ミカンさん強化計画

ミカンは少し理解した

 今日はミカンさんに【アイドルサポーター】になってもらうべく、話し合いをすることになっている。事前にユズちゃん経由で了承は得ているけど、改めて私から説明しようと思う。


「こんにちは、ミカンさん!」


「ヒメちゃん、こんにちは~」


 ユズちゃん宅の扉が開かれ、穏やかな笑顔のミカンさんが私を招き入れてくれた。そのまま一緒にユズちゃんの部屋に向かう。


「あ、ヒメちゃん! おっはよー! むぎゅー」

「おはよ」

「おはよう~」


 ユズちゃんの部屋には既にハルちゃんとリンちゃんがいた。私が部屋に入るとハルちゃんが駆け寄ってきたのでむぎゅーと抱き合う。


「むぎゅー! っと私が一番最後だったみたいだね。お待たせちゃってすみません」


「大丈夫、ハル達も今来たところだから」


 さてと。全員そろっている事だし、さっそくミカンさんに「昇進」について話をしよう!



「えっと、ミカンさん。まずはどのくらい聞いてます?」


「えっと、なんだかサポーターになって欲しいって聞いてるよ~。そのために【アイドルサポーター】になって衣装を作るんだよね~?」


 良かった、最低限の事は知ってくれているみたいで。


「はい。ご存じのように、私達【アイドル】活動をしていて、その衣装を作る専属のコスチュームデザイナーになって頂きたく思っています」


「うん、けど私、衣服のデザインってあまり自信がないんだけど~。前の服だってデザインしたのは私じゃないし……。アイドルって事はテレビでやってるようなすっごく可愛い服を着るんだよね? あんなの作れないよ~!」


 ミカンさんは困ったような表情で私達を見る。おっと、なにやら誤解があるようで。


「あはは、テレビに出るような有名【アイドル】なら、それはもうおしゃれにこだわるでしょうけど……。私達はおしゃれよりも機能性を優先するので、そこはあまり不安になる必要はないですが」


 へえ【アイドル】ってテレビに出ることもあるんだ。YouPipe配信だけだと思ってた。いや、YouPipeが出来る前はテレビが活動の中心だったのかなあ?

 ダンジョンシステムは古来人間社会に根付いていたわけだけど、その詳細は定期的にアップデートが入る。例えばダンジョンの地形や風景は変わらないけど、ミニゲームや隠し部屋は時代とともに変化するという設定のはず。

 そういう定期アップデートの際に、【アイドル】の活動様式に関してもアップデートが入ったのだろうかと想像してみた。ひょっとすると、YouPipeでの【アイドル】活動は始まったばかりで、メジャーではないのかなあ。暇があればそういう歴史も調べてみよう。


※結局調べませんでした


 閑話休題。まずはミカンさんに「デザイン性よりも機能性を重視する」と伝えないとね。


「機能性……?」

(ダンスが踊りやすい服って事かなあ~?)


「はい。裏話っぽくなっちゃいますけど、私達のレベルだとシンプルで軽い服じゃないとキツくって……。魔物と相対するときはもちろん、移動すら苦労するんですよ。ほら、ダンジョンって結構起伏が激しいでしょ?」


 ダンジョンアイドルの世界ではレベルが上がれば上がるほど、豪華な衣装がアンロックされる。ゲームである以上、そういう仕組みになっているのだけど、馬鹿正直にそうは言えないので「重量制限があるからです」という事になっている。


「魔物?! ダンジョン?! あ、ああ、そういう……」

(アイドルってテレビで見るようなアイドルじゃないんだ! 最近ちょっと話題のダンジョン配信って事かあ~。え、ユズってそんな危ないことしてたの?! いや、ダンジョン内の怪我は現実に反映されないんだっけ? そ、それでも危ないよね?!)


「? いつもシルクとか渡していたでしょう?」


 他にどんなアイドルを想像していたんだろ……?

 もしかしてグラビアアイドルみたいなのを想像してたのかなあ? いやいや、私達中学生だよ?! そんな「危ない」事をできるはずないじゃない!


(そういう事だったの~?! ずっと「どうやってこんな高級素材を?」って思ってたけど、自分たちで取りにいってたんだ~?!)

「こほん。なるほど、つまり豪華な衣装ではなく、動きやすい衣装がいい訳ね。けど、市販の服だとダメなの?」


 そ、そこからかあ。もしかしてミカンさん、こういった事情に詳しくないのかなあ。まあ、それならそれで、今から私が説明すればOKよね。

 ダンジョンアイドルの世界では、サポーターも含めて一つのグループって言う設定なの。「有名デザイナー○○がデザインした服でデビュー」よりも「全く無名のデザイナーとアイドルが力を合わせて一緒に成り上がる」方が応援したくなるでしょ?


「そういう背景があって、ダンジョンで活動するのに必要な衣装は市販されていない、というか出来ないようになっているんです」


「出来ない?」


「はい。ミカンさんが私たちの専属になった場合、ミカンさんが作るアイドルコスチュームは私たちしか使えなくなります。着ても付与効果が発動しないわけですね」


「なるほど~? じゃあ、作る服が全部そうなっちゃうの?」


「いえ、アイドルコスチュームだけです。普通の服は自由に売る事が出来ますよ」


「え~っと、普通の服とアイドルコスチュームの差って?」


「ああ、事前知識がないとそう思っちゃいますよね。ここで言うアイドルコスチュームは、【アイドルサポーター】のスキル〈コスチュームデザイン〉で作った物の事を指す固有名詞です」


「ほへ?」


「例えばですね……。今ユズちゃんがきている服、とっても可愛いですけど、ダンジョンでは着る事が出来ません。ユズちゃん、変身してみて」


「は~い。えい!」


 ユズちゃんが魔法少女衣装に変身した。もちろん、さっきまで来ていた服ではない。その後、変身を解いてもらう。


「というように、普通の服は変身時は消えてしまいます。どれだけ可愛い服でも、どれだけ便利な服も、ダンジョン探索時に着ることは出来ません」


「?!」

(何が起こったの? え、何が起こったの~?!)


「では、違うデザインの衣装を着るにはどうするか。その答えこそがアイドルコスチュームって訳です。変身後の衣装として設定可能な特殊な衣装、それをミカンさんには作って頂きたいという訳です!」


 私の説明にミカンさんは「なるほど~」と納得してくれた。よかったよかった。





 なお、この時のミカンは「よく分からないけど、取り合えず私に手伝って欲しいって事なんだな~」くらいしか理解していなかった。全然「なるほど~」ではない、謎な事が山ほどある。


 けどそれでもいいのだ。

 ミカンはようやく理解したのだ、世の中にはよく分からない事が沢山あるのだと。そしてそれを華麗にスルーする心構えが大切なのだと。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る