存在・実在
「♪ ♪ ♪ 〈
足でステップを踏んでタイミングを計るユズちゃん。そして完璧なタイミングでバリアを使用、見事にパリィを決めた。
メ~ン……という断末魔の叫びと共にメーメーメンカのポリゴンが砕け、綿花へと形を変える。
「おお~! 完璧ね、ユズちゃん!」
私たちは拍手でユズちゃんを迎える。ユズちゃんは清々しい表情でこっちに向かって走ってきた。
「ありがと~! 結構楽しいね、これ♪」
「でしょ?」
パリィの良い所は、何と言ってもスカッとするところ。慣れるまでは大変だけど、慣れてしまえばストレス発散になるのよね。
さて、それじゃあこの調子てもっともっと綿花を集めよう! と思ったのだけど。
「そういえば、今って何時だろ? ハル、お腹が空いてきちゃった」
「そういえば、時間を忘れて楽しんでたね」
「そういえば、けっこうな時間こっちにいるね。そろそろ帰らないと、お姉ちゃんが心配しちゃうかも!」
……そういえば結構な時間
「それもそうだね、じゃあ最後に町に寄ってから帰ろっか」
「「「はーい」」」
ステータス画面からマップを開き、町をクリック。〔転移しますか?〕と聞かれたのでYesを押した。この世界では非戦闘時にはマップからセーブポイントへ帰れるのよね。便利ね~現実世界もこうなればいいのに。
こうして無事町まで転移した私たちは、沢山の服が飾られているお店へと向かう。一見ただの服屋さんに見えるけど、実はそうではない。
「さてと、
「「「アバター屋?」」」
聞きなれない言葉に三人が首をかしげる。私はコクリと頷いてから説明を続ける。
「そう、アバター屋。お金もしくは素材を消費することで、外見を変更できるの。服はもちろん、種族だって変える事が出来るわ」
私たちが毎日服を着替えるように、この世界の住人である「姿無き者」は肉体そのものすら変更してしまう。今日はネコミミ、明日は竜人って感じに。だからこの世界には服屋はなく、代わりにアバター屋があるって訳。そう説明した。
「なるほど。要するに、キャラメイクできるってことだね」
そう! リンちゃんが言ったように、ゲームっぽく表現するなら、ここはキャラメイク出来る場所だね。注意点としては、服は持ち出しできるけど種族の変更は物語世界内でしか反映されないわ。もしできるなら、今頃地上は色んな種族が過ごすファンタジーな世界になってしまう。
「そして、ここで買える一番安いものがただのマント『姿無き者の外套』なの。私たちが探している素材ね」
「なるほど、ここで手に入るんだね!」
「そういえば、それを探してたんだった」
「リンちゃん、目的を忘れちゃだめだよ~!」
あはは、それにしても長い道のりだったわね~。それこそ当初の目的を忘れそうになるくらい。
これでやっと特殊効果付きの服を作れるわ。そうしたらミカンさんのレベルが上がって、強力なバフ付きの服も作れるようになる! 完璧だね。
店に入ると、店員さんが商品一覧を持ってきてくれた。えーっと……あった! 最初のページに載っている。
【姿無き者の外套】
・必要素材:綿×25 or 2500GC
・説明:無地のマント。
・詳細:風になびかせるとどことなく哀愁が漂う、シンプルなマント。しかしそれは新たな生活への希望の印でもあった。存在するが実在しなかった彼らにとって、このマントは実在証明となったのだ。
ダンジョン内においては、攻撃の追尾を無効化する効果がある。
「わあ! なんていうか……フレーバーテキストっぽい説明文だね!」
「流石ゲームの世界」
「実在証明? 存在証明じゃなくて?」
ユズちゃん、良い所に気が付いたわね! 実在証明、あまり一般的じゃない言い回しだよね。こういう「よく分からない言葉」には筆者の意図が込められている事が多いわ。
「国語の授業で似たことを習ったよね」
「現代文の鉄則だね」
「じゃあ、ここになんらかの意図があるってこと?」
そうだと思う。解釈のカギとなりそうなのは実在と存在の違いだね。
実在は「実際に
これを言い換えると『私という人間は、そりゃあ客観的に「実在」する人間ではあるけど、社会の中で埋もれてしまって「存在」していると言い難いよね』みたいな感じになるのかしら?
しかし、姿無き者や人工知能にとっては逆になる。明確なアイデンティティはあるのに、客観的に「実在」しない。――いやしなかった。
しかし外套を与えることで彼らは自身の実在を証明できた。かつて、他者から認識されず孤独だった彼らにとって、これは希望となった。それをそんな意図がこのフレーバーテキストからは読み取れる。
――って私は考えた。
◆
無事アイテムを入手した私たちはゲームからログアウト、じゃなくて物語世界から帰ってきた。本からぴょこんと飛び出しユズちゃんの部屋へと戻ってくると、目の前には目を丸くしているミカンさんがいた。
「な~んだ、ヒメちゃんたちだったんだね」
「あ、なんかごめんなさい。びっくりさせちゃいました?」
「そりゃあそうだよ~。本から何かが飛び出してきたんだよ、まさかモンスターの襲来?!って思っちゃった~。これが前に言ってた『本』なの?」
「あはは、モンスターではないのでご安心を。はい、そうです。この本の中には冒険の世界が広がっています! それで、これ、無事取ってきました!」
私がマントを見せると、ミカンさんが「なあにこれ?」と言いながら目を光らせた。あ、これは目が本当に発光したって意味だよ、たぶん鑑定魔法が発動したんだと思う。
「へえ、これが『姿無き者の外套』なんだ~。一見ただの布だけど、確かに変わった魔力が乗ってるね。これで服を作ったらいいのかな?」
「「「よろしくお願いします」」」
「お願い、お姉ちゃん♪」
「まっかせて♪ あ、そうそう。もうお昼だけど、何かリクエストはある~?」
この後、そうめんをごちそうになりました。ごちそうさまでした。
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