魔方陣の意味、Part 2

 手芸部元部長は、自身の作った魔方陣に魔力を流した。


「……」


 じっと魔方陣を見つめ、何やら考えている様子。

 しばらくして魔方陣に込められた魔力が使い果たされ光を失った。


「……やっぱり。この魔方陣が起動している間、私は年末の気分になる」


 初めて魔方陣を起動したとき、初夏にも関わらず彼女の頭に「年賀状の用意をしないと」という考えが浮かんだ。その時は「寝不足だったのと冷房で部屋を寒くし過ぎたから」と思ったのだが、どうやらそうではなかったようだ。


 この魔方陣が彼女の認識をゆがめていたのだ。


「ひょっとして私は、とんでもない物を生み出してしまったのでは……」


 精神に影響を与える魔法。ダークファンタジーでは定番の魔法ではあるが、現実には存在しない物だと考えられている。

 例外的にピンクマッシュルームが使う「誘惑の異常状態」は精神に影響を及ぼすが……あれは魔法というよりは毒に近いものと考えられている。


 彼女は改めて自分の手の平の上にある魔方陣を見つめる。もしもこれが精神汚染を引き起こす物と証明されたら、もしもこの魔方陣の意味が完全に理解されて応用できるようになったら。


「人類滅亡待った無しね……」


 不幸にも人間という生き物は、というよりもほぼ全ての生き物は、独善的で身勝手な存在だ。そんな存在が「他者を操る技術」を持とうものなら……どうなるかは火を見るよりも明らかだ。


 では、この魔方陣を隠すのか?

 それは解決にはならないだろう、自分がこの情報を隠してもすぐに別の人がそれを見つけるだろうから……と彼女は考えた。


「そうなると、私にできることは……。真っ先にこの魔方陣の技術を暴いて、誰よりも早くそれを無効化する術を身につけること」


 だから彼女は、この魔方陣について精査することにした。

 幸いにも彼女が通っているラボは魔法の専門家が集まっている、彼らに相談すれば何か分かるかもしれない。



「なるほど、これを人工的に作れるとはね……」


 魔方陣を教授に見せたところ、意外な言葉が返ってきた。まるで同じものを見たことがあるような反応である。


「え? このような物が他にあるのですか?」


「ああ。先に結論から言うと、これは精神に影響を及ぼすような物じゃないよ。だから危険視する必要はない」


「ですが……」


 実際に魔方陣を起動したら、おかしな感覚に襲われるじゃないか。

 そう言おうとする彼女を制止し、教授は言った。


「まあまあ。精神に影響を及ぼしていないとしたら、何が起こっていると思う? どういう機能があるんだと思う?」


「えーっと?」


 精神に影響を及ぼさずに精神に影響を与える方法があるという事だろうか? ……意味が分からない。


「……まあ、これはヒント無しだと答えられないかな。今日はこの後時間あるかい?」


「あ、はい。特にコマも入ってないです」


「よし、じゃあフィールドワークに行こうか。大学院生の子、留学生の子も誘って、みんなでお出かけだ」



 元部長一行が訪れたのは一つの廃校だった。古くなった校舎と誰もいない校庭にどこか寂しさを感じる。


「ここは……?」

「Oh, Japanese心霊Spotデス!」

「いや、心霊スポットじゃないと思うよ、ほらあそこ。『廃校ダンジョン』って書いてる」


 その場所の名前は『廃校ダンジョン』、廃校だったものがダンジョン化した物である。


「え、ここってダンジョンなんですか?!」

「ダンジョン! 面白そうデス!」

「面白いのかなあ……? それで教授、どうしてダンジョンに?」


「ここでうちのラボが研究しているギミックがあるからさ。さあ、早速入ろう」


 校門をくぐり、かつて下駄箱があったと思われる場所へたどり着く。すると足元で魔法陣構築され、目の前の景色がガラッと変わる。


「ここがダンジョンですか」

「そういえば、戦闘出来る人がいまセ~ン! 大丈夫なんデスか?」

「あれ、言ってなかったっけ? 私、【水術師】でレベル30あるよ」


「ああ、安心してくれ。ここに強力な魔物はいない。PDS分類で0~1くらいの魔物しかいないから」


 つまり、せいぜい子犬レベルの脅威度という事。多少怪我するかもしれないが、普通にしていれば問題ない。


「そうなんですね。あら、廊下の向こうから何かが転がってきましたね」

「Soccer Ballデス!」

「廊下でサッカーするの?」


「いや、あれはサッカーボールスライム、れっきとした魔物だよ。さあ、思いっきり蹴るんだ」


「え? こ、こうですか? えい!」


 元部長は転がってきたボールを蹴り返した。ポーンとボールが跳ねて10メートルほど転がるも再び四人に向かって転がってきた。


「わわ、坂道でもないのにこっちに来ました! やっぱり魔物なんですね」


「もっと思いっきり蹴るんだ」


「え、私、運動苦手で……」

「じゃあ、ワタシが蹴っていいですか?」

「あ、お願いします」


 今度は留学生の子がボールを蹴ることに。おお


「刮目せよデース!」


 バン! 思いっきり蹴られたボールは吹っ飛ばされる途中で光の粒子となって消え、ドロップアイテムを落とした。


「面白いデース! でも、廊下でサッカーはおかしいと思いマース!」

「外は暑そうだからじゃないかな?」


 四人は窓から外を見た。校庭は如何にも暑そうで、少なくともスポーツをしたいとは思えない状態である。


「なるほど、日本の夏は蒸し暑いデスからね!」

「だからって廊下でサッカーはどうなんでしょう……。それに、少し寒すぎません?」

「運動することを想定しているからじゃないかな?」

「ああ、なるほど。……えらく親切なダンジョンですね」


 この廃校(?)どういう訳か空調が効いているのだ。学校だった時は空調なんて無かったから、ダンジョンが改造したのだろう。


 他にも、例えば天井で光っているのが蛍光灯ではなく魔法陣になっていたりと、ダンジョンが色々と手を加えている事が分かる。

 廃校なのに普通に蛍光灯が点いていたらおかしい。それならいっそ、ダンジョン要素を出すために魔法陣を光らせたら、ね。はい・・都合って訳よ。廃校なだけに! ……ごめんなさい、忘れて下さい。


「さあ、先を進もう。突き当りの階段を昇れば、次の階層に行ける」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る