己のテンプレを磨け
チチチチチチ……
何かの虫が鳴く声が聞こえてきた。そっと目を開け息を吸うと、雨上がりの森特有の、なんとも表現しがたい心地よい香りが鼻腔を抜けていった。
「……うーん?」
狐ちゃんに誘われて物語世界に入ったのだったわね。さーてと、今回はどんな世界に飛ばされたのかなーっと。(←転移に慣れてきた人)
「深い山の中の参道……って感じ?」
「おおー! ハル、こういう雰囲気好きだよ!」
「なかなかいい所だね。ここはどういうコンセプトなの? あれ、狐さんは?」
「狐ちゃ~ん! 何所にいるの~?」
日本で言うところの熊野古道に近いかなぁ。未踏の地ではないかと思ってしまうような自然の中、地面にずらりと並んでいる苔むした石畳は、嘗てそこを人が通ったのだと確かに示している。歴史を感じるわね。
……いやまあ。あくまで見かけだけで実際にはほんの数分前に生成されたものだと思うけど。
「ええと、それでどっちへ行けばいいのかな?」
「ひとまず下ってみよっか。あれ、見えない壁がある」
「じゃあ、あっちが順路なんだね~」
何の説明も無しに山道にいたものだから、登りか下り、どっちへ行けばいいか悩みそうになったけど、まさかの下り方向には見えない壁があった。こう言っちゃなんだけど、作りが雑ね! ダンジョンで「世界の果て」があるのは許せるとしても、物語世界でこれはちょっと……。
そういえば狐さんが「取りあえずテストで作った世界」みたいな事を言っていたわよね、それってこういうことなのかもしれないわね。
「あ、横には壁が無いよ!」
「そうなんだ、それじゃあ敢えて道を逸れてみる?」
「山で寄り道は危険だよぅ~!」
辞めてあげて! バグ探しは楽しいけど、まずは普通の探索をしましょ。
さて、まずはスキルの確認ね。迷い込む世界によっては一部のスキルが封印されていたり、逆に新しいスキルが追加されてたりするから。えーっと、一通りスキルを確認したけど、特に変更は無さそうかな。
「あれ、この見えない壁、こっちには無いよ!」
「ほんとに?」
「こらこら二人とも、戻ってきてー!」
横側から周りこんで見えない壁の向こう側へ行こうとするハルちゃんとリンちゃんを連れ戻し、順路と思われる方へと進んでいく。
しばらく歩いていると、少し先の地面に黒っぽい液体が溜まっている部分を見つけた。
「なんだろあれ?」
「まさか……血だまり?」
「ひぇ~! もしかしてサスペンスな物語なの~?!」
「いや、血にしては黒すぎじゃないかな」
警戒しながらそこへ近づくと、それが墨汁くらい真っ黒であることに気が付く。ほんと何なんだろ、これ?
――バチャバチャ!
「っ!」
急に墨汁溜まりが動きはじめた。その周囲に筆の紋様があしらわれた魔法陣が描かれ、直後墨汁が宙を踊り始めた。そして一匹の狼の絵となる。
「水墨画の世界って感じ?」
「面白いコンセプトだね! ひとまず……〈マジカルバースト〉!」
ハルちゃんのマジカルバーストで狼の絵は消滅しちゃった。うん、雑魚敵だったみたいだね。
「あ、また墨汁が。次は何だろ……」
「どんな魔物になるのかな……ってええー?!」
「トラップに変化したね」
「壊すのは……無理そうだね~」
次の墨汁は魔物ではなくトラップに変化した。地面から竹で出来た槍が周期的に突きあがってくる。
「結構怖いね。スピード遅くしよっか。リンちゃん、お願い」
「了解。『咲き誇れ、時の支配者よ!』」
リンちゃんがそう唱えると、一面にトケイソウが花を開いた。リンちゃんのスキル〈
スリップダメージ付きの床を生成する魔法なのだけど、その場でとどまってくれる敵じゃないと使えないから、道中ではなかなか生かせないのよね。
そして、今咲かせたトケイソウは時間の流れをゆっくりにする効果があるわ。トラップの動作速度が遅くなるけど、同時に私たちの体の動きも遅くなる。なんかドラマとかで、緊迫したシーンで心臓が拍動する音と共に時間がゆっくりになるアレみたいな感じね!(伝われ)
とまあこんな感じで、墨汁で描かれた魔物を倒したり、トラップを越えたりすること数十分、私たちは山頂に到達した!
「すごく気持ちのいいハイキングだったわねー!」
「だね! それで、ここがゴール地点かな?」
「立派な神社があるね」
「ラスボスが出てくるのかなあ~? それとももう終わり?」
「終わりにしては短い気がするけど……。あ、狐ちゃんだ」
山頂にあったのは長い歴史を持ってそうな優美な神社。その御扉、正面にある大きな扉、がゆっくりと開いて中から狐ちゃんが姿を現した。その様子はとても厳かで、まるで神話の一部を見ているかのような錯覚に陥る。
狐ちゃんはふわりと宙に浮き、私たちの目の前まですぅっと近付いてきた。そして私達を見る。
な、なにを言われるのかしら? なんだかすっごく緊張するんだけど……。
…
……
………
『えーっと、ちょっと待ってくださいね。台本がどこか行っちゃって。あっれー?! どこに保存したんだったかな……』
What?
