人的な日の光。その上、大気が高層ビルに阻まれて流れ出せないせいで気温は上がる一方。「子供は風の子」なんて言うけど、逆に風がない猛暑の中で遊ぶのは、かなり辛いし危ない。


「うーん。この気温で踊るのはキツイね」


「それじゃあ、夜に集まるとか? いや、夜だと音楽をかけれないよね」

「いっそダンジョンの中で踊る? 雪原エリアなら涼しいし」

「涼しいけど、雪の上で踊るのは難しいんじゃあ~?」


「それはアリかも? けど、下手に騒いで魔物が集まってきたら、踊りに集中できないよね……」


 そもそも、他の【アイドル】や探索者の邪魔になるかもしれない。


「〈マジカルフィーバー〉しながら踊れば練習できるし魔物も倒せるし一石二鳥なんじゃない?」

「いや、さっき確認したけど『電脳世界の歩き方』は楽曲に追加されてなかった」

「え、そうなの? 〈ロボマネージャー召喚〉! ……あ、ほんとだ」


 そうなのよねぇ……。あのステージをクリアしないと『電脳世界の歩き方』が解放されない仕組みになっているんだよね。

 それに今からする練習では「今のところをもう一回」とか「前半だけ練習」「後半だけ練習」みたいなことをしたい。ロボマネージャーで音楽を流す場合、そういう事が出来ないの。


「なるほど~。だからわざわざ動画から音楽を抽出してたんだね♪」


「そういうコト。それで、どうしようかな……。学校の音楽室とか貸してもらえないかな?」


「部活動でもないし、厳しいんじゃないかなー?」

「いっそ、どこかのスタジオを借りるとか?」

「あ、それいいかもね~。レンタルスタジオで検索! あ、けっこう安いみたいだよ♪」


 ユズちゃんが見せてくれたホームページによると、学生なら一日2000円くらいで借りられるらしい。四人で割り勘すれば一人あたり500円になるわね。

 正面と横に大きな鏡があって自分を360度観察できる、まさにダンススタジオって感じの場所ね。これはなかなかいいんじゃない? ここから近いし。


「あれ? ここ、行った事あるっけ?」

「? 私はないけど?」

「ハルちゃん、行った事あるの?」

「なんか、デジャヴを感じるんだけど……気のせい?」


 言われてみれば。大きな鏡があるダンススタジオに最近行った覚えがある。具体的には、新衣装のデザインを考えるときに使ったような気が……。


「「「「あ、もしかして」」」」


 私たちは顔を見合わせた。きっと考えている事は同じだろう。

 そう、これって『試着室』にそっくりだよね?!



「……という訳で、ミカンさん。コスチュームエディタの空間に電子機器を持ち込んだりできるか試したいんですけど、いいですか?」


「うん、今日は特に予定はないから大丈夫だよ~。あ、電子機器の持ち込みも出来るはずだよ。前回行った時、ポケットにスマホを入れたまま移動できたから」


「マジですか?!」


 地上から完全に独立した異空間である『試着室』なら騒いでもドタバタしても平気よね。素晴らしい、素晴らしいわ……!

 全員が踊るには少し狭いから交代しながら練習せざるを得ないのがちょっと残念だけど。


「ありがとうございます、ミカンさん!」

「ありがとうございます。なるほど【アイドルサポーター】はこういうサポートも出来るんだね」

「お姉ちゃん、すごーい♪」


「いえいえ♪ それに凄いのは私じゃなくてジョブだから~。それじゃあ、早速使う?」


「準備はバッチリンなので、お願い致します」


「は~い。〈コスチュームエディタ、ブート〉」



 試着室に着いた私たちは、まず持ち込んだ荷物を確認する。うん、全部そろってるね。

 次に誰から踊るか相談する。スペース的に二人が限界そうね。


「ハル、まだ自信がないかなあ……」

「私も」

「あ、じゃあ私がヒメちゃんと一緒にやるよ~」


 との事で、まずは私とユズちゃんが踊ることになった。軽く準備運動をしてから「メトロノーム付きの方をお願い」という。


「おっけー! じゃあ、再生するね」


『電脳世界の歩き方』はBPMが途中で変化する楽曲で、最初は180BPMなんだけどサビでは280BPMになるの。だからリズムを取るのがなかなか厄介。

 だから楽曲にメトロノーム音を合成したものを用意しておいたの。用意周到でしょ?

 あ、BPMっていうのはBeats per Minute、つまり一秒あたり何拍あるかを表す単位よ。280BPMとなると曲としてはかなり早い部類よ。


「「1、2、3、4、1、2、3、4、1、2、3、4……」」


「おおー、いい感じだよ!」

「やっぱり上手いね、二人とも」


 私たちの踊りをみて、ハルちゃんとリンちゃんが拍手してくれる。一方で二人の隣で見ていたミカンさんは首をかしげながらこう言った。


「ちょっとだけ二人の振付がズレてるね~。特に『はしゃぐアルゴリズム、騒ぐLoveラブのリズム』って部分が苦手なのかな?」


「え、ホントですか?」

「え~?! どこ、どこ~?」


 踊っている様子を撮っておいたものを確認する。……ホントだ、確かにズレてるわね。変な癖が就く前に気づけて良かった!


「ミカンさん、凄いですね。ひょっとして、音楽とか得意なんです?」

「お姉ちゃん、すご~い」


「え? 確かに、私ダンスなんてしたことないのに、なんでこんなの分かるんだろ? ひょっとして、これもジョブの力?」


 え、そうなの? 【アイドルサポーター】ってそんな事も出来るの?!

 過去のミカンさんを知らない以上、この仮説の真偽は分かんないけど、ひょっとしたらそういう能力も付与されるのかも?


 これはもしかしなくても、ゲームの時以上に【アイドルサポーター】は重要なポジションなのかも。ミカンさん、今後ともサポートお願いします、そして一緒にトップアイドルを目指しましょう!






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