結月(ユズ)の朝

 すーすーすー。


 蜜柑・レモン・ゆずをはじめとする様々な柑橘類のイラストが描かれた、見ているだけで口の中が酸っぱくなりそうなベッドで寝ている可愛らしい女の子。彼女の名前は結月、友人からはユズと呼ばれている。


「ハルちゃん……。も、もう~」


 寝言を言いながらくねくね動いているユズ。みんなと一緒にお風呂に入って、ハルに胸を揉まれて以降、時々ハルにいたずらされる夢を見ているらしい。


「……。リンちゃん……えへへ~///」


 場面が映って今度はリンちゃんの夢を見ているようだ。夢の中で、ユズはリンに壁ドン&顎クイされているみたいだ。幸せそうで何より。


「……。ヒメちゃんのご飯、おいし~」


 また場面が映って今度はヒメの夢。ヒメと同棲している生活を夢想しているようだ。……こんなに幸せな夢を見れるってある意味凄い才能なのでは?


 しかし、そんな夢のような時間(というか夢そのもの)もそろそろ終わりだ。くねくねと動く中で徐々に徐々に移動していたユズは、いつの間にかベッドの端まで来ていた。そして


 ドテ!


 落ちてしまった。



「……? あ、もう朝だ~。そっか、夢か……」


 せっかく幸せな夢を見ていたのに、ベッドから落ちたことで現実に引き戻されてしまった。その事に少しショックするユズだったが、すぐに気を取り直してこう言った。


「でも、現実のみんなの方が素敵だもんね♪」


 今日もユズは人生を満喫しそうだ。



 さて、ユズの一日はストレッチとマッサージから始まる。彼女の姉であるミカンがやっていたのを真似し始めたことがきっかけで、今ではユズ自身の習慣となっている。


「よいしょ、よいしょ」


 ツボを押して凝った関節をほぐしていく。このマッサージをすることで眠気を払い、活動するエンジンをかける事が出来るらしい。


「よし、それじゃあ最後に元気になれるマッサージ♪ うーんしょ。うーんしょ」


 最後は体幹のマッサージ。心臓の近くを揉み解すことで元気になれるとミカンから教わったものだ。

 勘のいい人なら「いやいや。心臓付近のマッサージと元気は関係ないのでは?」と疑問を抱くだろう。しかし、純粋なユズはそれを疑問に思わなかった。だって優しい優しいミカンが言ってることなんだから。まさかそれが嘘だとは思わないだろう。

 ではなぜミカンはこのマッサージの効果をごまかしたのか? そしてこのマッサージの本当の効果は?


 ……実はコレ、豊胸マッサージである。


 なるほど、確かにこれは当時小学生だったユズに正直に伝えるのは難しいかもしれない。それに「今やってるのは豊胸マッサージよ」なんて言うのは恥ずかしいだろう。だからミカンは誤魔化した。

 さて、このマッサージの効果を「元気になれる」と信じてやまないユズは、何年もこのマッサージを続けた。毎日毎日。……それが功を奏したのかは不明だが、実際彼女の胸部装甲はぽよんぽよんになった。


 ちなみにミカンよりも大きい。



 マッサージルーティーンを終えたユズは、部屋を出てリビングへ行った。すでに姉が起きており、何かの作業をしていた。


「おはよう、お姉ちゃん♪」


「おはよう、ユズ♪」


「なにしてるの~? あ、ドレスの設計図?」


「そうだよ~。お姉ちゃん、今頑張ってるからね~」


 一か月ほど前にヒメが注文したドレスの設計図を書いているところだった。魔法の研究に大方目途が立って、今は洋服のデザインを考えているところだ。ヒメの「時間がかかっても良いから、既存のデザインをそのまま流用するのではなく、部員が一からデザインしてみてほしい」という要望に応じ、現在部員たちはあれこれ悩んでいるところである。

 頑張れミカンとその仲間たち。ここで悩み抜いた経験は、きっと君たちが一歩前進レベルアップする為の経験値となるよ。



 ご飯はダンジョンから帰ってきた後食べることになっているので、ユズはそのままダンジョンへ向けて出発した。ダンジョンの入り口に着くと、そこにはすでにヒメとリンがいた。


「おはよう、ユズちゃん!」

「おはよ、ユズ」


「おはよう、ヒメちゃん、リンちゃん♪ 今日も二人とも可愛いね!」


「ありがと! ユズちゃんも今日も最高に可愛いよ」

「ん、ありがと。ユズも可愛いよ」


「えへへ♪」



 ユズにとってダンジョンは秘密基地である。

 そこに入れば、大好きな友達の色々な姿を見られる。好奇心が抑えきれない様子のハル、いつもの冷静さを失って動揺しつつも楽しんでいるリン。

 そしてなにより、思いっきり笑っているヒメ。

 昔からどこか大人びていたヒメだが、ダンジョン内ではすごく楽しそうにしているのだ。そのことにユズは驚き、それと同時に嬉しくなったのだった。



 そんなヒメだが、ダンジョンに行くときは、毎回必ず「今日は○○に行くよ」と今日の目的を発表する。しかし、今日はいつもと様子が違った。


「今日は新しい階層に行くんだけど……その前にみんなにはこれを渡しておくね」


 ヒメが三人に手紙を渡した。ユズは黄色の封筒を受け取った。

 封筒には「ユズちゃんへ」と書かれている。


「あ、まだ開けたらだめだよ! この手紙は、三人がどうしても困ったときに開いて読んでみて。どうしても困った時だよ。それまでは開けちゃダメだからね!」


(どうしても困った時に開く物? も、もしかしてこれはラブレター?! 困難を前に挫折しそうになった時に、この手紙を見て、大好きだよっていう文字を見て、元気をもらう、みたいな感じかな? はわわ~♪ ヒメちゃんってロマンチスト~!)


 こんな想像をする辺り、間違いなくユズが一番ロマンチストに近い存在だろう。


(でも大丈夫、私はヒメちゃんとずーっと一緒だから! 困ったら直接、ヒメちゃんに撫でてもらうもん♪)


 そう考えていた。





 しかしその日。ユズはみんなとはぐれてしまった。







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