魔法陣の意味、Part 3


 階段を上ると今度はバレーボールスライムが飛んできた。よそ見していると顔面に当たるので要注意だ。


「えい!」

「ヤー、デス!」


 大学院生の子がトスして、留学生の子がスパイクを決めた。

 今のトスはとてもカッコよく決まっていた。君のトクール・・・だったね! スクールなだけに! ……ごめんなさい、忘れて下さい。


「今の、いい連携だったね」

「楽しいデース! けど廊下でスポーツはやっぱり変な感じデス!」


 四人は窓から外を見た。階層が変わって季節も変わったのだろう、校庭は如何にも寒そうだ。


「冬の校庭を見ると、マラソンを走らされた記憶がよみがえります……。軽くトラウマです……あはは」

「私は走る結構好きだけど、校庭を何周もするのは飽きる。海外でも冬にマラソン大会とかあるの?」

「ワタシの学校ではチャリティーマラソンがありマシタ!」


 なんて話しながら、四人はダンジョンを攻略した。なお、このダンジョンは一階と二階の計二層しかなく、ボスもいない。いわゆる「超小型ダンジョン」と言う物である。



「さて、どうだった?」


 ダンジョンから出るなり、教授は3人に問いかけた。


「どう、とは?」

「いい運動になったデス!」

「こんな不思議なダンジョンがあるなんて知らなかったです」


「では質問を変えよう。一層と二層で変わった事は何だったかな? 出てくる魔物以外で」


「えーっと、季節が変わりました」

「一層は暑そうで、二層は寒そうでした! 外は!」

「空調が効いていたから、快適だったけど……」


「なるほどね。……本当にそうだったかい?」


「「「え?」」」


「改めて、一階層からみた外の景色と二階層から見た外の景色を思い浮かべてくれ。何か違いはあったかい?」


 三人はついさっき見た景色を思い返す。暑い夏の景色と寒い冬の景色は全く異なる物……だった気がする。

 だが「何か違いはあったか?」と聞かれると何も言えなくなってしまった。校庭から見えた景色に草木は一本も生えておらず、季節を感じさせる物は無かったからだ。


「これがこのダンジョンの興味深い所なんだ。探索した人はみな、一階が夏で二階が冬だったと言う。だけれども両者に違いは一切ない。ちなみに廊下の気温も全く同じだよ」


「え?!」

「Realy?!」

「もう一回行っていいですか?」


「もちろん」


 四人はもう一度ダンジョンへ向かった。今回は勝手が分かっているので、10分も掛からず帰ってきた。


「確かに、どこを見ても同じでした……」

「Mysteriousデス!」

「興味深い……。なんでこんな事が」


「はじめ我々はダンジョンが環境作りの魔法のようなものを使っているのではないかと考えたんだ。天井で光っていた魔法陣にそういう効果があるんじゃないかって考えたりね」


 そういえば、天井では蛍光灯ではなく魔法陣が光っていた。


「環境作りの魔法……?」

「Wow、それが本当ならinterestingデス」

「それって思考誘導って事ですか? もしそうなら危険極まりないような……」


「思考誘導とはちょっと違うかな。例えば雪が積もっている風景が目の前に広がっていたら、我々は冬を想起するだろう? 似たようにあの魔法陣には『夏』や『冬』の概念が込められているんじゃないかって」


「な、なるほど! じゃあ、私が作った魔法陣も……!」

「「魔法陣?」」

「ああ、えっと。かくかくしかじかという訳でして」


 元部長はヒメ達が見つけた魔法陣の鑑定結果を思い出す。概念・節・指定、そしていくつかの数字だった。これは「季節の概念を指定する」と言う意味だったのかもしれない!


「まあ待て待て。言っただろう、『はじめこう考えた』と。実はこれは間違い……とは言わないけど、不十分だったんだ」


「「「不十分?」」」


「ある時、オーストラリア出身の留学生にここを見せたら、他の人とは逆の季節を感じたんだよ。つまり、一層を夏、二層を冬ってね」


「「え?」」

「でもワタシはそう感じませんデシタ!」


「おそらく君は、日本に来てから長いからだろうな。季節を逆にとらえた留学生は日本に来てすぐの人だったんだ。とまあ、こういった事情から、天井の魔法陣に込められているのはただの季節ではないと分かったんだ」


「えーっと。季節ではなく、カレンダー上の日付という事ですか?」


「そういう事。寒い冬や暑い夏といった『自然が生み出す季節』が込められているんじゃない。人間がカレンダー上に見出す『人工的で概念上に存在する季節』が込められているんだ」


「なるほどデ~ス! つまり一層は『8月』に固定されているんデスね!」

「実際に時間が止まっているのではなく、カレンダーをめくり忘れた。そんな感じかな」

「じゃあ、この魔方陣も……」


 元部長は自分の作った魔方陣を見る。

 魔法陣の効果を正しく理解したからだろうか、今まではバラバラの単語だった鑑定結果が、今では意味ある文章として読むことが出来た。



“概念上の季節を、左上を12/01、下中央を01/01と指定する”



 この魔方陣は概念上の季節を12月に固定する。それを使っても気温が変わる事はないし、もちろん時間が止まる訳でも無い。

 この魔方陣が持つ影響は小さいと言えよう。しかし、それは人類に大きな疑問を投げかけているのではなかろうか?


 どこかの中学生が小論文で「技術の発展によって、我々は自然な季節感を失いつつあるのでは?」と述べていた。


 技術の発展は快適さをもたらす。しかし、それは良い事ばかりと言えるだろうか?

 いつしか人間は「暖房が効いた冬」なのか「冷房が効いた夏」なのかをカレンダーによってしか認識できなくなるのではないか。そう思えてやまない。

 自然な季節感が損なわれないよう、我々は今一度、発展の仕方を考えるべきではなかろうか。


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