「え?」
「あちゃ~」
「雰囲気が台無し……」
『いやほんとすみません! お恥ずかしながら、デスクトップはぐちゃぐちゃにしちゃうタイプでして……。あはは』
恥ずかしそうに頭を掻き掻きする狐ちゃん。うん、可愛いけど。けどそういうのは事前に済ませておくべきだと思うよ。
というか、物語世界のデータってそんなパソコンっぽい物で管理されてるの?! いや、ゲーム世界なのだから、そのデータがコンピューター上で管理されているのは当然と言えば当然なのかしら?
「えーっと。この機会に整理しようね」
「お兄ちゃんが言ってたよ、デスクトップの乱れは心の乱れだって!」
「背景画像を上手く使って『アプリ』『書類』『SNS』みたいに分けるのが良いよ」
『あははー。えっと、この物語を見ている皆様方もこの機会にデスクトップの整理をしましょうねー』
そして唐突のメタ発言?!
まあ物語世界だもんね。いつかこれは誰かに読まれるってことなのかな。うん、そういう事にしておこう。
◆
『あった! えー気を取り直して。こほん。よくぞ此処まで参られた。そなたらの戦い、見事であった』
あ、やっと始まった。
かれこれ10分くらい「こっちにもない!」「バックアップフォルダが空?!」とか言ってたのだけど、ちゃんと見つかってよかったね。
だけど「バックアップフォルダが空」っていうのは聴きたくなかったな。過去のトラウマが蘇るから。
なにはともあれ、褒美をもらう流れなのかな。何がもらえるんだろ、わくわく。
『しかしだな。そなたらの戦い、はっきり言って単調でつまらなかった。これは私が求める物ではない……!』
あれ、流れが変わった?
『これでは美しい物語とは言えない! ただの散歩番組じゃないか! もっと物語の盛り上がりを! もっとドラマチックな展開が必要なんだ……!』
は、はぁ。
だって敵が弱いんだもん、しょうがないじゃない……。
って言っちゃダメ?
『
時に諸君。私はテンプレな作品は良い物だと思っている。なぜならそこには新たな挑戦があると思うからだ!
「これくらいなら自分でも書けるかも?! よし、何か書いてみよう!」
そう思ってまずはテンプレ小説を書いてみる。そして創作の難しさを気付くんだよ! いくらテンプレに沿って物語を書いても、ちゃんと矛盾させずに書き続けるっていうのがどれほど大変かって事に気付くんだ!
「想像してたよりも難しいなあ……。あ、コメントが来てる!」
意気揚々と開いたそのコメントが「テンプレ乙」っていうアンチコメントで落胆して。もしかしたらそこで創作を辞めてしまうかもしれない。
それって勿体ないじゃないか!
いいか、テンプレな展開は非難するべきものじゃない。「創作界隈へようこそ!」って思うべきだと私は思うんだ!
さあ、己のテンプレを磨け……!
』
「なんか急に語りだした?!」
「妙に実感が籠ってるねー」
「一応言っておくと、盗作はNGだよ」
「創作界隈に足を踏み込むなら、ちゃんと著作権は守ろうね~♪」
テンプレ展開はいいけど、他の作品の展開をそのままパクったらそれはテンプレじゃなくて盗作だからね。それはやっちゃ駄目な事だよ。
『……という訳で、ルールを説明しますね。今から皆さんに〈そうぞー魔法〉っていう、想像した場面を創造できる魔法を付与します。これを使って、ここへ来るまでの道中を物語にして下さい。いくらでも脚色を加えていただいて結構です、適当な設定を加えて頂いても結構です。ただし、採点基準は「それがテンプレ展開か」です』
なるほど。なるほど?
「ええと? 要するに寸劇をして下さいって事?」
「その劇中に、いわゆるテンプレ展開を入れないとダメってことだね」
『そういう事です! なお、テンプレ展開かどうかはこちらの
:お、コメント出来た!
:どうもー、TYCAIでーす!
:TYCAIとは、
:説明アザス
:へー、そうやったんや。初めて知った。
:お前、自分の名前の由来も知らなかったの?
:急な展開にも何故かついていける主人公。これも一種のテンプレだと思う
【1000TP(テンプレポイント)】
え? なんか視界にコメント欄が流れてきたんだけど。なにこれ、面白い!
『コメント欄の皆さんが「これはテンプレ展開だ!」って思ったら、ミラクルコメントっていうのが送られてきます。その合計点数が一定以上集まるとクリアです! さっそくTPが送られてきてますね! この調子で頑張っちゃってください!』
へえ、面白い事になったわね!
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