枯れ枝

 ドライアドの町を案内されるリン。まずは市場に行くことになった。


『ここでは色々なものが売られていますです』


「うん、色々あるね」


 市場は露店が立ち並んでいる通りだった。果物や野菜と言った食べ物からアクセサリーやお皿と言った家具を売る店まで、幅広い種類の店舗が立ち並ぶ。

 ぱっと見た感じ、相当の広さがありそうな市場だ。こんなの全部見て回るのは無理だろうと思ったリンは、ドライアドにお勧めの店を聞くことにした。


『お勧めです? うーん、チキンカツサンドがおいしいです』


「え、お肉ってあるの?」


『もちろんです。お肉は美味しいです。栄養たっぷりです』


 リンは勝手にドライアドは植物由来の物しか食べないと考えていたのだが、それは間違いだったようだ。リンは「ドライアドのイメージが……」とつぶやいた。


「まあ、生ごみを畑に埋めて肥料にするってことも行われてるし、植物が肉を栄養源にするのもおかしくはないのかな……」


『? 何か言ったです?』


「うんん、なんでも。あーそういえば私お金を持ってないのだけど」


『あ、そうなんですね。じゃあ、魔力水のお礼って事で私が奢るです!』


 魔力水。リンが〈マジカルバリア〉で生成した水の事だ。この特殊階層では、リンの作る水は魔力を豊富に含んだもので、植物の成長を助けるという設定になっているらしい。


「いいの?」


『もちろんです。んー、でも、もしよかったら後でもっと魔力水を頂ければ嬉しいです! あれでお風呂に浸かったら、お肌つやつや間違いなしです』


「ん、分かった」


 と返事しつつ、内心「ドライアドってお肌の調子とか気にするんだ……」と思うリン。この世界のドライアドは精霊と言うよりはむしろ人間の一種ととらえる方がいいのかもしれない。



 という訳でチキンカツサンドをいざ実食。


「んん! おいしい」


『それは良かったです!』


「……ところでこれって、何の肉?」


『ニワトリっていう魔物の肉です』


「え、ええ? まさか、あの子?」


 リンが指さした先にいたのはヒヨコのカップル。二羽は楽しそうにデートしていた。手を繋いで羽を絡めて歩くヒヨコ……とてもシュールだ。

 というか、こんなところにもいるんかい。リンは心の中でツッコんだ。


『? あれはヒヨコっていう野生生物です。ニワトリとは無関係です。可愛い友達です、食べないです』


「……そっか」


 どうやら本当に無関係らしい。



 その後、市場を後にした二人は町の中をぶらぶらと散歩した。町と言ってもここは全て木の上。もはや町の散策と言うよりも森林浴に近いとリンは感じた。


「空気も澄んでてすっごく良い場所」


『そうです? そう言ってくれると、私達グリーンドクターも頑張っている甲斐があるです』


「ツリードクター?」


『はいです。木のお手入れをしたり花を植えたりするのがお仕事です。今向かっているのはその拠点です! そこで私の友達に紹介するです!』


 このドライアドがなぜ花を植えているのかがここで判明。彼女たちは自然を守る仕事に従事しているようだ。

 リンと会ったときに花を植えていたのも仕事の一環だったという事だろう。



 さて、しばらく歩くと、グリーンドクターとやらの拠点が見えてきた。その中で、リンは数名のドライアドを紹介された。


『なるほどです。この人は魔力水を生み出すです? すごいです! 見てみたいです!』

『見てみたいです!』

『見たいです』


「ほれ、〈マジカルバリア〉」


『『『おお~です!』』』


 全員に多様なしゃべり方、容姿も細かいところは違えど、大方似ている。そして名前がない。どうやって社会を形成しているの、と疑問を持つも、ドライアド曰く『なんとなくでわかるです』だそうだ。


 ドライアド達はビニールプールに魔力水を注ぐようお願いしてきたので、リンはそこに水をいれる。すると、大勢のドライアドたちがキャッキャとそこに浸かり始めた。


「こうして見ていると、本当に子供みたいで可愛い。〈マジカルバリア〉」


『『『わ~です!』』』



 そうやって遊んでいると。

 突然、何者かが『大変ですー! 緊急会議です!』と言う声が聞こえてきた。


『師匠です?!』

『何かあったです?』

『緊急会議です?!』


 その声を聴いたドライアドたちは一斉にプールから飛び出して、拠点の外へ向かった。リンも慌てて彼らを追う。


『これを見るです!』


 師匠と呼ばれていたドライアドは、袋から何かを取り出した。それは……何の変哲もないただの枯れ枝。


『『『?!』』』


 しかし、ドライアドたちの顔に緊張が走った。


「なにがあったの?」


『む、人間です? お客さんです? お恥ずかしいところを見せたです。でもこれは一大事なんです!』


『これは大樹の、つまりこの町を作っている木の枝です!』

『そして、その枝は普通、枯れることがないです。葉っぱが枯れることはあっても、枝が枯れることはあり得ないです!』

『もしかしたら何かの病気かもしれないです! そうなったら、この町は終わりです!』


「それは確かに大変だ。それで、状況はかなり不味いの?」


『分からないです。詳しくは研究者が調査中です。取り合えず、肥料を持っていかなくてはです!』


 そう言って師匠は拠点内へと入っていった。そして……。


『す、す、す、すっごい量の魔力水です?! これはなんです?!』


 そんな風に叫ぶ声が聞こえた。



「あー。もしかしてそういうこと?」


 もうこの段階で先の展開が読めたリン。いや、リンじゃなくてもこの後の展開は分かるだろう。

 そして。まあ、想定通りと言うかなんというか。リンは大樹の根幹部のある「始まりの根」に魔力水を与えに行く流れになった。


「うーん。テンプレ。だけど、それはそれでいいかも」


 いかにもテンプレな展開に、それも俺TUEEE系小説のテンプレみたいな展開に巻き込まれ、リンは苦笑する。しかし、心の中では中二心をくすぐられてワクワクしていた。


「~♪」


 思わずユズのように鼻歌を歌うリン。可愛い。


「……。いや待て待て。本当にそんな単純?」


 しかし、不意に嫌な予感に駆られた。

 リンは腰に付けたマジックバッグを見る。中にはヒメがくれた手紙が入っている。


「……絶対何かもうひと悶着ある。自力で解けるかなあ」



 もうすぐ目的地。果たしてそこで待っている「もうひと悶着」は何なのだろうか……。答えはヒメのみぞ知る。


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