春陽(ハル)の朝

 すーすーすー。


 スイーツのイラストが描かれた可愛らしいベッドで寝ている、プリティーな女の子。彼女の名前は春陽、友人からはハルと呼ばれている。

 布団からチラと見えているハルの顔はとても幸せそうだ。楽しい夢を見ているのだろうか。


「ヒメちゃあん……。すっごく美味しい……。むふふふ……」


 友達と何かを食べている夢のようだ。よっぽどおいしいのだろう、その小さくて可愛らしいお口からよだれがこぼれそうになる。

「ごちそうが出てきたのに、結局食べれずに目が覚めた」と言う夢を見て何とも言えない喪失感を覚える人が多い中、ちゃんとごちそうを食べて、しかも美味しいという夢を見れるのは、ハルの純真無垢な性格の現れなのかもしれない。


 しかし、楽しい時間はそろそろ終わり。もう起きる時間だからだ。


 ジリリリリ! おっはようー! 朝だよ~!

 ジリリリリ! おっはようー! 朝だよ~!


 小学一年生の頃から使っている目覚まし時計が鳴り響いた。突然の大きな音に目を覚ましたハルは「ふへ?」と可愛らしい声を出してから、むくりと起き上がった。


「うーん? 朝……朝! ハルは今日も一日頑張るよ! えいえいおー!」


 そして日課の「今日も一日頑張る宣言」をした。


 うーん、可愛い。なんて可愛いのだろうか。

 地の文が感情を持つのはおかしいというツッコミが聞こえるが、それでも言わせてほしい。ハルは至高の存在だと。

 毎朝こうしてエネルギーをチャージしているから、ハルはいつも溢れんばかりの元気を持っているのだろうか。そしてその元気をみんなにおすそ分けするのだ。

 彼女には今後も、周りを元気にし、笑顔にさせる存在でいて欲しい。地の文はそう思った。


 おっと言い忘れそうになっていた。もしも君が「そこは『~ぞい!』じゃないのかよ!」と思ったのならこう言わせてくれ。危ないから辞めて下さい、と。



 ぴょーんとベッドから飛び出したハルは。「うーん!」と体を伸ばしながら、大きなテディーベアの前に歩いて行った。この子は10歳の誕生日の時にヒメたち三人から贈られたもので、ハルは「ベアちゃん」と名付けて慕っている。名前が安直な事この上ない件も、ハルらしいと言えるのではなかろうか。


 ベアちゃんの前に来たハルちゃんは、手を握った。


「おはようベアちゃん!」


 ハルは元気にそう言った。

 このシーンを可愛い物好きなヒメが見ていたら、ハルの可愛さにあてられて萌え死していたかもしれない。危なかった、ヒメが死んでしまったらこの作品が終わってしまう。


 ハルはその後、魔法少女に変身してから即解除することで寝癖を整え、そのまま部屋を出た。トテトテと階段を降りてリビングの扉を開けた。


「おはよう、ママ、パパ、お兄ちゃん!」


 まだ早朝だというのに、三人はすでに起きていた。これは父親の出勤時間が早いからなのだが、おかげでハルはダンジョンへ行く前に朝食を摂る事が出来ている。


「おはよう、ハルちゃん」

「今日も元気そうだな」


 ハルの両親はそう言いながら、ハルの朝食を用意した。今日はフレンチトーストのようだ。ちなみに、上にたっぷりとかかっている蜂蜜はハルがダンジョンで獲ってきたものである。


「今日もご機嫌さんね。いい夢見たの?」


「うん! 今日は大人になったハルが、ヒメちゃんの作ったお菓子をいーっぱい食べてる夢だったよ!」


 それを聞いて、手に持ったナイフとフォークを落とした者がいた。ハルの兄だ。彼は脳内でこんな事を考えていた。


(ナチュラルに大人になってからも一緒に過ごしていると想像している……だと?! なんて美しい百合なんだ! 無邪気さの中の百合、なんて素晴らしい。この素晴らしさを作品に落とし込まねば……!)


 実は彼、同人サークル『百合作品に男は要らない(過激派)』で活動していたりする。サークル名にある通り彼らの信念は「百合作品に男は要らない」であり、それに倣って彼らについては金輪際一切描写されないことが決定している。

 だからこの機会に出来る限り描写しておこう。彼はハルを通じてダンジョン製の機械資源を貰っている(押し付けられているともいう)。

 実は世間でも使い道が良く分かっていなかったのだが、彼は研究の末に魔法工学という新しい分野を生み出した。

 彼はその研究成果で特許を取り、多くの資金を稼ぐようになった。そして、それを元手に百合専門の出版社を起業したりするのだが、それはまた別のお話である。



 さて、フレンチトーストを食べて元気が元気が限界突破したハルは、そのままダンジョンの入り口へと向かった。

 ダンジョン前の武器屋(預り所・整備所も兼ねている)や道具屋(ポーションや爆弾などを売っている)が開いていない以上、この時間帯にダンジョンを訪れる探索者はゼロに等しい。

 だから、待ち合わせしている人を探すのも簡単だ。ハルはすぐにヒメを見つけ、トトトトッと駆け寄った。


「おはよう、ヒメちゃん! リンちゃんとユズちゃんもおはよ!」


「おはよう、ハルちゃん!」

「おはよ」

「おはよう♪」


 ハルにとってダンジョンは遊び場である。小学校のころ、朝早くから運動場で集まって鬼ごっこをする小学生がいたと思うが、あれと似た感覚だ。

 大好きな三人の友達と一緒に、新しい「面白いもの」を探して、そこから元気をもらう。ハルにとってダンジョンは面白い場所であり、元気の源の一つである。


 さて、ダンジョンに行くときは、毎回必ずヒメが「今日は○○に行くよ」と今日の目的を発表する。しかし、今日はいつもと様子が違った。


「今日は新しい階層に行くんだけど……その前にみんなにはこれを渡しておくね」


 ヒメが三人に手紙を渡した。ハルは赤色の封筒に入った手紙を受け取った。

 封筒には「ハルちゃんへ」と書かれている。


「あ、まだ開けたらだめだよ! この手紙は、三人がどうしても困ったときに開いて読んでみて。どうしても困った時だよ。それまでは開けちゃダメだからね!」


 ハルは「どういう事だろう?」と思った。ダンジョンではいつもすぐ隣にヒメがいて、そしてヒメが何でも教えてくれる。だからダンジョンで困った事なんて今までなかった。


(? よく分からないけど、ヒメと一緒にいたら安心だよね)


 そう考えていた。





 しかしその日。ハルはみんなとはぐれてしまった。



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