リンは思いついた

 リンたち一行は「始まりの根」へと到着した。そして魔力水ことマジカルバリアで作った水を木に与えるも……。


『ダメなのです。大樹が水を吸収していないのです』


 白衣を着たドライアドが残念そうにそう言った。彼女らは大樹が枯れている原因を調べている研究者だそうだ。


「どういうこと?」


『大樹の根っこに大きな傷があったです。そのせいで、栄養を吸収できなくなっているです』


「! それは大変だね」


『大変なのです。この根は大樹にとっての口や食道のようなものです。それが切れているという事は、人間で言うと食道に物が通らなくなっているようなものです』


「それは大変」


『それによって大樹は水が足りない状態にあるです!』


「なるほど。循環血液量減少性ショックにあるって事だね。それなら、急速輸液が必要だね。生理食塩水を沢山入れてあげないと。静脈路を確保すればいいのかな」


 最近医療ドラマには待っているリンは、なんかそれっぽい事を言った。植物にその知識が当てはめるのはいささか無茶な気もするが、リンが楽しそうなので良しとしよう。

 なお、人間のショック病態に対しては生理食塩水よりも硫酸リンゲル液が好んで用いられるのだが……まあリンは医師じゃあないし、別にいいだろう。


『植物は人間とは違うです。注射なんて出来ないです』


「そうなの? じゃあ……ほかの根っこに水をあげるのは?」


『他の根っこはただの支柱です。効果がないです。人間だって、耳の穴に水を入れても飲めないようなものです』


「そっか……」


『非常に不味いです。どうにかしないと、ドライアド全員、生きる場所がなくなるです!』

『どうするです?! どうするです?!』



 ドライアドがあーだーこーだ言っているのに耳を傾け、何かヒントになるようなことを言わないか耳を傾けていたリンだが……途中で聞くのをやめた。大変失礼ながら、議論がループしていて一向に前に進んでいないからだ。


 まるで小学生のディベートみたいだ、とリンは思った。

 (君だって中学生だろうに)



 今分かっている内容は三つ


・リンが生み出した水は植物を元気にできる。

・大樹は、その水を吸収できない状態にある。

・ドライアド達はこれに対する対処方法を思いつきそうにない。



(ドライアドの議論が進んでいないってことは、メタい考察をするなら、もう情報は出尽くしているって事)


 この世界がゲーム世界と知らないリン。しかし、一年間ダンジョンに潜り、色々なギミックを見たことで「なんだかゲームみたい」と思うようになっていた。


 リンはダンジョンに潜る前、「ダンジョンとは人類に与えられた試練」のようなものと思っていた。「神様的な存在が、人類に試練を課すためにダンジョンを生成した」なんてファンタジーあるあるな設定だ。

 しかし、いざ潜ってみると全然そんな事は無かった。基本的には面白おかしい場所だし、魔物との戦闘についても、よっぽど運が悪くない限り怪我をすることが無いようになっている。しかも、万が一、億が一のことがあっても死に戻る事が出来るから問題ない。


 この世界のダンジョンは、攻略に困難を極める試練では決してない。攻略できるようちょうどいい難易度に設定されたゲームだ。……少なくとも【アイドル】にとっては。


(初見でも攻略できるようになっていると思う。実際、ヒメが事前に答えを教えていないって事は、複雑なフラグ管理が必須な謎ではなく思い付きだけで突破できる簡単な問題って事だろうし)


 その考え方はどうなの、と思わなくもないが、当たっているから何も言えない。


(私がキーパーソンなのは間違いないのだから、私のスキルに何かあるはず。……例えば〈マジカルバースト〉。これは攻撃魔法だし流石に違うと思う)


 まあ「攻撃魔法がここでは回復効果を持ちま~す」って可能性もゼロではないが……。もしそれが答えならダンジョンは性格が悪すぎるだろう。



(同じ理由で〈マジカルフィーバー〉も違うよね。〈コスチュームチェンジ〉も関係ないだろうし……。残るは【アイドル】になって以降のスキル)


(〈マイク召喚〉〈ロボマネージャー召喚〉、どちらもアイドルのサポートアイテムを出すスキル。これを木の治療に使えるとは思えない。……ロボマネージャーに一応聞いてみるか)


「木の治療できる?」


 ピコピコ……


「流石に無理か……」


 ピココ……


「謝らなくていい、私こそ無理言ってごめん」


 ピコピコ!


「うん、いつも本当にありがとうね」


 最近になってなんとなくロボマネージャーの感情(?)が分かるようになってきたリンは自然に会話する。傍から見たらかなりシュールなのだが、ドライアドは議論(笑)に夢中で気にしている様子はない。


(〈私も歌を聞いて!〉も攻撃魔法だから除外だよね)


 ざっとスキルを復習したがどれも木の治療に、木に水を与えるのに使えそうではな……い?


(待った。本当に? 何か引っかかる)


 不意にリンは何か重大な事を見落としている気がした。

 もう一度自身の持っているスキルについて考える。



 まず、〈マジカルバースト〉は魔法マジカル炸裂バーストする魔法だ。〈マジカルバリア〉は魔力マジカル障壁バリアを張る魔法。マジカルフィーバー〉は魔力マジカル熱狂フィーバーを起こす魔法。


 全部、名前通りの効果がある。フィーバーだけちょっと曖昧な気もするが、フィーバーは熱狂と言う意味のほかに、発熱と言う意味もある。つまり、健康に良くないニュアンスもある訳で、攻撃魔法の名前に使われてもおかしくないと言えよう。


(でも〈私の歌を聞いて!〉は違う。これだけはネガティブな意味を含んでない……)


 これが某アニメの歌下手キャラが〈俺の歌を聞け!〉と言っているなら攻撃かもしれないが、少なくともリン達の歌に破壊的な効果はない。


(そういえば、〈私の歌を聞いて!〉で百鬼夜行を倒した時、妖怪たちはこんな事を言っていた……)



~ 回想始まり ~


 ギャアアー! ナンテ良い歌声ナンダー

 浄化されるーー!

 いい歌だったぜ、ベイベー!


~ 回想終わり~



られる、じゃなくて浄化されるって言ってた。なんなら、いい歌って褒めてくれた……)


 スキル〈私の歌を聞いて!〉は攻撃魔法なのだろうか?


(蝶々廻廊でこのスキルを使ったときも確か……。〈私の歌を聞いて!〉を使った直後はただ私たちの周りをふわふわ音符が舞うだけだった。敵が現れたら、迎撃してたけど、明らかに「攻撃魔法」とは挙動が違う)



 スキル名は全てその効果を的確に表しているという事実。そしてスキル〈私の歌を聞いて!〉の効果……。



「もしかして、〈私の歌を聞いて!〉は攻撃魔法ではなくて、文字通り『アイドルわたしの歌を聞かせる』魔法って事では。魔物がそれを聞くと浄化されるから攻撃っぽく見えるけど、本質は歌を強制的に聞かせるって効果だとすれば……」



 根を失った大樹に、魔力水私の歌届ける聞かせることもできるのでは?



「答え合わせをしようかな」


 そう言ってリンは、ヒメからもらった手紙を読むことにした。



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