その日、やはりヒメは誤解に気付けなかった
熱血スノーマンのドロップアイテムは、8個の音符型の石だった。大きさはだいたい10センチメートルくらいかな。透明だけど見ようによっては虹色に輝いているようにも見えるわね。
「わー! きれいな宝石!」
「流石にプラスチックでは?」
「可愛いね~。わわ! 重いよ、これ~! ガラスかも?」
二つ拾い上げたユズちゃんが、その重さに驚いている。私達もそれぞれ二つずつ拾い上げて、その重さに驚く。
「わー結構ずっしりしてる」
「え、重い。プラスチックじゃなくて、ガラス? いやそれどころかダイヤモンドだったり……」
「もしかしてレアアイテムだったり!?」
三人の視線が私に集まる。これは……。
「残念だけど、レアドロップじゃないわね。ここらでは落ちないけど、200層より上になったらいろんな魔物からドロップする、ノーマルドロップね」
「つまり」「ハズレ」「ってこと?」
三人が少し残念そうにそう問いかける。残念ながら、珍しいものではないわね。けど……。
「少なくとも売るようなものではないわね。けど、とっても重要なアイテムだよ」
「売るようなじゃない……けど重要?」
「やっぱり、ヒメはこれが何か知ってるんだ」
「て、哲学だね~?」
売ったら安いけど、重要なアイテム。この一見矛盾した私の発言に三人はぴんと来ていないみたい。けど、ゲームをよくプレイする人なら、これだけでおおよそ予想がつくかも?
「うん、もちろんこの正体はよく知ってるよ。このアイテムの名前は見た目通り『音符結晶』で、ステータス強化に使われる素材よ!」
「ステータス強化? なんだかゲームみたい!」
「……? バフをかけてくれるって事?」
「お守りみたいな? 確かに、これを持ってたら元気になりそうだね♪ パワーストーンみたいな?」
「
ちょっと違うかな? これを使うことで私達自身の『表現力』のパラメータを上昇させることができるの。
例えば魔物を倒すことで、魔力が増えたり、魔法攻撃力、持久力が増えるってことは実感してるよね? そしてこれは【アイドル】に限らずどんなジョブでも共通の現象なの。
ただ、増えるパラメータはジョブによって違うけどね。【剣士】だと物理攻撃力と瞬発力が増えやすい、【アイテム職人】なら器用さが増えやすい……みたいにね。
そういう差があるとはいえ、魔物を倒したり魔道具を作ったりすることでパワーアップするっていう点は全人類共通よ。
ただ、実は【アイドル】には他のジョブにはないもう一つのパラメータがあるの。それが『表現力』、この値が伸びることで、ありとあらゆる魔法の威力を上昇させることができるわ。
」
「え、それってすっごくない?」
「その説明だけ聞くと、高級品に聞こえるけど」
「確かに、ここまでの説明だとすごいアイテムっぽいよね。けど、世間で需要があるかと言うと微妙なんだよね。大前提として、さっきも言ったように『表現力』のパラメータを有しているのは【アイドル】だけなの。つまり、他の人にとっては謎素材で出来た音符に過ぎないわ」
「あー、そっかー。でも、他の【アイドル】には売れるんじゃ……」
「そんな敵に塩を送るようなことはしないと思うよ」
「なるほど、確かに!」
「まあ、そんな訳で自分たちで使うのが吉かなって。売るようなものではないけど、重要って言うのはこういう事よ」
「なるほど~!」
「なるほど、音符結晶の効果は分かった。けど、どうやって『使う』の?」
「へ?」
そりゃあ、キャラ一覧から☆4以上のキャラを選んだら出てくる、『表現力』のメニューからポチポチっと……。
って、メニューなんて無いじゃん! 当たり前だけど! そもそもキャラ一覧なんて項目あってたまるかって話だよね!
えっと、じゃあどうするんだろ?
まさか食べる? このいかにも硬そうな物体を? 実はキャンディーみたいに舐めたら甘いとか?
ってそんな訳ないよ! ゆくゆくは音符結晶1000個使ってキャラを強化する……みたいになるんだよ! 1000個もペロペロしてられないよ!!!
「困ったときはネットで調べよう! ……迷宮内じゃあ電波は届かないよね」
帰ってから調べないとだね。いやはや、まさかこんな事になるなんて。
ゲームとリアルで違ってる点があるのは知ってたけど、まさかこんな障害にぶつかるなんて思ってなかったわ……。ちょっとこの世界における【アイドル】事情を調べた方がいいのかもしれないわね。
と思っていると。ハルちゃんが「あ!」と叫んだ。ハルちゃんの方を見ると、半透明のスクリーンが彼女の前に浮いていた。あれってゲームコインの残高を見るときに使った謎システム? まさか!
「使いたいって念じたらこんなのが出てきたよ! 『音符結晶を消費して表現力を上げますか?』って書いてる!」
「ナイスよ、ハルちゃん! そっか、それでいいんだ……」
凄いわね、なんならゲームよりも使いやすいじゃない。
◆
その後、ヒメたちは各々『表現力』を上昇させ、満足して帰っていった。
あまりにすんなりと事が運んだものだから、ヒメは結局この世界における【アイドル】事情を調べようとはしなかった。
その日、やはりヒメは誤解に気づけなかった。
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