夏休み

夏だしホラゲをしよう!

 それは夏休みが始まって一週間とちょっとが経過したある日の事だった。その日も『電脳世界の歩き方』の練習をユズちゃんの家でしていたのだけど、それが終わっておのおの家に帰っている途中でリンちゃんに呼び止められた。


「ヒメ、ちょっとお願いがあるんだけど」


「なあに、改まって?」


 わざわざ二人きりの時に話しかけてくるなんて、もしかして何か深刻な内容かしら……?


「あの、さ。今度私の家で一緒にゲームしない?」


 良かった、悪いニュースではなかったみたい。しかし、なんでこのタイミングで、という疑問が残る。


「もちろんいいけど、どうしてわざわざ二人きりの時に? みんなで一緒には出来ないゲームなの?」


「えーっと、なんていうか。そのゲームが結構怖い奴なんだ。恥ずかしながら、一人でやるのが怖くって、その……」


 リンちゃんはそう言って照れくさそうに眼を逸らした。か、可愛い……! 普段クールな女の子のテレ顔って最高!


「なーるほど。二人に怖がってるところを見られたくないから、このタイミングで話したんだ」


「うん……。いや、二人にはちょっと刺激が強すぎるかと思っただけ。他意はない」


「絶対他意あるじゃんー。けどまあ。二人には刺激が強すぎるって言うのは同意。リンちゃんも怖いってことはかなりヤバいんでしょ?」


 うん、すっごい怖いとリンちゃんは肯定する。


「そんなゲーム、どこで手に入れたの? それと、なんてゲームなの?」


「ゲームはお父さんが買ったんだ。それで『お前もやってみるか?』って渡してきた。ゲームの名前は――」


 そこまで言ってから、リンちゃんは一度溜息を吐いた。そして、まるで忌々しい物の名前を呼ぶかのような面持ちでこう言った。


『瘴恨と朱殷の花』



 世の中には無数のホラーゲームがあるけど、怖さの本質を考えると四通りしかないと私は考えている。その四つとは「突然の出来事に対する驚き」「グロテスクな表現」「胸糞悪いシナリオ」「セーブポイントまで戻される嫌悪感」である。


 突然の出来事に対する驚き、これには「画面に血の手形が付く」「曲がり角から敵が現れる」みたいな素直なギミックはもちろん、他にも「絶対安全だと思っていたメニュー画面に、突然敵が表示される」みたいな裏切りを利用するタイプもあるわね。


 グロテスクな表現に関しては言うまでもなく怖さの根源となるわよね。安直な物だと目玉がいっぱいついた敵とか? これ単独だと怖いというか気持ち悪いに近いかも、けど他の要素と組み合わせることで恐怖を演出できるんじゃないかな?


 胸糞悪いシナリオに関しては……。私は嫌い。以上、説明終わり。


 セーブポイントまで戻される嫌悪感って部分は、ホラー映画とかとは違う点ね。ホラー映画だと「死や不自由への恐怖」だけど、ゲームの場合は死んでも生き返るし、不自由(閉じ込められるとか?)はバグ以外の何物でもない。だから代わりに「えーまたあそこからやり直し……」っていう嫌悪感を以ってこれを表現する。

 これの難しい所は、やりすぎるとただの鬼畜ゲーになるって所。不快感を与えつつ、ゲーム自体は嫌いにならないようにする必要があるわ。



 さて、リンちゃんがクリアを挫折した『瘴恨と朱殷の花』ってゲームは、この中でも特に「グロテスクな表現」と「セーブポイントまで戻される嫌悪感」に力を入れている作品みたい。

 一応年齢制限はないみたいだけど、18歳以上推奨だって。私はともかく、リンちゃんはプレイして大丈夫なの……? いや、大丈夫じゃなかったから一緒にプレイすることになったのか。

 ざっと調べてみた感じ、最初のボスの突破率が50%を切っている鬼畜っぷり。それなのに人気っていう謎現象。きっと熱狂的なファンがいるのね。ちなみにリンちゃんのお父さんは完全クリアしたとの事。きっとゲームが得意なのね。



 せっかく遊ぶならガッツリ楽しみたいって事で、リンちゃんの家に泊まることにした私は、お泊りグッズを持ってリンちゃんの家に向かった。チャイムを鳴らすとリンちゃんが扉を開けてくれた。


「お待たせー! ごめんね、遅くなって」


「ううん、大丈夫。お母さんの為にお弁当を用意してたんだよね? ヒメはほんと偉い」


 お母さん、ご飯の支度をサボりがちだからね……。なにせ、前に私が外泊した時は三食カ■リーメイトで済ませたらしいのよ。信じられない……! そんな事にならないよう、朝昼晩三食×2日分のご飯をマジックバッグに入れておいた。


 さて、リビングに入ると二人の女の子がこちらに手を振っていた。


「ヒメちゃん、やっと来たー! 早く始めよー!」

「も~ハルちゃん! ヒメちゃんは忙しいんだから、急かしちゃだめだよ~」


「……」


 私はジト目でリンちゃんを見つめる。リンちゃんは目をそらしながら「あはは」と乾いた笑みを浮かべる。



 二人でプレイするはずだったのに、どうしてハルちゃんとユズちゃんもここにいるのか。それには深くない訳がある。

 お泊りの日程を調整している時の事。リンちゃんがメッセージを誤爆して、四人のグループチャットに会話を流しちゃったのよね。

 ハルちゃんが「二人だけでゲームなんてズルい!」って怒って、ユズちゃんが「二人きりでお泊りなんてズルい!」って怒って。その場はどうにか抑える事が出来たけど、代わりにこうして四人でプレイすることになってしまった。


 大丈夫かなあ……。まあ、なんとかなるか! ハルちゃんもユズちゃんもダンジョンで鍛えてるし!



 ……そう思っていた。



 ――しかしこの判断が不味かった。私の楽観的な判断のせいで、私達の関係がアブナク・・・・なる事を、この時の私はまだ知らない。


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